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第16巻「賢者たちの戦い」

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第9章 大騒動

29.草原

 ミコン山脈の頂から頂へ続く稜線を、フルートたちは馬で進み続けていました。

 相変わらず行く手にはまだ山がそびえていますが、一番高い峠を通り過ぎたので、気温が上がり始めて、山越えはぐっと楽になっていました。

 今、一行が下っているのは、緩やかな斜面でした。周囲に高い木はまだほとんどありませんが、代わりに岩の多い草地が広がっていて、快適に進むことができます。秋の日差しが照らす草原には心地よい風が吹き渡り、遅咲きの花や色づいた草の実が揺れていました。馬の脚をゆるめて、のんびりと遠乗り気分に浸りたいような、気持ちの良い午後です。

 けれども、彼らは一列になって馬を急がせていました。しんがりを走っていたフルートが、ユギルの馬に追いついて話しかけます。

「ぼくたちが白い石の丘を出発してから十日が過ぎました……。何度も雨や霧で足止めを食らったし、山頂近くでは吹雪にも遭ったし。ずいぶん時間がかかってます。ぼくたちは間に合うことができますか?」

 彼らが目ざしているのは、テトの国の王都マヴィカレでした。グルール・ガウス侯は密かに集めた兵で王都へ攻め上り、テト城を陥落させて王座を奪おうとしています。フルートたちは、それよりも先にテト城に到着しなくてはならないのでした。

 占者は、銀髪を風になびかせながら答えました。

「テトの様子は毎朝出発の前に占っております。今朝ほどの結果でも、テトの国全体に、内乱を予兆する暗雲がたれこめておりました。ガウス侯を象徴する白い竜も、いよいよ兵を動かそうとしております。ですが、その目はミコン山脈のもっと東のほうへ向けられていました。女王陛下の替え玉を連れた一行が、ロムドからテトへ戻っていく道筋です。ガウス侯は替え玉を本物の女王と思い込んで、それを阻止しようとしているのです」

 すると、それを聞きつけたオリバンが話に加わってきました。

「なるほど。それでこのところ闇の怪物が現れなくなったのだな。東の峠から女王が戻ってくると思って、そちらを警戒しているのだ。――心配をするな、フルート。あちらの一行には、父上が護衛の魔法使いをつけている」

 気がかりそうな顔をするフルートの背中を、オリバンが、ばんとたたきます。

 ユギルは静かに話し続けました。

「ガウス侯が偽の女王の一行に気を取られている隙に、わたくしたちはテトの国に入り、城へ急がなくてはなりません。あと二日ほどでミコン山脈を抜けることができますが、そこから精いっぱい急いで城を目ざす必要がある、と占盤は言っておりました」

「ワン、時間はあまりないんですね」

 とポチがフルートの前の籠から言います。

 

 一方、先頭ではゼンとメールが話し合っていました。

「まだ山ン中だが、テトは近いぞ。空気が変わってきてるから、わからぁ」

「テトってどんな国だろうね……? ルルやポポロは知ってるかい?」

 とメールに聞かれて、ルルとポポロは首を振りました。

「いいえ。私もポポロも、テトに飛んでいったことはまだないのよ」

「透視すると、山脈の裾野に緑が広がっているのは見えるんだけれど……牧場と畑みたいね」

 すると、テトの女王が答えました。

「テトは山と坂の国じゃ。ロムドやエスタ、サータマンなどと比べれば、国土は非常に狭いが、北と西に高い山があって、東の国境を流れるニータイ川まで、ずっと傾斜になっているので、場所によって気候がまるで違う。山に近い場所は夏涼しく冬は寒さが厳しいが、中ほどの高原地帯は気候が穏やかだし、東の低地は暑くて雨の多い熱帯になっておる。ニータイ川流域にはジャングルもある」

 後続のフルートたちも、その話を聞いて間合いを詰めました。

「ぼくたちはテトのどのあたりに出ることになりますか?」

 とフルートが女王へ尋ねます。先の見通しを立てるためには、非常に重要なことでした。

「昨夜見せられた地図を信じるなら、国の北西の外れに出ることになりそうじゃな――王都マヴィカレに至るテト川の源流が発しているあたりじゃ。川沿いに行けば、船着き場から船に乗ることができるじゃろう」

 船! とフルートやゼンたちは声を上げました。彼らは船にはあまり乗ったことがありません。ロムド国のリーリス湖を渡る際と、サータマンの雪解けの洪水に出会った際に乗った程度です。

「俺たち、馬を連れてるんだぞ? それで船が使えるのか?」

 とゼンが尋ねると、女王が言いました。

「馬も乗れる大型の船がある。川が大きくなってからでなければ、走っておらぬがな。テトは傾斜がきついから、川は重要な運搬路なのじゃ。特に、テト川は広くて流れもガウス川より緩やかだから、船がひんぱんにいききしておる。陸の道より利用されることが多いくらいじゃ」

 へぇぇ……とフルートたちは言いました。まだ見たことのない異国の風景を想像して、なんだかわくわくしてきます。

 すると、ユギルが言いました。

「王都に至る道筋には、ガウス侯の手の者が配置されております。川も同様に見張られておりましょう。油断は禁物でございますよ、皆様方」

 その警告に、オリバンとセシルは顔を見合わせました。フルートはガウス侯に捕まって命を落とす、と予言されています。彼らはいよいよ危険な場所へ近づきつつあるのです――。

 

 すると、ゼンが急に馬を停めて行く手を示しました。

「せっかく順調に進んでると思ったのによ。また難関の出現だぜ」

 なだらかな斜面が行く手で突然とぎれて、崖になっていました。下のほうから激しい水音が聞こえてきます。見下ろせば、切り立った崖のはるか下のほうを、谷川が白く泡立ちながら流れていました。目もくらむような高さです。向こう岸まではかなりの距離があるので、馬で飛び越えることも不可能でした。

「ユギル、迂回路を探せ」

 とオリバンが言うと、フルートが首を振りました。

「それでは到着が遅くなります。ここを越えていきましょう――。メール、花を呼んで、吊り橋を作ってくれ」

「あいよ!」

 と花使いの姫は張り切って答えると、両手を高く上げました。おいで、花たち! と呼びかけると、草原からたくさんの花が飛んできて蔓を伸ばし、互いに絡み合って花の吊り橋を作ります。

「さあ、行こう」

 とフルートは橋を渡り始めました。細い花の茎が絡み合ってできた吊り橋ですが、ためらうこともなく進んでいきます。仲間たちがすぐにそれに続きます。

 セシルの後ろで、テトの女王が思わず首を振りました。

「自分が先頭になって橋の安全を証明してみせておるのか……確かに、あれはもう子どもではないな。金の石の勇者というのは、まことに驚異の存在じゃ」

 それを聞きつけたセシルは、思わず微笑してしまいました。

「やっとわかったのか」

「ああ、ようわかった。彼らならば、本当にグルールや闇の手からテトを救ってくれるであろう」

 強く期待する声でしたが、セシルは返事ができなくなりました。

 フルートたちはテトを救うだろう、と彼女も思っていました。メイを闇から守ったように、きっとテトの国も守り抜くのです。けれども、その引き替えにフルートが命を落とすのだとしたら……。

 テトの女王はセシルの腰に腕を回して馬に乗っていました。祈るように組み合わされている女王の手と、恐れる様子もなく先頭を進むフルートの後ろ姿を、セシルは何度も見比べてしまいました。

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