「つまり、最大の問題は九日後に執り行われる収穫感謝祭なのです」
と、ロムド城のユギルの部屋で、リーンズ宰相が言いました。話して聞かせている相手は、キースとアリアンでした。それぞれオリバンとユギルに化けて、丸テーブルの椅子に座っています。
「感謝祭というのは基本的に農民の祭りです。ですから、以前は王室には無関係なものだったのですが、三十年前に陛下が王室でも式典を執り行うようにお決めになったので、今では、感謝祭が来なければディーラには冬が来ない、と言われるほど大切な年中行事になっています。会場は豊饒(ほうじょう)と牧畜の神をまつったケルキー神殿前の広場で、神殿の神官が今年の収穫物を神々に捧げて実りを感謝すると同時に、冬の安全と来年の豊作を祈ります。ここに、例年王族の皆様方が出席されるのです」
「王族のみんなが? それじゃ、ぼくも出席しなくちゃいけないってことか」
とキースがぶっきらぼうに言いました。オリバンやユギルがフルートたちとテトの国へ向かってしまって以来、ずっと機嫌が良くないのです。
リーンズ宰相は、一生懸命話し続けました。
「これまで、殿下は収穫感謝祭に出席されたことはありませんでした。昨年のこの時期には、殿下はジタン移住の件で北の峰のドワーフたちを訪問中でしたし、それ以前は、殿下はずっと辺境部隊を転々とされていて、城にはほとんどいらっしゃいませんでしたので。ですが、これからは、次期国王として国民に顔を覚えてもらわなくてはなりません。そこで、今年はオリバン殿下も初めて感謝祭に参列されることになっていたのです」
「やっぱりぼくも出なくちゃいけないんじゃないか。それで? そこでぼくは何をしなくちゃいけないんだ?」
相変わらずキースの声は不機嫌です。
「式典には大勢の市民が集まります。普段お目にかかれない王族を間近で拝見できるというので、遠くの町や村からはるばるやってくる国民も大勢います。それらの人々を前に、感謝祭の式辞を読み上げることになっているのです。例年は国王陛下がなさいますが、今年は殿下のお役目です」
「ええ? それなら例年通り、陛下がなさればいいじゃないか。一緒に会場にいて、ただ座っているだけなら、まあやってもいい」
「そうはまいりません。殿下はすでにその役目をお引き受けになっているのですから、今さらそれを変えることはできないのです」
「まったく、オリバンの奴――」
キースがぶつぶつ文句を言うと、宰相が切り返しました。
「いいえ、それをお引き受けになったのはあなたです、キース殿。式典についてを相談する会議に出席されたでしょう。お忘れになりましたか?」
うっ、とキースは返事に詰まりました。確かに、彼は感謝祭の打ち合わせに出席していました。家臣から何かを引き受けてもらいたいと言われて、承知した記憶もありましたが、どうせ戻ってきたオリバンがやるのだから、と内容などろくに確かめずに返事をしていたのでした。
「初めて皇太子殿下が公の場に現れて、おことばをくださるというので、市民たちは感謝祭を非常に心待ちにしております。皇太子殿下へ捧げる謝辞や、殿下にふさわしい出し物など、さまざまな準備が今も進行中なのです。今さら殿下が参列しないなどということは、よほどのことでもない限り、許されることではありません」
と宰相は話し続けました。口調はあくまでも穏やかですが、相手に反論の余地を与えません。キースは、目を白黒させながら黙り込むしかありませんでした。
すると、ユギルの姿に化けたアリアンが、遠慮がちに尋ねてきました。
「宰相、私には、その式典で何かすることがありますか……?」
「ございます。こちらがまた問題なのです」
と宰相はいっそう難しい顔になって言いました。
「感謝祭では来年の豊作も神に祈ります。祈るのは神官ですが、その後で、ユギル殿が来年の天候や実り具合を皆の前で占って聞かせることになっています。こちらは八年ほど前からの恒例行事です」
まあ、とアリアンは思わず声を上げてしまいました。キースがまた不満そうに言います。
「なんでそんなに国民の前で派手なことをしたがるんだ? そんなもの、城で占って、人に伝えればいいだけじゃないか」
「陛下が国民を大切になさっていることを知らせるための行事なのです。人は直接に自分へことばや思いやりを示してもらわなければ、自分が大切にされているとはなかなか信じられませんので……。城の一番占者が、自分たちの生活のために占ってくれたとなれば、国民は陛下のご厚情を感じておおいに感謝をするし、またその占いの結果も素直に聞こうとします。これまで、国を凶作が襲ったことが幾度かありましたが、ユギル殿は前年のうちにそれを占っておいでで、対策についても語ってくださったので、被害は非常に小さくてすみました。殿下の式辞と、ユギル殿の占い――これが収穫感謝祭の二本柱です。どうしても失敗させるわけにはいきません」
まあ、とアリアンはまた言って、両手を頬に押し当てました。ユギルの声と姿でそれをするので、傍目(はため)には非常に奇妙に映ります。
部屋の隅のソファでずっと話を聞いていた小猿たちが、尋ねてきました。
「なんだか大変そうだゾ」
「アリアン、ちゃんと占えるのかヨ?」
占者の姿の少女は、首を振りました。
「いいえ……私にできるのは透視だけなのよ。未来の出来事までは、私には見えないわ……」
キァァ、と鷹のグーリーが甲高く鳴きます。
「来年の作況に関しては、城の占者たちに占わせています。アリアン様は、それを式典で皆に話してくだされば良いのです」
とリーンズ宰相は言い続けました。
「大事なのは、あなた方が殿下たちの代役だとばれないことなのです。万が一、真実を知られれば、殿下と一番占者の不在は国内だけでなく、外国にまで広く知られてしまいます。そうなれば、先日起きた南の塔での事件のように、守備の隙を突こうと、敵国がロムドに攻め込んでくるかもしれないのです」
キースは溜息をつきました。
「責任重大ってわけか。しょうがない。がんばって、できるだけ彼ららしくするしかないな」
と言って、人差し指の先で頬をかきます。その癖がもうオリバンとは違っているのですが、本人は気がつきません。
アリアンは椅子に座ったまま自分の膝へ目を向けました。何も言わずに考え込んでしまいます。グーリーが心配して、その椅子の背に飛んできましたが、アリアンは顔を上げようとはしませんでした――。