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第16巻「賢者たちの戦い」

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第13章 ポポロ

43.宿

 フルートの一行を乗せた船は、途中で賊の襲撃を受けたものの、その後は順調に川を下り続けて、夕刻に船着き場のある町に停まりました。夜の間はそこに停泊して、翌朝明るくなってからまた出発するのです。

 船長や乗客たちは船に寝泊まりしましたが、フルートたちはまた襲撃されるのを用心して船を下り、船着き場に近い宿に泊まりました。部屋をひとつ借り切り、食事も部屋に運ばせて、できるだけ人目につかないようにします。

 川に落ちた女王は、ゼンとメールが町で買ってきた服に着替えていました。刺繍ひとつない地味な服でしたが、女王はとても満足そうでした。

「やはり、わらわはテトの服のほうが体になじむ。着替えを貸してくれていたセシルには申し訳ないが、そなたたちの着る服は、どうも窮屈じゃ」

「窮屈だったのは、服のせいじゃなくて、アクがセシルより太ってるからじゃねえのか?」

 とゼンがずけずけと言って、馬鹿! とメールにたたかれ、他の者たちは苦笑しました。テトの女王はもう中年なので、年齢にふさわしく、ふっくらした体つきをしていたのです。

 女王も苦笑いをすると、その話題はそれで終わりにして、テーブルの片隅の青年へ尋ねました。

「占者殿はまた占っておられるのか。何かおわかりになったか?」

 

 ユギルはテーブルに占盤を置いてのぞき込んでいましたが、女王に言われて顔を上げました。

「いいえ。相変わらず闇の雲はテトの上をおおっていて、何も見えません。雲の範囲が広がったので、このあたりももう闇の雲の下になりました。闇が占盤に影響を及ぼして、世界中どんな場所も見通すことができなくなっております」

 大変な状況のはずなのに、ユギルが落ち着き払っているので、オリバンは首をかしげました。

「何か敵の動きを探る方法を思いついたのか?」

「はい。大変間接的な方法ですが、それによって、王都に着くまでの間、船がもう襲われないことだけはわかりました」

「どんな方法!?」

 すかさずメールが聞き返したのでと、占者は穏やかに笑い返しました。

「殿下でございます……。わたくしは殿下が幼少の頃から城で殿下の警護をしておりましたので、殿下に害をなす者が現れることは、占盤がなくとも見通すことができるのです。明日、船は王都に到着しますが、そこまでの間に殿下に危険は及びません。ということは、船も襲撃を受けないということになるのです」

 一同は、へぇぇ、と感心しました。

「ワン、先読みできるのはオリバンだけですか? 女王様の明日を直接読めれば、もっと確実に予測できるのに」

 と賢い小犬が言うと、今度はユギルが苦笑しました。

「さすがにそれは無理でございますね。勇者の皆様方については、まして困難でございます。皆様方の未来はいつも渾沌としていて、占盤を使ってもまったく読み取ることができません。直前に、やっと一歩先が読める程度です」

「例え一歩先でも役に立ちます。こちらは身構えることができますから」

 とフルートが言いました。宿の中にいるのに、金の鎧兜を身につけ、剣も背負ったままでいます。

 

 すると、セシルが言いました。

「明日にはテト城に着く。そうなれば、すぐに戦闘の準備が始まるから、アキリー女王とゆっくり話せる時間はなくなるだろう。聞いておきたいことは今のうちに聞いたほうがいいのではないか?」

 それはまったくその通りでした。少し考えてから、フルートがまた言いました。

「ぼくたちが一番聞きたいのは、王座を狙っているガウス侯についてです。アクの従兄弟に当たるとは聞いていたけれど、具体的にはどんな人物なんですか?」

「有能にして優秀。そして、野心家の男じゃ」

 と女王は、いつかロムド城でロムド王たちを相手に言ったのと同じことを答えました。

「彼の父は先王だった我が父君の片腕であったから、父君はテトの最も重要な領地のひとつを任せた。それが鉱山のあるガウス領じゃ。父君の姉がそこへ嫁ぎ、ひとり息子のグルールが生まれた……。グルールが子どもの時分は、両親と共にしばしば城へやってきたから、わらわもよく一緒に過ごした。彼はわらわのすぐ上の兄者と同じ歳だったが、非常に頭がよくて、兄者たちは誰もかなわなかった。先王は彼に、父と同じように、次のテト王の右腕になって王室に仕えてくれ、といつもおっしゃっていたのだが――」

 女王が急に言いよどんだので、オリバンが後を受けました。

「彼自身が王になることを望んでいたから、そう言われることを快く思っていなかったのだな。それで、先代が亡くなって自分がガウス侯になるや、王位簒奪のために動き出したのだ」

 すると、女王はしばらく迷うように沈黙してから、また口を開きました。

「グルールが二十歳の時に、テトでも名門の貴族が、ジャングルで全身真っ白な象を捕まえたことがあった……。白い象はグル神の使いと言われ、それを所持すれば神の守りを得られると信じられておるから、先王は象を献上するように言ったが、その貴族は承知しなかった。そこで、王は冗談半分で息子たちに、あの象を合法的に手に入れて自分へ届けてみせろ、と言うた。そこまでできる男に王座を譲ることにする、とな……。テトは、王に男子があれば、その中のひとりが次の王になるが、決して年の順というわけではない。王に一番気に入られた者が王座を引き継ぐのだ。だから兄者たちは非常に張り切って、貴族へ莫大な贈り物をしたり、賭けや競争を持ちかけたり、あれこれ知恵を絞って象を手に入れようとした。ところが、実際にその白象を王に献上したのは、グルールだった。彼は、一度も貴族に象をよこせとは言わなんだ。代わりに、貴族の一人娘に言い寄って結婚したのじゃ。かの白象は娘の持参金としてグルールのものになった。それをグルールは先王へ贈ったのじゃ」

「げ。それじゃなに? そのグルールってヤツ、象を手に入れるために、好きでもない女の人と結婚したってわけ!?」

 とメールが声を上げ、他の少年少女たちも驚きました。いくらなんでもやりすぎだ、と考えます。

 すると女王は硬い表情で言いました。

「そう。グルールはその貴族の娘を愛してはいなかった。別に婚約者がいたのだからな。それを婚約解消までして結婚したのじゃ。先王は白象を喜んで受けとったが、次の王位の話は出さなかった。王の子どもがいるのに、他の者が王になれるはずはないのじゃ……。グルールの結婚生活は長くは続かなかった。相手の娘が、一年もたたないうちに死んだからじゃ。誤って毒草を口にしたのだということだった」

 話を聞いていた全員は、背筋がぞくりとしました。ルルが言います。

「ちょっと――まさかそれって、グルールが自分の奥さんを――」

「彼が毒殺したのではないか、と誰もが疑ったが、結局真偽のほどはわからなかった。彼は頑として疑惑を否定していたからな。その後、彼は元の婚約者と結婚した」

 一同は思わずことばを失いました。あまりにも露骨なやり口なのに、それを誰も追及できなかったことに、グルールという人物の巧妙さを垣間見た気がします。

 

 すると、セシルがまた言いました。

「テト国の先王には大勢の王子がいたが、皆、即位する前に亡くなったと聞いている。グルール・ガウスがそこまでの策略家だとすれば、王位を手に入れようとして、彼が王子たちを暗殺した可能性があるのではないか?」

 フルートたちは、ぎょっとしました。それも露骨で残酷な話ですが、王室に生まれ育っているオリバンや、長く王宮に仕えるユギルは、当然のことのように言いました。

「ありうるな。私の伯父上や伯母上も、同じような理由で若くして命を落とされた」

「その結果、一番年若かった陛下にロムド王の玉座が回ったのです。アキリー女王も、ご兄弟の中では一番お若かったはずでございますね」

「そうじゃ」

 と女王は答えました。目を伏せ、沈んだ口調で答えます。

「兄者たちはそれぞれ、戦や病で亡くなられた。亡くなった時期もばらばらじゃ。ただ、戦の時には、決まってグルールが同じ戦場にいた。兄者が病の床にあったときには、グルールから見舞いの品が届けられている。だが、それは未来の王の忠臣であれば、当然するべきことであるから、それを疑うことはできなんだ」

「でも、アクは彼を疑っている」

 とフルートは言いました。聡明な目で女王を見つめています。

 女王は溜息をつき、全員の視線を避けるように、何もない部屋の壁を見ました。

「彼はまこと野心家じゃ。非常に危険で賢く……それだけに、人の心を惹きつける術(すべ)も知っておる。王宮にいる者の半数は、グルールの支持者じゃ。それを敵に回すことになるから、彼を疑っても、口にするものは少ない」

 

 ったく! と声を上げたのはゼンでした。

「人間は本当にそういうのばっかりだよな! 仲間を作って敵対して、だまして殺して奪い合いだ。そんなことばかりやってると、いつか本当に全滅するぞ!」

「だよねぇ。そんなふうだから、闇につけ込まれたりするんだ。いくらあたいたちがデビルドラゴンを倒したって、人間たち自身が闇になって殺し合いしそうじゃないか」

 とメールも言います。

「だから、そんな人間ばかりではない、と何度も言い聞かせているではないか。人間を決めつけるな!」

 とオリバンが反論して、ゼンやメールと言い合いになります。

 そんな騒ぎの中で、ポチが急に、あれ? という顔をしました。くんくん、と匂いを嗅ぐように鼻を鳴らして、テトの女王を見上げます。

 女王はまだ誰とも目を合わせずに壁を見つめていました。その姿は、なんだかもの思いに深く沈んでいるように見えました……。

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