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第16巻「賢者たちの戦い」

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30.大騒動

 「まいりました。いや、まったくもって、本当にまいりました」

 城の一室で、リーンズ宰相が何度もそう繰り返していました。白髪の頭を抱え込んでしまっています。

 同じ部屋にいるのは、黒ずくめの服を着たゴーリスと、派手な化粧の道化のトウガリでした。ゴーリスが腕組みして言います。

「宮廷中の貴族たちが、ぴいちくぱあちく大騒ぎの真っ最中だぞ。皇太子殿下とセシル姫が仲違いをして、姫がメイへ帰ってしまった、ともっぱらの噂だから、娘を殿下に売り込もうという連中が色めき立っている。この分では、明後日の感謝祭にはものすごい数の貴族どもが押しかけてくるだろう。前代未聞だな」

 自分自身が大貴族だというのに、相変わらずゴーリスは貴族に辛辣(しんらつ)です。

 リーンズ宰相は頭を振りました。

「昨夜、キース殿には少し厳しく説教いたしました。皇太子という地位にあることをわきまえて行動してください、と。このままでは、宮廷中に山のように殿下の側室候補が出現して、殿下がお戻りになったときに大変なことになってしまいます」

 側室というのは、王や皇太子の愛妾のことです。

「で? キースは理解したのか?」

 とゴーリスは聞き返しました。フルートたちの友人だというので、ゴーリスはキースたちに敬称をつけていません。

「それが、自分は後で困るようなことは何もしていないんだから、とおっしゃって、まったく反省をなさいません。今朝も、食事の後で女中に声をかけておいででしたし……」

 と宰相が言うと、道化姿のトウガリが口を開きました。

「キースの言うことは、ある意味間違ってはいないのです、宰相。綺麗な女性にはしょっちゅう声をかけているが、せいぜいお茶を一緒に飲むか散歩をする程度だし、一度そうした相手とは、どんなに誘われても二度目はない。手広いくせに、深く関わることを避けている感じですな」

 トウガリもキースとは個人的につきあいがあるので、やはり名前に敬称をつけません。

 宰相はまた頭を振りました。

「ただそれだけでも、充分過ぎます。本物の殿下がなさることと、あまりに差がありすぎますから!」

「アリアンは? 彼女からキースに話してもらうことはできないだろうか」

 とゴーリスが言うと、今度はトウガリが首を振りました。

「無理でしょう。彼女は今、ユギル殿の部屋にこもりきりで透視をしています。集中して占うときのユギル殿と同様で、一歩も部屋の外へ出てこないし、誰にも会おうとしません」

「キースともか?」

「そうです――」

 ゴーリスとトウガリは意味ありげにうなずき合いました。キースが何故こんなに派手に女性を渡り歩いているのか、理由がわかった気がしたのです。

 

 宰相はまた深い溜息をつきました。

「殿下たちの様子がおかしいことは、もう外国にも知れております。城下町の間者たちが周辺各国へいっせいに知らせを飛ばしました。殿下がセシル様と仲違いをした、という噂だけならまだしも、それがこじれてメイとの同盟が破棄されそうだ、という憶測や、一番占者が病床に伏せっているのだというユギル殿重病説まで飛び交っているので、外国が我が国にどう出てくるのか、さっぱり読めない状況です。魔法使いたちは城内や城下町に目を光らせていますが、それでもすべての不穏分子動きを把握することは不可能です。ユギル殿も不在では、敵の動きを読み取ることもままなりませんし……非常に危険な状況です」

 ふむ、とゴーリスはうなりました。確かに、騒ぎはもう城内だけに留まらなくなっています。

「それで、陛下はどうお考えなのだろう? 今はどちらに?」

「王妃様やメーレーン様と劇場へ芝居見物にお出かけになりました。陛下が外出を取りやめれば、それだけで、城内では異常事態が起きていると憶測されるので、陛下にお願いして、予定通りおいでいただいたのです」

「キースは?」

「キース殿は会議に出席中です。さすがに、それには何がなんでも出ていただきました!」

 宰相の声に力が入ります。

 それでは今するべきことは――と三人は考え続けました。

「キースには、会議の後でもう一度しっかり言い聞かせるとして、殿下とセシル様の仲違いの噂をなんとかしなくてはならないな。メイが絡むとサータマンがしゃしゃり出てくる可能性が高くなる」

「ですが、どのようにして? 噂を打ち消すには、実際に殿下とセシル様が仲よくしている様子を人々に見せなくてはなりません。ですが、そのセシル様がいらっしゃらないのです」

「まさかゴブリンやグリフィンに、セシル様の代役をやらせるわけにはいかんでしょうなぁ」

 名案はなかなか浮かびません。

 

 すると、出しぬけに部屋の中に太い男の声が響きました。

「大切なお話し合い中、まことに申し訳ありません! 青の魔法使いです! 一大事でございますぞ!」

 城内を監視している魔法使いの武僧が、声だけで話しかけてきたのです。一同は、いっせいにはっとしました。

「一大事とは何事です!?」

 と宰相が尋ねると、太い声がまた言いました。

「セシル様の部屋です! アーモック公爵夫人が、セシル様へ医者を連れてきたと言って、部屋に押し入ろうとしています!」

 それを聞いて宰相は飛び上がりました。

「いけません! アーモック公爵家には年頃の令嬢がいる! 令嬢を売り込むために、セシル様の不在を自分の目で確認するおつもりだ!」

「レイーヌ侍女長ががんばっていますが、相手は公爵夫人だ。分が悪いですぞ!」

 と青の魔法使いが言ったので、すぐさま一同は外へ飛び出して、セシルの部屋へと向かいました。

「冗談ではない……セシル様が本当に不在だと知れたら、仲違い説もメイとの同盟破棄説も、本当のことと思われてしまう。サータマンが攻め込んで来るかもしれない」

 通路を急ぎがら、宰相はつぶやきました。まったく、国家の一大事です。

 階段を駆け下りて、さらに通路を走っていくと、やがてその行く手から甲高い女性の声が聞こえ始めました――。

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