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第16巻「賢者たちの戦い」

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42.闇の雲

 「やっぱりフルートたちは見つからないのかい?」

 テトの国から遠く離れたロムド城で、キースがアリアンに尋ねていました。二人は今日もオリバンとユギルの姿に化けています。ユギルの部屋の中なので、小猿姿のゾとヨと、黒い鷹に化けたグーリーも一緒にいます。

 アリアンは壁に掛けた鏡から振り向いて言いました。

「フルートたちはテトの国に到着した頃だと思うんですが、テト全体が闇の雲におおわれていて、どうなっているのか見えないんです」

「闇の雲? 透視をさえぎるための闇の妨害だな。でも、人間や光の民ならともかく、君は闇の民なんだから、闇の妨害は越えられるはずだろう」

「普通はそうなんですが――」

 とアリアンは困惑したように片手を頬に当てました。そのしぐさをユギルの姿でやるので、傍目にはなんとも奇妙に映ります。

 キースはアリアンの隣に立って、鏡を見ました。アリアンが目を戻すと、銀の鏡面に渦巻く黒い霧のようなものが現れます。ううん、とキースはうなりました。

「確かに、ぼくにもこの雲を見通すことはできないな。ぼくは闇の王子なのにね。かなり強力な妨害だ」

「きっと竜の宝の力だゾ」

「ガウス侯ってヤツのしわざだヨ」

 とゾとヨが口々に言います。

「もう一度やってみます。どこかに妨害のむこうへ行ける箇所があるかもしれませんから」

 とアリアンが言って、また鏡を見つめ直しました。黒い霧の景色が大きく動き出しますが、行けども行けども霧の終わりは見つかりません。

 キースは腕組みをしました。収穫感謝祭が無事に終わったので、またフルートたちの様子を確かめようとしたのですが、いつの間にかこんなふうに透視が妨害されていたのです。フルートたちはどうしたんだろう、と心配になってきます。

 

 すると、鏡の奥で、何かがきらりと光りました。ゾとヨが歓声を上げます。

「何か見えたゾ!」

「闇の雲を抜けたんだヨ!」

 とたんに、グーリーが、キィィッと鋭く鳴きました。警告の声です。キースも、ぞくりと全身に総毛立つような気配を感じました。気配はたちまち強まり、びりびりと肌を刺すような痛みに変わっていきます。

「ななな、なんだヨ!?」

「ひえぇ、おおお、お助けだゾ――!」

 ゾとヨが叫び、アリアンが鏡の前で立ちすくみます。

 闇の雲の奥で光が大きくふくらんでいました。光なのに真っ黒な色をしています。それがほどけて、こちらへ腕を伸ばし始めました。闇の気配はますます強まります。

「――!!」

 キースはいっそう激しい痛みに襲われて、思わず自分の体を抑えました。アリアンやゾやヨ、グーリーまでが悲鳴を上げます。

 とたんに、彼らの体が変わり始めました。キースやアリアンの髪が黒くなり、瞳は血の色に、服は漆黒に変化します。頭や額には角が、口元には牙が、キースの背中には黒い翼まで現れてきます。

 ゾとヨは激痛に床の上を転げ回っていました。赤毛の小猿の姿が、たちまち大きな目と耳のゴブリンに戻ってしまいます。そのかたわらでは鷹のグーリーの体がふくれあがって、鷲にライオンの体をつないだようなグリフィンに変わっていました。ギェェ、とグーリーがまた悲鳴を上げます。

 闇の姿に戻ってしまった一行に、鏡の中から光が迫っていました。鏡の面のすぐそばまでやってきて、彼らに向かって腕を伸ばそうとします。キースたちは全身がしびれて動けませんでした。魅入られたように光を見つめてしまいます――。

 

 そこへ、空中に突然ひとりの人物が現れました。黒い肌に赤い衣の小男です。鏡とキースたちの間を断ち切るように、細い杖を振ります。

 とたんにキースたちを捕らえていた呪縛が解けました。一同が崩れるように床に倒れ込むと、その前に小男が下り立ちました。また鏡に向かって杖を振ります。

「エレ!」

 鏡から抜け出そうとしていた黒い光が、弾かれたように奥へ退きました。代わりに黒い霧が鏡の中で渦巻き、こちらへ押し寄せてきます。

 すると、今度は白い衣の女性が部屋に姿を現しました。すんなりした杖を鏡に向けて言います。

「光の神の名の下に命じる! ただちに立ち去れ!」

 杖から白い光がほとばしり、闇の雲と黒い光を壁の鏡ごと消し去りました。鏡は消える瞬間に輝き、白々とした光を部屋中に放ちました。赤い衣の小男が素早く障壁を張って、聖なる光からキースたちを守ります――。

「どうにか間に合った」

 と白の魔法使いが杖を下ろして言いました。いつも厳しい顔つきの女神官ですが、安堵の表情を見せています。

「ゴイ、ミ、タ」

 と赤の魔法使いも言いました。黒い肌に猫のような金の瞳の、異国の魔法使いです。

「そうだ。あれほど強大な闇を城内に感じたのは初めてだ。――だが、追い払うためにアリアンの鏡を消滅させてしまった。すまなかったな」

 と白の魔法使いが言ったので、キースが答えました。

「心配ない。鏡くらい、ぼくの魔法でいつでも出せるからな。助けに来てくれてありがとう。もう少しで雲の中の奴に捕まるところだったよ」

 キースもアリアンもゾもヨも、グーリーさえも、床の上に座り込んだままでいました。まだ全身に力が入らなくて、立ち上がることができなかったのです。人間や動物に変身することも、まだできません。

 

 白の魔法使いが尋ねました。

「あの黒い光の正体はなんだったのだろう? アリアンは何を見ていたのだ?」

「フルートたちの様子を知ろうとしていました。でも、テトの国を闇の雲がおおっていて、その中にあの光が潜んでいたんです」

 とアリアンは答えました。黒いドレスのような服の裾が床の上に広がり、その上に長い黒髪が流れて、闇色の花が彼女の周りに花びらを開いたように見えます。

 二人の魔法使いは案ずる顔になりました。

「勇者殿たちは闇の支配する場所へ飛び込んでいかれたのか。ユギル殿や殿下たちがご一緒だから、負けるようなことはないと思うが……。アリアンは、もうテトを透視しないほうがいい。闇の敵はこちらの場所を覚えたはずだ。次にまた接触したら、今度こそ連れ去られてしまう」

 と白の魔法使いに言われて、アリアンは青ざめてうなずきました。鋭く伸びてしまった爪を隠すように、両手を握り合わせます。

 キースは鏡があった壁を見上げました。鏡が消える前に見えていた、渦巻く闇の雲を思い出します。

「負けるなよ、フルート……」

 キースは、祈るように、そっとつぶやきました。

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