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第16巻「賢者たちの戦い」

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27.目玉

 フルートが突然、ぼくはここにいる! と言って飛び出していったので、仲間たちは仰天しました。ゼンが、あの馬鹿! と小さく叫びます。フルートは、女王に向かっていた怪物を自分のほうへ惹きつけたのです。

 目玉の怪物がフルートを見つけました。

「いたァ!」

 と甲高い声を上げて後を追ってきます。

 フルートは岩屋から怪物をできるだけ引き離そうとして、じきに立ち止まってしまいました。あたりは大岩が重なり合っているうえに、霧で見通しが効かないので、行き止まりにはまり込んだのです。岩を登って越える暇もないので、フルートは背中から剣を引き抜いて振り向きました。怪物へ炎の弾を撃ち出そうとします。すると、怪物がフルートをにらみつけました。その瞳が赤く輝いたとたん、フルートの体が大きく跳ね飛ばされて、後ろの岩にたたきつけられます。

「フルート!」

 とポポロが叫びました。戦うフルートの姿は霧の中ですが、彼女の魔法使いの目にははっきりと見えていたのです。その声に怪物が振り向きます。

「また声がしたァ……マダ人間がイルのか……?」

 フルートはすぐさま跳ね起きました。激突の衝撃は魔法の鎧が和らげてくれていました。剣を構え直してまたどなります。

「おまえの相手はこっちだ! 間違えるな!」

 駆け出し、怪物へ切りつけると、ふわりと怪物は浮き上がりました。眼球の体をぎょろりと動かして、フルートを見下ろします。

「変ダな……オレの波動を食らって、ナゼ、無事でイル?」

 再び瞳が赤く光ったので、フルートは横へ飛びのきました。とたんに、フルートが立っていた場所で、岩が粉々に砕け散ります。

 

 岩屋の方向から仲間が駆けつけてくる音が聞こえたので、フルートはまた言いました。

「来るな! こいつは眼光でものを破壊するんだ!」

 仲間たちがあわてて立ち止まる気配が、霧の中から伝わってきます。

 フルートは鎧の内側からペンダントを引き出して叫びました。

「光れ、金の石! あいつを消滅させるんだ!」

 声に応えて、魔石が金に輝きます――。

 

 ところが、光が届くより早く、怪物の姿が薄れて霧の中に消えました。聖守護石は霧を金色に染めましたが、その中から怪物は現れません。やがて石が光を収めます。

 すると、霧の中から怪物が言いました。

「今のは聖なるヒカリ……聖なるヒカリを出す金色の石……そうカ、オマエは金の石の勇者カ!」

 声が跳ね上がって、歓声に変わりました。

「知ってイルゾ! 金の石の勇者は願い石を持ってイル! オマエを食えば、オレの願いはなんでもかなうんダ――!」

 霧の中から怪物がまた現れました。青い瞳がフルートをぎょろりとにらんで、赤く輝きます。フルートはまた見えない波動を食らって、後ろへ飛ばされました。岩にたたきつけられた拍子に兜が吹き飛び、頭を強く岩に打ちつけてしまいます。

「金の石の勇者……食ってヤル! 願い石を食えば、オレは最強! 世界中の人間はみんな、オレの餌になる……!」

 怪物が嬉々として迫ってきました。フルートは頭を打ったので、目眩(めまい)がしてすぐには立ち上がれませんでした。地面に倒れたまま呼びかけます。

「金の石――!」

 とたんに怪物はまた霧の中に溶けていきました。金の石がまばゆく光っても、どこからも怪物の悲鳴は上がりません。光が弱まって消えると、入れ替わりに姿を現します。

「無駄無駄……。オレ様はゲドン。霧や吹雪に棲んでイル。だから、聖なるヒカリはオレには届かない」

 そう言って、ゲドンという怪物は、ケラケラと笑い声をたてました。同時に、その瞳の真ん中に肉色のトンネルが開きました。トンネルの入口は、白い牙がびっしりと囲まれています。そこはゲドンの口でした。血を流して倒れているフルートに襲いかかって、頭を食いちぎろうとします――。

 

 すると、白い巨大な眼球の背中へ、剣の切っ先が飛び出しました。串刺しにされて、ゲドンの動きが止まります。剣を握ったフルートの右手は、腕の付け根まで怪物の口に入り込んでいました。倒れたままの恰好でゲドンの口の中を突き刺したのです。

 次の瞬間、ゲドンは火を吹きました。白い尾を引く眼球が、燃えながら地面に落ちて、じゅくじゅくと溶けていきます。

 それと同時に、あたりをおおっていた霧が晴れました。たちまち雲間から青空がのぞき、日の光が降りそそいできます。明るくなった岩場に、仲間たちと馬たちがいました。霧が晴れてみれば、意外なほど近い場所でした。

「フルート!!」

 と仲間たちが駆けつけてきました。フルートは立ち上がり、にこりと笑って剣を収めました。その足元でゲドンが黒い燃えかすになっていきます……。

「フルート! フルート!!」

 ポポロが真っ先に飛びついてフルートにしがみつきました。そのまま、わあっと声を上げて泣き出してしまいます。

「だ、大丈夫だよ、ポポロ。もう怪物はやっつけたんだから……」

 とフルートが赤くなって言いますが、ポポロは泣きやみませんでした。彼女は戦いの一部始終を魔法使いの目で見ていたのです。ゼンが低い声で言います。

「ったく。ひとりで無茶するなって、何万回言ったらわかるんだよ、このすっとこどっこいは」

「まったくだ。単身で霧の中に飛び出していくから、駆けつけられなかったではないか。私は聖なる剣を持っていたのだぞ」

「私だって管狐を繰り出せたのに」

 とオリバンとセシルも恨みがましく言います。

「ごめん」

 とフルートが首をすくめていると、テトの女王が歩み寄ってきました。意外なほど真剣な顔でフルートを見つめて、その頭へ手を伸ばします。

「怪我をしておる……早く手当をせねば」

 ああ、とフルートは額へ手をやって笑いました。

「大丈夫です。ぼくは癒しの魔石を持っているから、怪我はすぐに治るんです。なんでもありませんよ」

 その手の下に確かに傷はもうありませんでしたが、流れ出た血が顎の先まで伝っていました。かなりの出血量です。かき上げた髪の先からは、焦げた髪がぱらぱらと落ちてきます。燃え上がった怪物の炎で火傷も負ったのです。

 けれども、フルートは平気な顔で仲間たちに言いました。

「さあ、霧が晴れたから出発するぞ。まだ日没までには時間がある。今日中にこの峰を越えてしまおう」

 と先頭になって馬へ駆け出します。待てよ! と仲間たちが後を追いかけます。

 

 それを見ながら、テトの女王は言いました。

「なんでもないじゃと……? あれだけの怪我を負いながら? 癒しの魔石を持っていると、痛みも感じなくなるのか……?」

 すると、その場に残っていたユギルが言いました。

「いいえ、女王陛下、あの石にそこまでの力はございません。負傷したときの痛みも、炎の熱さも、勇者殿は普通に感じておいでです。ただ、それを他者にはお見せにならないのです」

「何故じゃ? 熱いときには熱い。痛いときには痛い。そう口にするのが普通であろう。まして子どもであればなおのこと――」

「あの方たちは、子どもではありません」

 とユギルは言い、いぶかしそうな女王の表情を見て続けました。

「もちろん、あの方たちの体は、まぎれもなく子どもです。生きてきた年月も、たかだか十四、五年――。ですが、あの方たちの精神は、すでに年齢よりずっと大人になってしまわれました。それが、金の石の勇者たちに科せられた定めなのでございましょう。闇の竜と戦うために、そうならざるを得なかったのです」

 女王はしばらくの間、何も言いませんでした。賑やかに出発の準備をする少年少女たちをまた眺めます。

「いいかげん顔の血を拭きなったら! いつまでもポポロを心配させてるんじゃないよ!」

 とメールがフルートを叱っていました。

「ポポロを泣かせたのはおまえなんだからな。責任とって泣きやませろよ」

 と涙が嫌いなゼンが文句を言います。

「ワン、フルート、ポポロを抱いていったほうがいいんじゃないですか?」

「そうね。ついでにキスしてあげれば? ポポロもきっと泣きやむわよ」

 と犬たちも言い、ええっ!? とフルートが焦った声を上げます。そんなやりとりだけを聞いていると、年相応の、ごく普通の少年少女にしか見えません。

「それが金の石の勇者の一行というものなのか……?」

 と女王は言いました。どこか茫然とした響きの声です。

「左様でございます。だからこそ、昨日まで赤の他人だったテト国を救うために、こうしてミコン越えをなさっているのです」

 とユギルは静かに答えます。

「確かにその通りじゃ……」

 と女王は答えると、セシルに呼ばれて馬のほうへ歩き出しました。

 全員が馬に乗ると、一行はまた出発しましたが、それから後、どんなに旅路が困難になっても、女王はもう一言もフルートたちに不満を洩らさなくなりました――。

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