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第16巻「賢者たちの戦い」

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第12章 川下り

40.川下り

 船は、定刻になると、船着き場の銅鑼(どら)の音に送られて川岸を離れました。テト川の流れに乗ってゆっくり進み始めます。いよいよ、王都マヴィカレを目ざして、川下りが始まったのです。

 渡し船は中央部に屋根と壁のある客室があり、その後ろには、馬を入れる囲いがありました。客はフルートたち一行の他に女がひとりと男が二人乗っていて、フルートたちを珍しそうに眺めて、話しかけてきました。

「あんたたち、異国からの旅人だね? どこから来なすったの」

「エスタだ。テトの国を見て回っている」

 とオリバンが答えました。エスタならば一番怪しまれないだろうと考えたのです。

「へえ、そりゃまた遠くから。なんのためにテトへ?」

「見聞を広めるためだ。供の者と王都のマヴィカレを訪ねようと思っている」

 オリバンは若くても貫禄があるので、こんな返事にもまったく不自然さがありません。そりゃあよござんした、ぜひ都を見物なさい、と船客たちが口々に言います。

 

 一方、フルート、ゼン、メール、ポポロの四人は船室を出て、船首から回りの景色を眺めていました。川の両岸には丘が連なり、ブドウ畑が広がっています。空も青く晴れ渡っていて日差しがあり、川を吹く風が心地よく感じられます。

「本当にでかくて速い川だな。船がどんどん進んでいくぞ」

 と船縁で感心するゼンの隣で、メールが物珍しそうに川面をのぞいていました。

「父上の戦車に乗って海の上を行ってるみたいだよね。まあ、こっちはかなり狭苦しいけどさ」

 海の王女のほうは川を狭くて小さいと感じているようです。

 そこへ船室からポチとルルの二匹が出てきました。フルートたちに、そっと報告します。

「ワン、全員の匂いを嗅いで回ってきたけれど、怪しい人は乗っていませんよ。船長さんや助手のおじいさんも大丈夫です」

「船の中に闇の気配もないわよ。怪しい匂いのする荷物も見当たらなかったわ」

「よかった」

 とフルートは安堵しました。宿で盗み聞きしていた男やその仲間が、同じ船に乗り込んでくるのではないかと心配していたのです。ようやく船の旅を楽しむ気持ちになってきます。

 川は丘の間を東へと流れ続けていました。川岸は川から一段高い場所にあって、時々切り立った崖になります。むき出しの岩壁に川の水がぶつかり、白いしぶきを立てている様子は、なかなか迫力がありました。衝突すれば船などひとたまりもありませんが、船長は船の後ろの高くなった場所で舵を握って、上手に川の真ん中へ船を進めています。

 

 すると、船室からテトの女王も出てきました。厚地のベールを頭から肩にかけて絡ませ、目だけをのぞかせた恰好でフルートたちの隣へやってきます。

「アクも見物に来たのか?」

 とゼンが尋ねると、女王はベールから顔を出しました。

「中にいると他の客が詮索してきてうるさいのじゃ。それに、都の様子も気になる。ポポロ、そなたはは魔法使いだから、遠くまで見通すことが可能なのであろう? マヴィカレの様子を見ることはできるか?」

「王都はこの川下にあるんですよね……? ええ、できると思います」

 とポポロは答えると、さっそく行く手へ顔を向けました。そのまま遠いまなざしになります。

 けれども、王都はまだ遠くにあります。ポポロの魔法使いの目でも、すぐにはたどり着けないので、その間にフルートは女王に話しかけました。

「今日は一日こうやって川を下っていくと思うんですが、夜はどうするんでしょう? 夜も船で下り続けるんですか?」

「いや、それは無理じゃな。テト川はあちこちに難所がある。夜の暗がりを進めるような川ではないのじゃ。途中に船着き場があるから、夜の間はそこに船をつなぐことになる」

「そうか……」

 と考え込んだフルートを、ポチが見上げました。

「ワン、夜の間に賊が船に来るんじゃないかと心配してるんですね? それなら、夜だけは船を下りて宿に泊まればいい。船着き場には、たいてい近くに宿がありますよ」

「そうだね。そのほうがいいかもしれない」

 とフルートがさらに考え込むと、女王が急に笑いました。驚くフルートたちへ言います。

「金の石の勇者の一行とは、まことに不思議な存在じゃな。子どものくせに、子どもとは思えぬもの言いをする。初めて見たときにそなたたちを軽んじたりして、すまなかったと思うておるぞ」

「気にしてませんよ。いつものことだもの」

 とフルートもほほえんで答えました。やはり、とても子どもとは思えない落ちつきぶりです。

「そなたたちは、どのようなことを経験して、そんなふうになったのであろうな? グルールとの件が落着したら、話して聞かせてもらいたいものじゃ」

 と女王が言ったので、ゼンは肩をすくめ返しました。

「めちゃくちゃ長い話になるぜ。最初から聞こうとしたら、何日もかからぁ」

「よい。ぜひ全部聞かせてくれ」

 と女王がまた笑います。

 

 すると、突然、船の後ろのほうから大声が聞こえました。操舵席の船長が手を振り回してどなっています。船の後方から別の船が迫っていたのです。フルートたちが乗る船よりずっと小型で細長く、中央に白い帆を張っています。

「危ないぞ、帆を下ろせ!」

 と船長が後ろの船へどなっていました。こちらの船には帆がないので、相手のほうが船足は速く、みるみる距離が縮まっていきます。

「テト川で帆を張るなんて、正気じゃない! 帆を下ろせと言ってるんだ!」

 船長は必死で叫び続けますが、小舟は風をはらんで飛ぶように迫ってきます。

「衝突する――!!」

 フルートたちはとっさに船縁につかまりました。犬たちは身を低くして甲板に爪を立てます。

 けれども、小舟はぎりぎりのところでこちらの船をかわし、船の腹をこすりそうになりながら、左脇をすり抜けていきました。帆の横木が頭上を通り過ぎていったので、フルートたちはあわてて首を引っ込めます。

 小舟は船の前に出て、さらに先へと走っていきました。白い帆があっという間に川下に遠ざかります。

 船長はまだ腕を振り回して怒っていました。船室からはオリバンたちが出てきます。客のひとりが目を丸くして言いました。

「俺はもうずいぶんこの川を行き来してるが、帆を張って進む船なんか見たのは初めてだな。テト川は流れが速いし、曲がりくねったところも多いから、帆で風を受けたりしたら、船が速く走りすぎて曲がりきれなくなるんだ。あの船も、岸壁にたたきつけられたりしなきゃいいけれど」

 すると、後ろの操舵室で船長がどなりました。

「もうじきマイムン峡谷(きょうこく)だ! きっとあの船の残骸が見られるぞ!」

 そこで一行は行く手を眺め続けました。両岸が高くなって見上げるような崖になり、川幅も狭まって流れがいっそう速くなります。

 けれども、船長が予言したような、衝突した船はどこにも見当たりませんでした。帆船は峡谷を抜けていったのです。客たちは、やれやれ、と客室に引き上げていきました。

「あの船は何をあんなに急いでいたんだろうねぇ?」

 と太った女性客が言います。

 フルートは船首に立ったまま、川下を眺め続けました。ひょっとしたら、自分たちを待ち伏せるために船を追い越していったんだろうか、と考えます。船には人が乗っていたはずですが、帆の陰になってフルートたちからは見えませんでした。胸騒ぎがして落ち着かない気持ちになります。

 

 そこへユギルが勢いよく飛び出してきました。オリバンたちといったん船室へ戻ったのですが、また戻ってきたのです。船室の出口で叫びます。

「危ない、アク! お気をつけを――!」

 えっ!? とフルートたちはユギルを振り向きました。占者が女王のすぐ後ろを指さします。すると、その船端からひとりの男が船に飛び込んできました。全身ずぶ濡れで、顔を隠すように布を頭に巻いて、目だけをのぞかせています。男の目が鋭く女王を見据えます。

「賊だ!」

 とフルートは叫んで飛び出しました。女王の腕をつかんで引き寄せ、代わりに自分が前に出ます。すると、男がナイフを突き出してきました。鋭い刃がフルートの胸当てに当たって、根元から折れます。

「刺客だよ!」

「アクを狙ってやがる!」

 メールとゼンが叫びました。犬たちが激しく吠えて飛びかかります。

 すると、覆面の男は女王につかみかかりました。それをかばったフルートともみ合いになります。犬たちは男の脚にかみつこうとして、堅い歯ごたえに、キャン、と悲鳴を上げました。男はズボンの下に何かをはいて、脚を守っていたのです。

 フルートは男を押し返そうとしながら叫びました。

「逃げて、アク! ゼンたちの方へ――!」

 そこへまたユギルの声が響きました。

「皆様、船につかまってください!」

 船が峡谷の急流の中で波に乗り、大きく上下しました。船の舳先も大きく揺れます。その動きに船首にいた全員が振り回されました。賊に押されたフルートも、止まりきれなくてよろめき、後ろにいた女王に突き当たります。バランスを失っていた女王は、大きくよろめいて船縁にぶつかり、そのまま向こう側へと落ちていきました。

「アク!!?」

 叫んだフルートたちの声に大きな水音が重なりました――。

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