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第16巻「賢者たちの戦い」

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41.激流

 アク!!? とフルートたちは叫びました。

 突然船に乗り込んできた賊に押されて、テトの女王が船から落ちてしまったのです。船を運んでいるのは峡谷をくねり進む激流です。

 けれども、しぶきを上げる川の波間に、女王のベールが見えました。フルートは即座に船べりを乗り越えて川に飛び込みました。ゼンは覆面の男へ飛びかかります。

「こンの野郎――!」

 とたんに賊も船から川に飛び込みました。あっという間に激流に呑み込まれて、姿が見えなくなります。

「フルート! アク!」

 メールとポポロは船べりから叫び続けました。金の鎧のフルートが流れにもまれながら女王へ泳ぎ寄るのが見えます。流れにたなびくベールの端をつかみ、引き寄せて女王を捕まえます。

「メール! これで助けにいけ!」

 とゼンが船のもやい綱をメールに投げました。騒ぎに船室から出てきた客が悲鳴を上げます。

「無茶だ! 一緒に溺れるぞ!」

 けれども、メールは綱をつかんで川へ飛び込みました。鮮やかな緑の髪が一度水に沈み、すぐまた川面に現れて、フルートと女王のほうへ進み出します。激しい流れをものともせず泳いでいきます。

 

 近づいてくるメールを見つけて、フルートが呼びました。

「急げ! アクが怪我をしたんだ!」

 えっ、とメールは驚きました。普通なら逆らうこともできない急流ですが、海の民の血を引くメールは、魚のように巧みに泳いでそばに行きます。

 女王は額から血を流して、ぐったりと気を失っていました。フルートが自分の体の上に抱え上げて、なんとか頭が水の上に出るようにしていましたが、波が次々襲いかかってくるので、何度も水に沈みそうになります。

 それを一緒に支えて、メールは尋ねました。

「どうして怪我なんか? 岩でもあったの?」

「落ちたときに船にぶつかったんだと思う。金の石を使いたくても、ひとりじゃできなかったんだ」

 と言いながら、フルートは鎧の中からペンダントを引き出しました。流れにさらわれてしまいそうなので、首にかけたまま苦労して女王に押し当てます。すると、たちまち傷が治って女王が目を開けました。自分が激流の中にいるのに気がついて悲鳴を上げます。

「ちょっと。落ちつきなよ、アク。今引き上げてあげるからさ」

 とメールがなだめました。フルートもメールも水中で息ができるし、海の戦いで海流を経験してきているので、強い流れに少しもあわてません。メールが綱を女王に絡めると、フルートが水中に潜ってしばります。

「いいぞ!」

 とフルートが船へ合図をすると、待機していたゼンが綱を引き始めました。女王だけでなく、それを支えるメールやフルートまで一緒にぐいぐい引き寄せていきます。

「あの男、アクを殺そうとしてたよね」

 とメールが言ったので、フルートはうなずきました。

「昨夜、宿で話を聞いていた奴の仲間だ。あいつはどこに行った?」

「川に飛び込んだよ。ああいうヤツが川で溺れるようなドジをふむわけないから、泳いで逃げちゃったんだろうね」

「この急流の中をか。本物の刺客だね。危なかった」

 話している間に船が近づいてきました。乗客や船長が仰天した顔でこちらを見ています。当然でした。彼らは水鳥さえ下りない激流を平気で渡って、女王を救ったのです。

 

 ところが、そこへオリバンの声が響きました。

「気をつけろ! 岩だ!」

 船が大きく右へ進行方向を変えました。川が蛇行して、行く手に岩壁が現れたのです。

 張り詰めた綱に引っぱられてフルートたちは声を上げました。流れがまともに彼らに当たって水しぶきがあがり、女王が溺れそうになります。

「アク――!」

 メールが必死に泳いで流れに乗ろうとする一方で、フルートは行く手を見つめました。川の水は岩壁にぶつかって向きを変えています。このままでは彼らも岩に激突してしまいます。

 フルートは流れの中で位置を変え、腕を精いっぱい伸ばして女王とメールを抱きかかえました。自分の体で、迫ってくる岩壁から彼らをかばいます。激流は容赦なくフルートを岸にたたきつけました。フルート小柄な姿があっという間に流れに呑み込まれてしまいます。

「フルート!!」

 とメールと女王は叫びました。ぶつかる瞬間にフルートが突き放したので、二人は無傷です。

「くそったれ!」

 とゼンがわめいて、いっそう速く縄をたぐり寄せていきます。

 ポポロは船べりにつかまったままフルートの姿を探しましたが、白い波を立てる川の中に、金色の鎧は見当たりませんでした。涙ぐみ、片腕を伸ばして、救出の魔法を使おうとします。

 すると、その手をユギルがつかみました。

「なりません、ポポロ様。正体がばれます」

「でも――!」

 ポポロが泣き出しそうになったとき、川から、ひゃっほう! とメールの声が聞こえてきました。見れば、女王に結びつけた綱に、またフルートがつかまっていました。泳いで戻ってきたのです。

「だ――大丈夫なのか?」

 と女王が尋ねました。言ったとたん、また頭から波をかぶって声が出せなくなります。

「話さないで。大丈夫、ぼくは特別製の鎧を着てるんです」

 とフルートは答えると、船の上のゼンへ呼びかけました。

「気をつけて引っぱってくれ! 船にぶつかったら怪我をする!」

 おう! とゼンは言って、慎重に綱をたぐり始めました。フルートは今度は女王の前に回り、綱につかまったまま両脚を伸ばしました。近づいてきた船の横腹を蹴って、彼らが船にぶつからないようにします。

 ゼンは船べりまで行くと、荷物をつり上げるように、彼らを引き上げました。フルート、女王、メールの三人が一緒に船に上がってきます。

 

 ずぶ濡れで座り込んだ女王にセシルが駆け寄って、素早く自分のマントでくるみました。女王のベールは川の中で失われてしまったので、顔を隠すものがなかったのです。こちらへ、と急いで船室へ連れていきます。

 乗客や船長は、あっけにとられてフルートたちを見ていました。落ちたらまず助からない峡谷の激流から、彼らは無事生還してきたのです。

「あんたたち――何者だね?」

 と乗客から聞かれて、フルートはなんでもなさそうに答えました。

「別に。普通の旅人ですよ。ただ泳ぎはちょっと得意なんです」

 乗客も船長も、船に乗り込んできた賊には気づいていませんでした。それ以上問いただすこともできなくて、ただただ驚きあきれています。

 オリバンはユギルに低く話しかけました。

「今、敵の襲撃を予言したな? また占えるようになったのか」

 占者は首を振りました。

「占盤は相変わらず闇の雲に邪魔されていて、使うことができません。今のはわたくしの直感です。占盤ほど遠く正確に見通すことはできませんが、大きな出来事や危険ならば、直前に読める場合がございます」

 ポチとルルの二匹は、船べりで、ひそひそと話し合っていました。

「驚いたわね。この川の上で刺客が乗り込んでくるなんて、想像もしてなかったわ」

「ワン、さっき追い越していった帆船に乗っていたんですね。横を通り過ぎたときに、こっちの船に飛び移っていたんだ」

 帆船は猛スピードですれ違っていったのですから、とんでもない離れ業です。

「油断できないわね」

 とルルは行く手へ目を向けました。峡谷はそろそろ終わりを告げ、低くなってきた両岸の向こう側に、一面緑色の畑が見え始めていました――。

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