フルートとゼンが森の奥へ進んでいくと、金の石はますます大きくまたたくようになってきました。間違いなく闇の怪物がそばにいるのです。
森の中は真っ暗でしたが、夜目の利くゼンが先に立って進んでいくと、やがて大きな茂みにぶつかりました。生き物が藪を通る、がさがさという音は、その茂みの向こう側から聞こえていました。
ゼンは茂みの横から、そっと向こう側をのぞき、すぐに頭を引っ込めて言いました。
「やべぇな。ありゃグールだ」
「こんな場所に?」
とフルートは驚きました。グールは死肉食いと呼ばれる闇の怪物で、墓場などによく出没するのです。
「六匹いる。きょろきょろしてやがって、何か探しているような感じだぞ」
とゼンが言ったので、フルートは今度は顔を曇らせました。フルートの中には、どんな願いもひとつだけかなえる願い石が眠っていて、闇の怪物たちから狙われています。自分を探して闇の怪物が現れたんだろうか、と考えてしまったのです。
すると、夜の森に急に風が吹き出しました。冷たい秋風が木々の葉をいっせいにざわめかせ、フルートたちの背後からグールの方向へ吹き抜けていきます。
とたんに、茂みの向こうから声がしました。
「匂っタぞ!」
「人間の匂いダ!」
「餌が近クにイルぞ――!」
耳障りな甲高い響きは、闇の怪物の声の特徴です。
「見つかった!」
とゼンは大きく飛びのき、エルフの弓を外しました。フルートも背中から剣を引き抜きます。
茂みから痩せた手が飛び出し、続いて怪物の頭がいくつも現れました。闇の中で赤く目を光らせて、フルートとゼンを見据えます。
「いたァ!」
「二匹もイタぞ! 食ってヤレ!」
キシシシ、とまた耳障りな声で笑って、次々に茂みから飛び出してきます。痩せ細った人間にそっくりな怪物です。
それに向かって弓を引き絞りながら、ゼンがどなりました。
「フルート、グールは毒を持ってるぞ! 近づかせるなよ!」
びぃん、と音を立てて飛んでいった矢が、先頭のグールに突き刺さりました。炎の呪符を巻いた火の矢です。たちまち怪物が燃え出します。
フルートも自分の剣を怪物へ大きく振りました。炎の弾が飛び出して弾け、また別のグールが火に包まれます。こちらは炎の剣です。
とたんに、他のグールは大きく後ずさりました。この怪物は光を極端に嫌うので、炎の光の届かない場所までさがったのです。暗がりの中でまた目を光らせ、口々に言います。
「強イぞ。こいつら、強イぞ」
「強イ奴らは報告シロ、と言われタ」
「報告ダ。火の矢ト火の剣を持つ、フタリの人間」
「怪しい奴がイタと報告ダ」
フルートたちは、はっとしました。このグールたちは哨戒(しょうかい)が目的で森をうろついていたのです。
フルートは駆け出すと、グールたちの中に自分から飛び込んでいきました。剣を構えてどなります。
「どこに報告に行く!? おまえたちの親方は誰だ!?」
キシシシ、とグールがまた甲高く笑いました。
「教えナイ。教えルものカ」
「自分カラ捕まりに来タ馬鹿な人間メ」
「オレたちはオマエを食う。オマエは答えを聞けナイ」
爪の伸びたグールの手が四方から伸びてきて、フルートの体を捕まえました。兜をかぶっていなかった頭に食いついてきます。フルートがとっさに避けると、怪物の牙が鎧の肩当てをかんで、堅い音を立てました。
「動くナ!」
と別のグールがフルートの髪をつかんで引っぱり、三匹目がフルートにまたかみついてきました。大口でフルートの顔面を食いちぎろうとします。フルートは頭を動かすことができません。
すると、フルートの髪をつかんだ怪物が、いきなり火を吹きました。後ろからフルートへ倒れ込み、そのまま燃えて崩れていきます。その背中には矢が突き刺さっていました。
怪物たちが炎の光にたじろいだので、フルートは握っていた剣を突き出しました。切っ先が正面のグールの腹に突き刺さり、また怪物が燃え上がります。激しい炎がフルートの髪や顔を焦がし、金の石がそれを癒します――。
「フルート! 他の奴らが逃げるぞ!」
とゼンがどなって、また矢を放ちました。怪物の背中を狙ったのですが、今度は狙いがはずれました。生き残った二匹が闇の中に逃げ去ろうとします。
すると、フルートたちの背後から声がしました。
「逃がしてはなりません! 勇者殿、金の石をお使いください!」
いつの間にかユギルがそこに立っていました。怪物が燃える炎に銀髪を赤く染めながら、遠ざかるグールを指さしています。
フルートはすぐさま胸のペンダントへ呼びかけました。
「金の石――!」
とたんに魔石が強く輝き、逃げるグールを聖なる光で照らしました。グールはその場に倒れると、たちまち溶けて消えてしまいました。痕には何も残りません。
フルートとゼンは銀髪の占者を振り向きました。
「ユギルさん、今のは……?」
「敵の差し向けた手駒(てごま)です。テトの女王がロムドから戻るのを警戒して、ミコン山脈のあちこちにばらまいているようでございます。あのまま逃がせば、我々の動きを敵に知られるところでした」
「あちこちに、って……」
フルートは驚きました。
「ミコン山脈は大山脈ですよ。例えロムド国とテトの間だけを警戒するにしたって、ものすごい数の怪物が必要になりますよね? それを、グルール・ガウス侯って人がやっているんですか――?」
「左様です。おそらく、竜の秘宝の力を使ったのでございましょう」
とユギルが答えます。
フルートとゼンが絶句していると、野営地の方向からポポロが姿を現しました。フルートを見つけて駆け寄ってきます。
「ああ、良かった――! 出かけていく様子が変だったから透視していたら、フルートが怪物に襲われて火に包まれたのが見えたのよ! 大丈夫だった!?」
「だ、大丈夫だよ……」
ポポロにしがみつかれて、フルートはしどろもどろになりました。その顔が赤く染まっているのは、怪物が燃える炎のせいだけではありません。
「皆様方のところへ戻りましょう。守りの金の石が闇の目からわたくしたちを隠してくれます」
とユギルが言ったので、フルートたちは怪物が完全に燃え尽きたのを確かめてから、野営地へ戻っていきました。
「何があった?」
ユギルが戻ると、焚き火のそばにいたオリバンがすぐに尋ねてきました。周囲に聞こえないように、ささやく声になっています。
「敵の送り込んだ闇の怪物でございます。勇者殿がいち早く気づいて倒してくださいましたが、危なく敵に我々の所在を知られるところでございました」
とユギルも低い声で答えました。オリバンはたちまち難しい顔になると、火のそばに戻ってきた少年たちを眺めました。フルートもゼンも、何事もなかったようにまた座り込み、雑談に加わっています。ただ、ポポロだけはフルートの隣にぴたりと寄り添い、そこから離れようとしませんでした。
「油断ならんな……。ガウス侯は女王の命を狙っているし、その女王を守ろうとして、フルートは自分から危険に飛び込んでいく。ユギルの占い通り、フルートがガウス侯の手の中に落ちる可能性は高い」
とオリバンが言うと、ユギルはうなずきました。
「今はまだ、敵は我々の所在をつかめずにおりますが、テト国に近づくほど、我々の居場所は知られやすくなってまいります。周囲への警戒を怠ることはできません」
たった今、グールと戦闘を繰り広げてきたばかりだというのに、フルートもゼンも、いつもと変わらない様子で仲間たちと話していました。誰かが言った冗談に声を上げて笑い、自分たちも楽しそうにしゃべります。
その様子にテトの女王がまた深い溜息をつきました。どうしようもない、と言いたそうに首を振ります。
無邪気に話しているように見える少年たちが、自分を敵から守ってくれたのだということに、女王はまだ気づいていませんでした――。