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第16巻「賢者たちの戦い」

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45.税関

 翌朝、船着き場では、川下りの船の船長が不思議がっていました。宿から戻ってきた一行の人数が足りなかったのです。金の鎧兜を着た少年とお下げ髪の少女、そして、男装の美女が欠けて、八人が五人になっています。昨日川に落ちた中年の女性は、今日は大柄な青年の馬に同乗していました。地味な服を身にまとい、相変わらずベールで顔を隠しています。

「全員揃ってませんね? どうなすったんで?」

 と船長が尋ねると、青年が答えました。

「連れてきた犬が一匹、町に散歩に出たまま戻らないので、それを探しに行ったのだ。船は予定通り出発してかまわない。ここからマヴィカレまでそう遠くはないから、彼らは犬を見つけたら、馬で都に来ることになっている」

 言われてみれば、一行と一緒にいた白い小犬も見当たりません。はぁ、と船長は言いました。急に三人もキャンセルになったことにはがっかりしましたが、他にも客を乗せているので、出発を引き延ばすことはできません。言われたとおり、戻ってきた人々だけを乗せて出発することにしました。

 その町から王都までは、半日足らずの距離でした。天気は今ひとつで、強い風が川面を渡ってくるので、乗客は皆、船室に引っ込んで、荷物の点検をしたり、靴の修繕をしたりして、降船の準備に専念しました。宿から戻ってきた一行も、船室のベンチに座ったまま黙り込んでいました。船は静かに川を下っていきます――。

 

 やがて、船の行く手に、壁に囲まれた大きな街が現れました。テトの王都マヴィカレです。テト川はその手前で分かれて、都の左右を流れていました。船長が左の流れへ船を進めて、中ほどで岸に寄せます。

 船が船着き場につながれると、渡り板が岸へ渡され、客たちが降りていきました。オリバンたちも自分の馬もひいて降ります。その目の前には、都を取り囲む城壁がそそり立っていました。れんが造りの壁に沿って、人々が同じ方向へ歩いていきます。

「あちらが都の入口ですね。税関があるようです」

 とユギルが言いました。都に入るには、そこで通行税を支払わなくてはならないのです。

「町に入るのにも橋を渡るのにも、人間はしょっちゅう金を取るんだから、がめついよな、ったく」

 とゼンがぼやいたので、オリバンが言いました。

「しかたがないだろう。町や橋を造って維持するには莫大な金が必要なのだ。そこを通る者が金を納めていくのは当然のことだ」

 すると、メールが反論しました。

「でも、常識外れな税金をふっかけてくるところも多いじゃないさ。やっぱり人間はがめついよ」

 自然の民のゼンやメールは、相変わらず人間に辛口です。

 

 彼らは馬には乗らず、手綱をひいて税関へと歩いていました。テトの女王がオリバンの後ろに続き、その足元をルルが、最後をユギルが行きます。

 都の入口の前には大きな跳ね橋もありました。今は川向こうまで下ろしてあって、たくさんの人や馬が往来しています。向こう岸から橋を渡ってきた人も、都に入るのに通行税を納めていました。羊やガチョウを連れた農夫が別の入口に回っているところをみると、どうやら家畜にも税金がかけられているようです。

「男が三人と女が二人、それと馬が四頭と犬が一匹だ」

 順番が回ってくると、オリバンは税関の役人にそう言いました。念のためにルルも含めて報告します。

 役人は細長いテーブルの向こうから一行の数をかぞえ始め、突然メールに目を止めて言いました。

「髪を緑に染めた娘だ――!」

 その声に、そばにいた役人たちもいっせいに彼らへ注目してきました。口々に言い始めます。

「それに、異国の服を着た男たちと、弓矢を背負った少年!」

「そうだ、間違いない! 手配書の連中だ!」

 手配書!? と一行が驚いていると、ジャンジャン、と銅鑼(どら)が鳴り響き、武装した男たちがやってきました。都の入口を守る憲兵です。何十という槍をいっせいに突きつけられて、オリバンはどなりました。

「なんの嫌疑だ!? 我々が何をした!?」

 すると、最初の声を上げた役人が言いました。

「おまえたちが女王陛下を誘拐した犯人だ! 早く。陛下をお救いしろ!」

 たちまち憲兵が一行の中になだれ込んできました。オリバンたちを槍で追いたて、真ん中にいたテトの女王へ殺到します。

「無礼者! 何をする!?」

 と女王は叫んで抵抗しましたが、憲兵は彼女をオリバンたちから引き離しました。役人たちが駆けつけてきて、女王の前にひざまずきます。

「陛下、ご無事でございますか――!? 川上を警護していた者から、陛下が異国のならず者に囚われたと連絡が入っておりました。ご無事でなによりでございました!」

 憲兵はオリバンたちを槍で一箇所に追い詰めていきました。鋭い穂先に取り囲まれて、オリバンたちは身動きが取れません。

 

 すると、女王が言いました。

「違う。彼らは誘拐犯などではない。そして、私も女王などではない」

 頭からかぶっていたベールがほどけて、はらりと地面に落ちました。その顔を見て、役人たちも憲兵も、あっと声を上げて驚きました。彼らの女王ではなかったのです。テトの服を着て立っていたのは、長身で金髪のセシルでした。

 役人たちは跳ね起き、うろたえて言いました。

「な、何故……? 女王陛下はどこにおられるのだ!?」

「そんなことは知らん」

 とオリバンはわざと怒った声で答えました。

「私たちはエスタ国からテトの都の見物にやってきた。彼女は私の妻だ。女王の誘拐など、なんのことやら見当もつかん。ちゃんと通行税を払って都に入ろうとした外国人を犯罪者扱いするとは、実に無礼千万。責任者をここに呼んでもらおう!」

 押しと気迫には絶大な威力を持つオリバンです。役人たちは真っ青になると、それが、とか、ですが、としどろもどろで立ちすくみました。憲兵たちもあわてて槍をひいて退きます――。

 オリバンの後ろで、ゼンがメールにそっと言いました。

「すっげぇな。本当にユギルさんが言ったとおりになったぞ」

「ホントだね。アクが一緒にいたら、あたいたち、誘拐犯で捕まるところだったんだ」

 とメールが答えると、しっ、とユギルが言いました。

「お静かに……。聞きつけられては大変でございます」

 そこで彼らは黙ってオリバンと役人のやりとりを眺めました。オリバンやその隣に戻ってきたセシルへ、役人たちがぺこぺこと頭を下げて謝っています。

 ユギルの灰色の衣の後ろで、ルルは宙を見上げ、ごく低い声で呼びかけました。

「ポポロ、聞こえる? 私たち、都の入口で捕まりそうになったけれど、切り抜けたわ。そっちも気をつけるのよ――」

 

 王都よりずっと川上のテト川沿いを、二頭の馬が駆けていました。乗っているのはフルートとポポロ、フルートの後ろには質素な服を着てベールをかぶったテトの女王もいます。

 彼らは街道を王都に向かって急いでいましたが、突然ポポロが前の馬へ呼びかけました。

「オリバンたちが都に着いたわ。捕まりそうになったけれど、切り抜けたってって」

 フルートは馬の手綱を引いてポポロの馬に並びました。

「ユギルさんの予言の通りだな。良かった」

 前の晩、占者は船着き場の宿でオリバンの未来を眺め、彼が都で女王の誘拐犯として逮捕されることを察したのです。そこで彼らは宿の女将(おかみ)からテトの服を買ってセシルに着せ、女王の身代わりをさせて船に乗り込みました。本物の女王は、こうして、フルートやポポロやポチと一緒に、陸路で都を目ざしています。

「女王を誘拐した者は、いかなる理由であっても、即刻死刑じゃ。これを仕組んだのがグルールならば、わらわがそなたたちを救済する前に、刑は執行されてしまっただろう。危ないところであった」

 と女王が言うと、フルートの前の籠でポチが首をひねりました。

「ワン、ぼくもきっとガウス侯の企みだったんだと思うんだけど、それにしても行動が早いですよね。ロムドから戻ってくる女王が偽物だとガウス侯が気がついたのは一昨日、ぼくたちが川下りの船に乗っているのを見つかったのが昨日。それで今日にはもう、女王の誘拐犯として手配されていただなんて」

「情報が早いのじゃ。グルールも何か人智を越えた手段で物事を知っているようじゃな」

 と女王は言いました。人智を越えた手段というのは、もちろん、竜の秘宝の力でしょう――。

「行こう。アクは一刻も早く城に戻らなくちゃ」

 とフルートが言ってまた馬を走らせ始めたので、女王はあわててその腰につかまりました。女性の女王よりも背が低くて小柄なフルートですが、彼女がしがみついても、びくともしません。

 石畳に蹄の音を響かせながら、二頭の馬は川沿いの街道を下って行きました――。

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