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第16巻「賢者たちの戦い」

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44.ポポロ

 その夜、テトの女王との話し合いが終わってから、ポポロは宿の中庭に出ました。宿の建物にコの字型に囲まれた庭で虫が鳴いています。テトは彼らが出てきたロムドの国より南にあるので、十月の夜でもあまり冷え込んでいません。空にはもやがかかっていて、星がうっすらと白く見えていました。

 ポポロはそのまま周囲を見回し、やがてひとつの方向へ目を止めると、遠いまなざしになりました。その視線の向こうにはテト川がありました。船着き場に幾艘もの船がつながれています。その中にフルートやポポロたちが乗ってきた船もありました。乗客や船長たちはもう寝てしまったようで、船尾の小さなランプの光だけが、川の流れに合わせて静かに上下しています。

 船の周囲にも怪しい人影がないことを確かめてから、ポポロはさらに遠い目になりました。流れ続けるテト川を、川下に向かってたどり始めます。彼らが目ざす王都の様子を透視しようとしたのです。

 ところが、魔法使いの目で見る世界には、空だけでなく、地上にも黒いもやがたちこめていました。薄黒い闇は、遠くを見ようとするほど濃く暗くなっていって、ついには景色をすっかりおおい隠してしまいます。ポポロは想わず溜息をつきました。やっぱり闇の雲に邪魔されて、遠くを見ることができないのです。

 

 すると、密やかな足音と共に、ユギルがやってきました。灰色のフードの陰から話しかけてきます。

「お一人でこんなところに出られては危のうございますよ、ポポロ様。どうぞ皆様のいる部屋にお戻りください」

 ポポロはうなだれました。

「マヴィカレの様子を確かめようと思ったんです。でも、見えませんでした……」

「わたくしも同様です。闇の雲は、闇の力はさほどではありませんが、非常に強力にわたくしたちの目をさえぎります。そこを無理に透視しようとすれば、そのことで敵の注意をひいてしまうかもしれません。無理は禁物でございます」

 ユギルにそう言われて、ポポロはいっそうしょんぼりしました。自分がフルートたちの役に立っていないような気がして、悲しくなってしまいます。地上のどの魔法使いより強力な魔法を使えるのに、相変わらず自分に自信が持てないポポロです。

 そんな少女をしばらく見つめてから、ユギルがまた口を開きました。

「実はポポロ様に折り入ってお願いがあるのですが……お聞きいただけますか?」

「お願い?」

 とポポロは驚いて顔を上げました。

「はい、ポポロ様にしかおできにならないことでございます。もしかすると、危険を伴うかもしれないのですが」

 ポポロはいぶかしそうにユギルを見上げました。整った浅黒い顔はフードの陰になっていますが、ポポロの魔法使いの目には、はっきりと見えます。占者の色違いの瞳がポポロを真剣に見つめています。

「もしかして、フルートについてのことですか?」

 とポポロは聞き返しました。なんとなく、そんな気がしたのです。

 占者はうなずきました。

「闇の雲が真実を隠してしまう前に、占盤が告げていたことがあるのです。勇者殿に死の運命が迫っていると……。勇者殿はテトで命を落とされるかもしれません」

 ポポロは思わず息を飲みました。衝撃に、声を出すこともできませんでした。両手で口をふさぎ、目を見張って立ちつくします。

 ユギルは低い声で話し続けました。

「それを防ぐために、殿下やセシル様やわたくしが一緒にここまでまいりました。ですが、どうも胸騒ぎがいたします。わたくしたちだけでは力及ばないかもしれません。ポポロ様にも一緒に、勇者殿をお守りいただきたいのです」

 

 ポポロはユギルに飛びつき、衣にしがみつきました。普段の引っ込み思案も忘れて尋ねます。

「何故ですか!? どうしてフルートが命を落とすなんてことに――!?」

 しっ、とユギルは制しました。

「お静かに、ポポロ様。勇者殿に聞きつけられてはならないのです。何故かはおわかりですね?」

 ポポロは大きな目を涙でいっぱいにしていましたが、そう言われて泣き出すのをこらえました。ユギルの衣を握りしめて言います。

「フルートが知れば……あたしたちを巻き込みたくないと考えて、離れていってしまうから……」

「その通りです。そして、そうなったら、死の運命から勇者殿を守ることができなくなってしまいます。具体的にどのような危険が迫っているのか、そこまではわたくしにも読み取れませんでした。ですが、テトへ出発してからずっと、死の影はずっと勇者殿のすぐ隣に居座り続けているのです」

「ど、どうすれば――? あたしはどうしたらいいんですか?」

 とポポロは尋ねました。あまり必死になったので、泣くことも忘れてしまいます。

「勇者殿のそばにおいでください。いつも片時も離れず。ポポロ様は勇者殿の命の絆(きづな)です。ポポロ様がいらっしゃれば、勇者殿も死の運命に立ち向かうことができましょう」

 占者のことばはいつも、どこか抽象的です。けれども、ポポロはうなずきました。ユギルの衣を放して拳(こぶし)を握り、目を大きく見張ったままで言います。

「わかりました。あたしはフルートのそばにいます。いつもずっと――。絶対にフルートを死神に渡したりなんてしません」

 その全身で急に服が変わっていきました。上着とズボンの乗馬服が黒い星空の衣になって、星の光を放ち始めます。ポポロの決心を現すように、光は強く鋭く輝きます――。

 

 ポポロがフルートのいる宿の中へ戻っていっても、ユギルはまだ中庭に残っていました。そこへ、宿の別の出口からセシルがやってきました。占者に近づきながら話しかけます。

「ポポロを探しに来たら、話が聞こえた。……何故、ポポロに教えたのだ? 確かに彼女の魔力はすごいが、彼女自身は普通の女の子だぞ。魔法だって、二度使ってしまえば、あとはもう翌日まで使えなくなってしまうというのに。フルートを守りたいのであれば、ゼンやメールに教えたほうが、よほど効果的ではないのか?」

 納得のいかない顔をしているセシルへ、ユギルは穏やかに答えました。

「ゼン殿やメール様はあまり正直すぎるので、想いがすぐ顔や態度に出て、勇者殿がお気づきになってしまいます。それに、勇者殿を死の運命から守るには、ポポロ様が一番適任なのです。なにしろ、勇者殿の命の絆でございますから」

 セシルはますます腑に落ちない顔になりました。ユギルが繰り返す、命の絆ということばの意味がわかりません。

 けれども、ユギルはそれ以上は説明せずに、急に話題を変えました。

「ちょうどよろしゅうございました。実は、セシル様にもお願いしたいことがあったのです」

「私に? なんだ?」

 とセシルが聞き返します。

「明日の行程に関することです。それこそ、これはセシル様にしかお願いできないことなのでございますが」

 もったいぶるような言い方をする占者に、セシルはますます目を丸くしました――。

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