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第16巻「賢者たちの戦い」

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38.夕食

 ミコン山脈の最後の峠を越えた翌日、フルートたちの一行はついに麓の森を抜けて、広い草地に出ました。山が終わっても斜面はまだ続いていて、はるか下の方に川の流れが見えます。

「あれがテト川だぜ」

 とゼンが得意そうに言いました。白い石の丘を出発してからここまで、とうとう一度も迷うことなく仲間たちを案内してきたのです。

「このあたりは牧草地みたいだね。人が近くに住んでいるんだ」

 とフルートは草地を見渡しながら言いました。人家を探したのですが、斜面の陰になっているのか、そこから建物を見つけることはできませんでした。家畜の姿も見当たりません。

 すると、ルルがくん、とあたりの匂いを嗅いで顔をしかめました。

「なんだか嫌な雰囲気がする国ね……。かすかだけれど、闇の匂いが漂っているわよ」

「闇の怪物が近くにいるのか?」

 とオリバンやセシルは緊張しましたが、フルートはペンダントを引き出して首を振りました。

「金の石は反応していない。そばに怪物がいるわけじゃないみたいだ」

 すると、ポポロが不安そうに言いました。

「薄い闇があたりをおおっているのよ……。今は昼間だけど、あたしの目には夕方が近づいているみたいに薄暗く見えるわ」

「ガウス侯のしわざのようでございますね。闇の力が増大しているのでしょう。急いだほうがよろしいようです」

 とユギルが言ったので、全員はすぐに馬を走らせ始めました。今まで険しい山の斜面ばかり進んできた馬たちは、なだらかな草地を喜んで駆け、じきにテト川の岸辺につきました。低い岩場を流れる川を見下ろしながら、今度は川下へと向かいます。

 

 やがて、牧草地が広いブドウ畑に変わり、斜面が少し緩やかになった頃、テト川は別の川と合流して幅が広がり、川沿いに町が見えてきました。川岸には大小いくつもの船がつながれています。

「船着き場だよ!」

 とメールが歓声を上げました。ようやく船に乗れる場所にたどり着いたのです。

 時刻はもう夕方でした。町へ入り、夕焼けに茜色に染まった川のほとりで船を探すと、明朝出発する便があることがわかりました。馬も乗せることができる大きな船です。そこに乗船の予約を入れると、一行は宿を見つけて泊まりました。屋根の下で夜を過ごすのは、実に半月ぶりのことでした。

 貸し切りにした部屋に入ると、ゼンはさっそくベッドに寝転がって大きな伸びをしました。

「ああ、久しぶりだ! 気持ちいいぜ!」

 他の少年少女たちも、同じようにベッドに転がり、はしゃいだ声を上げました。

「あたいは野宿も嫌いじゃないけどさ、ベッドはやっぱり寝心地いいよね!」

「寒くないのがいいわ……」

「雨の心配もないよ。安心して休めるのが嬉しいな」

 オリバンたちも、しばらくぶりで椅子に座り、宿の女中が運んできた香りの強い茶を飲んで、ほっと一息つきました。

「厳しい山越えだったが、ここまで無事にたどり着けて本当によかった。アキリー女王も、さぞ大変だっただろう」

 とオリバンがねぎらうと、テトの女王はちょっと笑いました。

「行きは自分の足で歩いてミコンを越えたのじゃ。道はこちらのほうが険しかったが、馬に運んでもらえたのだから、さほどのことはない。セシル姫にも世話になった」

「いや、私は特に何もしていない。それこそ、女王を運んで山を越えたのは、馬なのだから」

 とセシルも笑いました。女王ともすっかり打ち解けて、なごやかな雰囲気が漂います。

 

 すると、メールがベッドから顔を上げて言いました。

「ねぇさぁ、その呼び方なんだけどさ、女王とか姫とか人前で呼んでたら、まずいんじゃないの?」

「そうね。女王様はお忍びで城までもどらなくちゃいけないんだもの。そんな言い方してると、正体がばれるわ」

 とルルも言います。

「私のことは、ただセシルでいい。皆がそう呼んでいる」

 と男装の王女が言うと、女王はちょっと考え込んでから答えました。

「では、わらわのことはアクと呼ぶがよい。わらわの幼少の頃の愛称じゃ。今は亡き父君や母君、兄君たちがそう呼んでおった」

 アク、と一同は何度か口に出して、響きを確かめました。

「んで――船に乗って王都に着いたら、その後はどうするつもりなんだ、アク?」

 とさっそくゼンが女王に言います。愛称で呼ぶと、なんとなく、今までより親近感が湧く気がしました。

「城に戻ったら、すぐ軍に命じてグルールの来襲に備える」

 と女王は答えました。笑顔があっという間に厳しい表情に変わっていました。

「ロムド城を出発したわらわの替え玉は、今どのあたりにいるのであろうな? いずれ、その正体がばれれば、グルールは必ず王都を襲撃してくる。それまでに軍備を整えて、可能であれば、先手を打ってこちらからグルールを討ちに出るつもりじゃ」

「ガウス侯の軍勢のいる場所を把握しなくてはならないな。後でユギルに占ってもらおう」

 とオリバンが言ったところに、宿の夕飯が運ばれてきました。部屋の中央のテーブルに、料理が大皿がところ狭しと並びます。

 

 フルートたちは歓声を上げてベッドから跳ね起きました。考えなくてはならないことは山ほどありましたが、それはひとまず横へ置くことにして、さっそく食卓に着きます。

「うんめぇ! テトの料理って、めちゃくちゃうめえぞ!」

「これ、なんの煮こみ? すごくおいしいけどさ」

「ワン、羊の肉ですね。ぼくたち犬の口にも合いますよ」

「そうね。ちょっと香料は効きすぎてるけど、我慢できないほどじゃないわ」

「テトのパンも袋パンなのね。サータマンと同じだわ……」

「隣同士の国だから、食べる物も似てるんだろうな。どの料理を中に入れてもおいしいよ」

 少年少女たちが食べながらしゃべるので、部屋の中はたちまち賑やかになります。

 オリバンやセシルにとっても、テトの料理は物珍しいものでした。ひと皿ずつ、女王に説明を聞いていきます。

「この皿に絞り出されているものはなんだろう? クリームのようにも見えるが、味が違う」

 と不思議がるセシルに、女王が答えます。

「豆を茹でて潰したものに酪(らく)を混ぜたものじゃ。その薄切りのパンに載せて、油をつけて食するとよい」

「これは? いったい何なのか見当がつかん」

 と皿を見て腕組みしているオリバンには、笑って話します。

「肉や野菜を混ぜて炊きあげた米を、塩漬けのブドウの葉に包んだものじゃ。それにも酪をかけて食する」

「ねえさぁ、酪ってなんなの?」

 とメールが話に乱入してきました。

「ワン、牛や羊の乳を発酵させたものですよ。ミコン山脈の南側の国々でよく食べられている食品です」

 とポチが博学ぶりを披露して、食卓はますます賑やかになります。

 

 そんな中で、ユギルだけは静かに食事をしていました。これだけの料理を宿に注文したのは彼です。すると、隣に座っていたフルートが、そっと話しかけてきました。

「ユギルさん、こんなご馳走が食べられて、みんな大喜びだけど、支払いのほうは大丈夫なんですか? ぼくたち、テトのお金は持っていないんですが」

 ユギルは微笑しました。

「勇者がお金の心配ですか? ご安心を。テトは交易の国なので、大陸各国の貨幣が使えます。あのミコン山脈を無事に越えることができたのです。今宵は存分においしいものを召し上がって、明日からの活力を養ってください」

「おい、フルート! その焼き肉、食わねえんなら、俺が食ってやるぞ!」

 とゼンが話しかけてきて、フルートはまた食事に引き戻されました。

「食べるったら! ゼンはそうやって、すぐに人の料理を狙うんだからな!」

「狙ってなんかねえ! ただ、冷めて料理がまずくなるのを心配してるだけだ!」

「嘘つけ! 顔に書いてあるぞ!」

 賑やかを通り越して、次第に騒がしくなってきます。

 そんな様子を、ユギルは穏やかに笑いながら眺めていました。

 彼の予感は、これからいよいよ危険が迫ってくると知らせていました。テトには闇の気配が漂っています。ロムドから戻ってくる女王が偽物だと知ったガウス侯が、本物の女王へ攻撃の矛先を向けてくるのは、もう時間の問題です。

 それでも一行はテトの夕食を楽しんでいました。食べられるときにしっかりと食べ、休めるときに充分休む。敵と戦うためにはそれが何より大事なのだ、と彼らは身に染みて知っているのです。

「存分にお召し上がりください。明日のために――」

 とユギルはそっとつぶやきました。

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