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第16巻「賢者たちの戦い」

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35.襲撃

 空中に浮かぶ青年を見て、キースは椅子から跳ね起きました。

「あれは魔獣を操る幽霊だ! 気をつけて!」

 すると、ロムド王も言いました。

「我々も以前に見たことがある。勇者殿や皇太子の命をずっとつけ狙っている、ヘビのように執念深い奴だ。――青の魔法使い、深緑の魔法使い、皆を守れ!」

 とたんに貴賓席の壇上と祭壇の隣に二人の魔法使いが姿を現しました。

「承知!」

「御意でございますじゃ」

 それぞれの杖をかざすと、たちまち青と深緑の光がほとばしり、貴賓席の人々と広場の群衆を包んでいきました。守りの障壁を張り巡らしたのです。

 あれぇ、とランジュールは声を上げました。

「やだなぁ。皇太子くんが変なこと言うから、調子狂って魔獣を出しそこねたじゃないかぁ。なんでそんなよそよそしい言い方するのさ。ボクとキミの仲だって言うのにぃ」

 と拗ねたように言ってから、皇太子へ投げキッスを送ります。そんなことをされれば堅物のオリバンが怒り出すと承知の上での行動です。ところが、キースがそれを無視したので、ランジュールはまたきいきいとわめきました。

「ちょっとぉ! ちょっと、ちょっと! どぉしてそんなにボクを無視するのさ!? ボク、すっごく傷ついちゃったなぁ! よぉし、かくなる上は――」

 魔獣を呼び出そうとしたのでしょう。ランジュールは片手を差し上げました。ところが、何かが現れるより早く、その腹に魔法の弾が激突しました。透き通った体が、青空の中へ吹き飛ばされてしまいます。

「立ち去れ、幽霊! この場の誰にも手出しはさせませんぞ!」

 と青の魔法使いが貴賓席の障壁の前からどなりました。手にこぶだらけの杖を構えています。

 ランジュールは空中で立ち止まり、すぐに戻ってくると、ふふん、と不敵に笑いました。

「ボクとやり合おうって言うの? いいよ。この前、すっごく強い魔獣を捕まえたところだからねぇ。それをキミたちに見せてあげる」

 それを聞いて、青い障壁の中でキースとアリアンが、ぎょっとしました。

「逃げろ、青さん! フノラスドだ!」

 と叫んだキースの声に、ランジュールの声が重なります。

「おいでぇ、ボクのかわいいズーちゃん――!」

 

 現れたのは一羽の巨大な鳥でした。翼と体は鷲(わし)ですが、頭部がたてがみを持つライオンになっています。闇の国で大勢の生贄を食っていたフノラスドではありません。

 ズーだって? とキースがまた驚いていると、ランジュールが意外そうに見下ろしてきました。

「どぉして皇太子くんがフーちゃんのことを知ってるわけ? 勇者くんたちから話を聞いたのかなぁ。フーちゃんは超強いけどさ、満腹になると眠って何年も起きなくなっちゃうから、どうでもいいような連中を食べさせるわけにはいかないんだよねぇ。これはズー。フーちゃんには劣るけど、これもけっこう強い怪物なんだよぉ。うふふふ……」

 ランジュールが笑いながら、さっと手を振ると、空から獅子頭鳥体の怪物が急降下してきました。鋭い爪の生えた足で襲いかかってきたので、青の魔法使いが杖を振って、鳥を跳ね飛ばそうとします。

 ところが、撃ち出された弾は、何故か魔法使い自身を直撃しました。青い衣を着た巨体が跳ね飛ばされ、背後の障壁にたたきつけられます。貴賓席の人々も会場の群衆も、思わず驚きの声を上げました。何が起きたのかわかりません。

 すると、深緑の魔法使いがどなりました。

「注意せい、青! その怪物は、飛んでくる攻撃を返す力があるようじゃぞ! 直接攻撃に切り替えるんじゃ!」

 広場には万を超す人々が集まっていました。それを障壁で包んで守っているので、深緑の魔法使い自身は攻撃に加わることができません。

「――承知」

 武僧青の魔法使いが頭を振りながら立ち上がりました。怪我は負っていません。杖を両手で握り直すと、それを剣のように構えて、空の怪物を見上げます。

「来い、ズーとやら! 空からたたき落としてやりますぞ!」

「うふふ、できるかなぁ? ズーちゃんは手強いよぉ」

 とランジュールが笑って手を振ると、怪物がまた急降下してきました。青の魔法使いが、それに向かって杖を振り回します。とたんに、杖の先に長く青い光が伸び、剣の刀身のように怪物を切り裂きました。右の翼を切り落とされて、怪物が空から墜落します。

 

 おおっ、と人々は歓声を上げ、ロムド王たちも、よし、と思わず言いました。武僧の魔法使いが怪物へ駆け寄り、とどめを刺そうとします。

 ところが、とたんにズーがまた羽ばたいて空へ舞い上がりました。切り落としたはずの翼が、元通り体につながっています。

 武僧は怪物にかみつかれそうになって飛びのき、大声を上げました。

「傷がすぐに治りましたぞ! 闇の怪物だ!」

 そこへまたズーが襲いかかってきました。青の魔法使いはズーの爪を杖で跳ね返すと、杖の剣をぶんと振り廻して、怪物の左脚を切り落としました。ズーが悲鳴を上げて空へ逃げ、その体の下にまた左脚が生えてきました。やっぱりダメージを与えることはできません。

「白! 白、聞こえるか!? 祭りの会場が一大事じゃぞ!」

 と深緑の魔法使いは、城に残っている白の魔法使いへ呼びかけました。光の神に仕える彼女ならば、闇の怪物に強力な攻撃魔法を食らわせることができるのです。

 ところが、女神官からすぐに返事はありませんでした。老人が何度も呼びかけていると、ようやく切れ切れに声が聞こえます。

「だ……城も襲撃を……けている……」

 声とともに、魔法を繰り出して激しく戦う気配が伝わってきます。

 うふふ……とランジュールはまた笑いました。

「その辺に抜かりがあるわけないじゃないかぁ。ロムド城は今、何千匹もの影虫に襲われてるんだよぉ。実体のない影の虫だから、聖なる光の隙間を通って潜り込むし、集団で人に襲いかかるのさ。城から都に出ようとする虫もいるはずだから、魔法使いたちは退治に必死で、こっちには駆けつけられないよ。ボクの計算通りさぁ。うふ、うふふふ」

 満足そうな幽霊の笑顔に、魔法使いたちは歯ぎしりしました。とぼけた様子をしながら、実は綿密に準備をして襲ってくるのがランジュールです。

 

 空からズーが舞い下りて、貴賓席に直接攻撃をしかけてきました。青い障壁はそれを跳ね返しましたが、怪物の爪の下でバリッと火花が散ったので、真下にいたメーレーン王女が悲鳴を上げてメノア王妃にしがみつきました。

「お母様!!」

 王妃も青ざめて怪物を見上げていました。道化のトウガリが二人をかばって立っていましたが、彼にも闇の怪物を倒すことはできません。

 障壁の向こうで青の魔法使いが杖を振り回していました。魔法の刃が怪物の背中を切り裂きますが、やはり傷はたちまち治ってしまいます。またズーが貴賓席に襲いかかり、今度はアリアンと小猿たちが悲鳴を上げます――。

 すると、キースがゴーリスへ言いました。

「その剣を貸してくれ」

 祭りに集まった人々は、貴賓席の要人も含めて、誰も武器を持っていませんでした。例外は警備兵と、王たちを護衛していたゴーリスだけです。ゴーリスは、だが、と言いかけて、すぐにやめました。皇太子姿のキースが、本物のオリバンにも劣らないほど真剣な表情をしていたからです。腰から大剣を引き抜いてキースに渡しながら、確認します。

「これは普通の剣だぞ。闇の敵を倒す力は持っていないんだ」

「わかっているよ」

 とキースは答えて剣を受けとりました。きびすを返して青い障壁に歩み寄り、おもむろに剣を構えます。

「悪いね、青さん。ちょっと失礼するよ」

 と言うと、剣を障壁に突き刺します。

 そのまま腕をゆっくり動かすと、剣は障壁を切り裂き始めました。まるで張り詰めた布を切り裂いていくようです。地面まで切り目を入れると、障壁を両脇に押しのけて、その隙間をくぐっていきます。

「何を、キ――」

 思わず名前を呼びかけて、青の魔法使いはあわてて口をつぐみました。自分の隣へ出てきたキースを驚いて眺めます。その頭上へ、もうひとつ、障壁の内側から飛び出してきたものがありました。黒い鷹のグーリーです。キースへ襲いかかってきたズーへ飛びかかり、その目をつつこうとします。

「障壁をもう一度閉じてください。それから――さがって」

 とキースは青の魔法使いへ言うと、空の怪物に向かって剣を構えました。

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