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第16巻「賢者たちの戦い」

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第10章 収穫感謝祭

32.収穫感謝祭

 収穫感謝祭の当日は、抜けるような青空になりました。

 城の伝令が鈴をつけた馬で城下町へ出て、大声で祭りの開始を知らせると、晴れ着姿の市民がどっと街へ繰り出します。老若男女、貴族も平民も、果ては近隣の町や村から祭りを見に来た人々も加わるので、街の大通りは人と馬車で大混雑になります。

 祭りの会場になるケルキー神殿前は、さらにすごい人出でした。徒歩の人と馬車から降りた人が入口で一緒になり、広場までの参道を人波になって進んでいきます。一張羅(いっちょうら)を着た貴族たちは、平民が近づくのを嫌がって周囲から追い払おうとしますが、参道は狭いので、どうしても押し合いへし合いになってしまいます。そんな騒ぎを嫌う貴族たちは、何時間も前に会場に到着して、老舗(しにせ)の料亭で酒のグラスを傾けながら、祭りの開始を待っていました。他の店々も、店内に臨時の観覧席を作って大勢の参列客を受け入れています。広場に向かって開け放たれた店の窓は、二階も三階も、人でいっぱいです。

 例年とても賑やかな祭りなのですが、今年は貴族の娘たちが大勢参列しているので、特に華やかさがありました。令嬢たちの目的は、今日初めて市民の前に姿を現す皇太子です。見初められれば未来のロムド王の側室になれるかもしれない、というので、美しいドレスで身を包み、宝石や羽根で髪を飾って、少しでも他の娘より目立とうとしています。令嬢たちは広場の観覧席ではなく、神殿前の貴賓席(きひんせき)に続く通路の両脇に集まっていました。その一角は色とりどりのドレスで、花畑のような美しさです。

 

 すると、広場の入口でラッパが吹き鳴らされ、参列客の人波が大きく動き出しました。参道の人々が広場の中へ押し込まれ、参道には人がいなくなります。人々を追いやっているのは、馬に乗った衛兵たちでした。さらに広場の中へ入り、参道から神殿までの人を追い払って、通り道を作っていきます。国王ご一家のおなりだぞ、という衛兵の声に、人々もすぐに道を開け、期待しながら待ちかまえます。

 やがて、馬に乗った近衛兵の先導で、参道から広場へ二台の馬車が入ってきました。黒塗りの立派な箱馬車で、扉にはロムド王家の紋章が描かれています。その窓から、王族と重臣たちの姿が見えました。先を行く馬車にはロムド王とメノア王妃とメーレーン王女がいて、さらに半白の髪の男と道化も一緒に乗っています。王妃や王女は歓声を上げる市民ににこやかに手を振り、王も笑顔を向けていますが、半白の男は厳しい目で窓の外を眺めていました。道化のほうは、おどけた様子で市民にキスを送っています。王の参謀のゴーリスと王妃付き道化のトウガリです。

 続く馬車が来ると、市民の歓声はいっそう大きくなりました。こちらには皇太子が乗っていますが、皇太子は長らくロムド城にいなかったので、市民のほとんどはその顔を知りません。伸び上がって馬車の窓を眺め、そこに意外なほど立派で美しい若者を見て、誰もが驚き喜びました。先王のロムド十三世の肖像画に似ている、と思った者も少なくありません。市民の歓声と拍手がますます大きくなります。

 同じ馬車には白髪の貴族と、灰色のフードをかぶった人物も乗っていました。こちらは、毎年この祭りに来ている人々にはお馴染みの、リーンズ宰相と、一番占者のユギルです。同じ窓から小さな二匹の猿がちょこんと顔を出して、珍しそうに眺めたり、人々を真似て手を振ったりしているのが、ご愛敬でした。

 

 馬車が神殿の前で停まり、中から王たちが下りてきました。王と王妃は落ち着いた色合いの服を、メーレーン王女はいつもの薔薇色のドレスを、皇太子は緑色の服とマントを身につけています。特に、大柄な皇太子の姿は堂々としていて、人々の目をひきました。想像以上に立派だった自分たちの皇太子に、市民たちは感激し、割れるような拍手を送りました。皇太子のほうでも手を振ってそれに応えます。

 馬車から、皇太子に続いて、宰相と占者も降りてきました。占者は美貌の青年なのだと、もっぱらの噂でしたが、祭りに現れる占者は、いつも灰色の長衣のフードをまぶかにかぶっていて、その顔はほとんど見ることができませんでした。ただ、フードから衣の胸へ流れる二筋の髪が、日の光に銀に輝いています。

 すると、その髪がいきなり宙に躍りました。突然、占者がふらつき、その場に崩れたのです。人々は、あっと息を呑みました。皇太子も声を上げ、とっさに占者を抱きとめます。その拍子に占者のフードが脱げ、銀の髪と浅黒い顔があらわになりました。美しく整ったその顔立ちに、人々がどよめきます――。

 

「大丈夫か!?」

 とキースは腕の中の占者に尋ねました。かろうじて、アリアンの名を呼ぶことはこらえます。

 アリアンは青ざめた顔をしていました。ユギルの姿に化けているだけのはずなのに、以前よりずっと痩せて、やつれてしまっています。リーンズ宰相も驚きあわてて話しかけました。

「大丈夫でございますか!? 馬車の中でもお疲れのようだと感じておりましたが」

「大丈夫です」

 とアリアンはユギルの声で答えました。

「ただちょっと目眩がしただけです。四日ほど、ほとんど寝ていませんでしたから……」

「どうしてそんなに――!」

 と驚くキースを、アリアンは片手を上げてさえぎりました。

「もう大丈夫でございます、皇太子殿下。申し訳ございませんでした」

 いかにもユギルらしい口調でそう言って、フードをかぶり直し、自分の足で立ち上がります。キースはさらに尋ねようとして、人々が大騒ぎをしながらこちらを見ていることに気がつきました。これ以上騒ぎを大きくしてはまずい、と判断すると、落ち着いた顔に戻って群衆に手を振って見せます。

 王が何事もなかったように歩き出し、占者もそれに続いて歩き出したので、人々はやっと少し安堵しましたが、それでもざわめきは続いていました。ユギルの重病説を聞いていた者たちは顔を寄せ合い、具合が悪いというのは本当だったんだな、とささやきます。

 

 王家の人々と重臣たちは、神殿前の貴賓席に着きました。貴賓席は一段高い場所にあって、王と王妃の左右に皇太子とメーレーン王女が座り、さらに皇太子の隣には占者が座ります。ゴーリスとリーンズ宰相はその後ろに立ちましたが、道化のトウガリは逆に王たちの前にしゃしゃり出て、市民に向かって大きくお辞儀をしました。そのおどけたしぐさに、人々から笑いが起きます。

 すると、道化は皇太子の足元にいた小猿たちに手招きをしました。何かを言い聞かせ、もう一度市民へ大げさなお辞儀をして見せます。すると、その左右で小猿たちも同じようにお辞儀をしました。片手を胸の前に曲げ、もう一方の手を横に広げて片脚を引く恰好も、道化にそっくりです。人々は爆笑しました。歓声や口笛が飛び、拍手が響いて、会場がまた楽しい雰囲気に戻ります。

「アリアンはどうしたんだ?」

 とゴーリスは隣のリーンズ宰相にささやきました。

「寝不足でふらついたのだと……ですが、あまり体調がよろしくないようです」

 と宰相はささやき返しました。会場はトウガリたちのおかげで落ちつきを取り戻しましたが、アリアンがユギルの代理で人々に占いを語るのは、これからなのです。黒い鷹のグーリーが空から舞い下りて、アリアンの椅子で翼をたたむと、心配そうに首をかしげました。占者に化けたアリアンは、フードをまぶかに引き下ろしたまま、うつむき加減に座っています――。

 

 神殿の鐘楼(しょうろう)から鐘の音が鳴り響き、会場に大司祭が姿を現しました。ケルキー神の象徴である茶色の衣装に身を包み、白いあごひげを長く伸ばした大司祭は、その人自身が老人の神ケルキーのようでした。手にしている木の錫(しゃく)は、ケルキーが持つ牧羊の杖を意味しているのだと言われています。

 大司祭は王の一家に一礼をしてから、会場に集まった人々へ言いました。

「これより、豊饒と牧畜の神ケルキーに今年の実りの感謝を捧げる、収穫感謝祭を執り行う!」

 再び鐘楼の鐘が鳴り始めました。人々もいっせいに拍手をします。

 キースとアリアンが大役を果たす式典が、ついに始まったのでした――。

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