その日一日、一行はミコン山脈を馬で進み続けました。
目の前の切り立った斜面を迂回して山に入り、尾根筋を通って一つ目の山を越え、ふたつ目の山を登り始めたところで、夕方になります。ゼンは野宿に良さそうな場所を森の中に見つけると、馬から下りて言いました。
「よし、今夜はここに泊まろうぜ。フルート、テントを張っててくれ。メールとポポロは水汲みだ。俺はポチやルルと晩飯のおかずを捕まえに行ってくらぁ」
と犬たちを連れて、あっという間に森の奥へ姿を消してしまいます。少女たちは荷袋から折りたたみの水筒を取り出すと、川を探して斜面を下り始めました。オリバンが護衛についていきます。フルートは立木の間にロープを張り渡すと、そこに防水布を掛けて斜めの屋根を作りました。さらに、枯れ草を集めて、屋根の下の地面に置きます。
「私もやろう、フルート」
とセシルが途中から作業を手伝ってくれました。地面から邪魔なものを取り除いて枯れ草を敷き詰め、さらに、馬に積んできた厚手の絨毯を上に敷いて床にします。そうしながら、二人はあれこれ話をしました。ロムド城にいるキースやアリアン、グーリーやゾとヨのこと、メイのナージャの森に今も駐屯している女騎士団のこと、フルートたちが行ったユラサイや闇の国のこと……話はまったく尽きません。
一方、テトの女王は手近な岩に腰を下ろすと、黙ってフルートとセシルの様子を眺めていました。そこへユギルが近寄って話しかけます。
「何をご覧ですか、女王陛下?」
女王は、ふん、と鼻を鳴らしました。
「楽しそうじゃな、と思うて見ていたのじゃ。まるで山に遊びに来ているようじゃ。だが、それも当然と言えば当然のことじゃな。彼らにとって、テトは外国だから、その国の王室が転覆しようが国が滅びようが、彼らには関係がないのだから」
ユギルはすぐにはそれには答えず、女王と一緒にフルートたちを眺めました。フルートは、作業の邪魔になるので、兜を脱いで地面の上に置いていました。少し癖のある金髪に縁取られた顔は本当に優しげで、十五歳という年齢より、もう少し幼く見えています。
占者の青年は静かに言いました。
「勇者殿たちは、そのような差別はなさいません……。あの方たちは、国にも種族にも縛られない、光の勇者の一行ですから。女王陛下にも、いずれそれがおわかりになります」
ふん、と女王はまた言いました。フルートたちから目をそらすと、今度は深い溜息をつきます。
「そなたたちが言うように彼らを見ることは、わらわにはできぬ。確かに、あの少年は年齢に似合わず非常に強かった。赤毛の少女の魔力も並ならないものじゃ。実力はある子どもたちなのじゃろう……。だが、テトの王位を狙っているグルールは、一筋縄ではいかぬ男なのじゃ。非常に賢く、野心もある。彼が手に入れた竜の秘宝がどのようなものかはわからぬが、きっと、いっそう強敵となっているのに違いない。子どもに太刀打ちできるような相手ではないのじゃ」
「左様でございましょうか」
とユギルはゆったりと反論しました。
「お若くとも、勇者殿は大変賢い方です。しかも、人々を闇から守ろうとする心が非常に強い。女王陛下は、いずれご自分の見解をお改めになることでございましょう」
それを聞いて、女王は皮肉っぽく尋ねました。
「そなたの占いがそう告げているのか、占者殿?」
「いいえ。これは占うまでもないことでございますので」
とユギルは答えました。落ち着き払っているので、なんだかすましているようにも見えます。
女王は声を上げて笑い出しました。ひどく乾いた笑い声に、フルートとセシルが何事かと振り向きます。
そこへゼンと犬たちが帰ってきました。ゼンは両手にウサギを一匹ずつぶら下げています。一方、斜面の下の方からは、オリバンとメールとポポロが戻ってきました。水が入って重くなった水筒はオリバンが担ぎ、少女たちは途中で拾い集めた薪を抱えています。メールがゼンを見て声を上げました。
「もう獲物を捕ってきたのかい!? ずいぶん早いじゃないのさ!」
「ばぁか、当たり前のことを言うな。俺は一流の猟師だぞ」
とゼンが得意そうに言い返しましたが、それが威張っているように聞こえたので、たちまちメールは口を尖らせました。
「あっそ。じゃあ、誉めるのはやめた。一流の猟師をこんなことくらいで誉めたら失礼だもんね」
「あ、こら。へそ曲げねえで、ちゃんと誉めろ! 今日は一本の矢で二匹同時に仕留めたんだぞ!」
「ワン、狙いやすい場所にウサギを追いたてたのは、ぼくとルルですけどね」
「そうよ。自分だけで捕まえたようなこと言わないでほしいわ」
とポチとルルが口をはさんできて、野営地はたちまち賑やかになります。
フルートは笑いながら立ち上がりました。
「さあ、それじゃ火をおこして夕飯の支度に取りかかろう。今夜はご馳走になりそうだね」
穏やかな顔と声の少年は、本当に、強そうにも頼もしそうにも見えません。テトの女王は深い溜息をつくと、また首を振りました――。
秋の日暮れは早く、彼らが夕飯の支度をしている間に、あたりは真っ暗になってしまいました。一同は焚き火を囲んで黒茶を飲み、ゼンが作ったウサギ肉のシチューを食べました。粉をこねて石の上で焼いた丸いパンや、メールが森で見つけた野生のリンゴも一緒に並びます。
「しっかり食っとけよ」
とゼンが口いっぱいに食べ物をほおばりながら言いました。
「山の上に行けば、ろくな食料は見つからなくなる。まともな食事は山越えが終わるまでお預けになるから、食えるときに、しっかり食っておくんだ」
山歩きはゼンの独壇場なので、誰もそれに異論は唱えませんでした。テトの女王でさえ、皆と同じものを食べたり飲んだりしています。王宮の食事とは比べものにならないほど質素な料理ですが、文句一つ言いません。山越えするためには、とにかく食べなくてはならないことを、女王も充分承知していたのです。
ところが、フルートは食事の途中から、急に食べるのをやめてしまいました。少しの間、考えるような様子をしてから、隣の親友をつついて、こう言います。
「ゼン、すっかり暗くなったから、寝る前の見回りに行ってこよう」
「あん? 俺はまだ食い終わってねえぞ。それに、寝るにはまだ間があるだろうが」
とゼンは文句を言いましたが、フルートはそれを無理やり引っぱっていってしまいました。仲間たちの声が聞こえない場所まで連れ出して、鎧の胸当てからペンダントを取り出します。
「見ろよ、ゼン」
おっ、とゼンは驚きました。ペンダントの透かし彫りの真ん中で、金色の魔石が強く弱く光っていたのです。
「闇の敵かよ……!?」
「さっき、石がちりっと熱くなって知らせてくれたんだ。近くにいるんだと思う」
とフルートが言ったとき、森の奥から、がさがさと藪(やぶ)の揺れる音が聞こえてきました。何か生き物が通っていく音です。
フルートとゼンは顔を見合わせると、すぐうなずき合って、音のする方へ向かいました――。