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第16巻「賢者たちの戦い」

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24.グール

 フルートとゼンが森の奥へ進んでいくと、金の石はますます大きくまたたくようになってきました。間違いなく闇の怪物がそばにいるのです。

 森の中は真っ暗でしたが、夜目の利くゼンが先に立って進んでいくと、やがて大きな茂みにぶつかりました。生き物が藪を通る、がさがさという音は、その茂みの向こう側から聞こえていました。

 ゼンは茂みの横から、そっと向こう側をのぞき、すぐに頭を引っ込めて言いました。

「やべぇな。ありゃグールだ」

「こんな場所に?」

 とフルートは驚きました。グールは死肉食いと呼ばれる闇の怪物で、墓場などによく出没するのです。

「六匹いる。きょろきょろしてやがって、何か探しているような感じだぞ」

 とゼンが言ったので、フルートは今度は顔を曇らせました。フルートの中には、どんな願いもひとつだけかなえる願い石が眠っていて、闇の怪物たちから狙われています。自分を探して闇の怪物が現れたんだろうか、と考えてしまったのです。

 

 すると、夜の森に急に風が吹き出しました。冷たい秋風が木々の葉をいっせいにざわめかせ、フルートたちの背後からグールの方向へ吹き抜けていきます。

 とたんに、茂みの向こうから声がしました。

「匂っタぞ!」

「人間の匂いダ!」

「餌が近クにイルぞ――!」

 耳障りな甲高い響きは、闇の怪物の声の特徴です。

「見つかった!」

 とゼンは大きく飛びのき、エルフの弓を外しました。フルートも背中から剣を引き抜きます。

 茂みから痩せた手が飛び出し、続いて怪物の頭がいくつも現れました。闇の中で赤く目を光らせて、フルートとゼンを見据えます。

「いたァ!」

「二匹もイタぞ! 食ってヤレ!」

 キシシシ、とまた耳障りな声で笑って、次々に茂みから飛び出してきます。痩せ細った人間にそっくりな怪物です。

 それに向かって弓を引き絞りながら、ゼンがどなりました。

「フルート、グールは毒を持ってるぞ! 近づかせるなよ!」

 びぃん、と音を立てて飛んでいった矢が、先頭のグールに突き刺さりました。炎の呪符を巻いた火の矢です。たちまち怪物が燃え出します。

 フルートも自分の剣を怪物へ大きく振りました。炎の弾が飛び出して弾け、また別のグールが火に包まれます。こちらは炎の剣です。

 とたんに、他のグールは大きく後ずさりました。この怪物は光を極端に嫌うので、炎の光の届かない場所までさがったのです。暗がりの中でまた目を光らせ、口々に言います。

「強イぞ。こいつら、強イぞ」

「強イ奴らは報告シロ、と言われタ」

「報告ダ。火の矢ト火の剣を持つ、フタリの人間」

「怪しい奴がイタと報告ダ」

 フルートたちは、はっとしました。このグールたちは哨戒(しょうかい)が目的で森をうろついていたのです。

 

 フルートは駆け出すと、グールたちの中に自分から飛び込んでいきました。剣を構えてどなります。

「どこに報告に行く!? おまえたちの親方は誰だ!?」

 キシシシ、とグールがまた甲高く笑いました。

「教えナイ。教えルものカ」

「自分カラ捕まりに来タ馬鹿な人間メ」

「オレたちはオマエを食う。オマエは答えを聞けナイ」

 爪の伸びたグールの手が四方から伸びてきて、フルートの体を捕まえました。兜をかぶっていなかった頭に食いついてきます。フルートがとっさに避けると、怪物の牙が鎧の肩当てをかんで、堅い音を立てました。

「動くナ!」

 と別のグールがフルートの髪をつかんで引っぱり、三匹目がフルートにまたかみついてきました。大口でフルートの顔面を食いちぎろうとします。フルートは頭を動かすことができません。

 すると、フルートの髪をつかんだ怪物が、いきなり火を吹きました。後ろからフルートへ倒れ込み、そのまま燃えて崩れていきます。その背中には矢が突き刺さっていました。

 怪物たちが炎の光にたじろいだので、フルートは握っていた剣を突き出しました。切っ先が正面のグールの腹に突き刺さり、また怪物が燃え上がります。激しい炎がフルートの髪や顔を焦がし、金の石がそれを癒します――。

「フルート! 他の奴らが逃げるぞ!」

 とゼンがどなって、また矢を放ちました。怪物の背中を狙ったのですが、今度は狙いがはずれました。生き残った二匹が闇の中に逃げ去ろうとします。

 すると、フルートたちの背後から声がしました。

「逃がしてはなりません! 勇者殿、金の石をお使いください!」

 いつの間にかユギルがそこに立っていました。怪物が燃える炎に銀髪を赤く染めながら、遠ざかるグールを指さしています。

 フルートはすぐさま胸のペンダントへ呼びかけました。

「金の石――!」

 とたんに魔石が強く輝き、逃げるグールを聖なる光で照らしました。グールはその場に倒れると、たちまち溶けて消えてしまいました。痕には何も残りません。

 

 フルートとゼンは銀髪の占者を振り向きました。

「ユギルさん、今のは……?」

「敵の差し向けた手駒(てごま)です。テトの女王がロムドから戻るのを警戒して、ミコン山脈のあちこちにばらまいているようでございます。あのまま逃がせば、我々の動きを敵に知られるところでした」

「あちこちに、って……」

 フルートは驚きました。

「ミコン山脈は大山脈ですよ。例えロムド国とテトの間だけを警戒するにしたって、ものすごい数の怪物が必要になりますよね? それを、グルール・ガウス侯って人がやっているんですか――?」

「左様です。おそらく、竜の秘宝の力を使ったのでございましょう」

 とユギルが答えます。

 フルートとゼンが絶句していると、野営地の方向からポポロが姿を現しました。フルートを見つけて駆け寄ってきます。

「ああ、良かった――! 出かけていく様子が変だったから透視していたら、フルートが怪物に襲われて火に包まれたのが見えたのよ! 大丈夫だった!?」

「だ、大丈夫だよ……」

 ポポロにしがみつかれて、フルートはしどろもどろになりました。その顔が赤く染まっているのは、怪物が燃える炎のせいだけではありません。

「皆様方のところへ戻りましょう。守りの金の石が闇の目からわたくしたちを隠してくれます」

 とユギルが言ったので、フルートたちは怪物が完全に燃え尽きたのを確かめてから、野営地へ戻っていきました。

 

「何があった?」

 ユギルが戻ると、焚き火のそばにいたオリバンがすぐに尋ねてきました。周囲に聞こえないように、ささやく声になっています。

「敵の送り込んだ闇の怪物でございます。勇者殿がいち早く気づいて倒してくださいましたが、危なく敵に我々の所在を知られるところでございました」

 とユギルも低い声で答えました。オリバンはたちまち難しい顔になると、火のそばに戻ってきた少年たちを眺めました。フルートもゼンも、何事もなかったようにまた座り込み、雑談に加わっています。ただ、ポポロだけはフルートの隣にぴたりと寄り添い、そこから離れようとしませんでした。

「油断ならんな……。ガウス侯は女王の命を狙っているし、その女王を守ろうとして、フルートは自分から危険に飛び込んでいく。ユギルの占い通り、フルートがガウス侯の手の中に落ちる可能性は高い」

 とオリバンが言うと、ユギルはうなずきました。

「今はまだ、敵は我々の所在をつかめずにおりますが、テト国に近づくほど、我々の居場所は知られやすくなってまいります。周囲への警戒を怠ることはできません」

 たった今、グールと戦闘を繰り広げてきたばかりだというのに、フルートもゼンも、いつもと変わらない様子で仲間たちと話していました。誰かが言った冗談に声を上げて笑い、自分たちも楽しそうにしゃべります。

 その様子にテトの女王がまた深い溜息をつきました。どうしようもない、と言いたそうに首を振ります。

 無邪気に話しているように見える少年たちが、自分を敵から守ってくれたのだということに、女王はまだ気づいていませんでした――。

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