「おっ、戻ってきた戻ってきた!」
「良かった。無事だったわね」
「けっこう時間かかったじゃないのさ!」
フルートたちが白い石の丘の花野に戻ってくると、待っていた仲間たちが、いっせいに彼らを取り囲みました。
「ワン、ポポロの魔法は二、三分しか効かないはずなのに、たっぷり五分はかかってましたね。心配しましたよ」
とポチがほっとしたように言います。
ごめんなさい、とポポロは答えました。
「なかなか信用してもらえなくて、時間がかかっちゃったの……。ここには星の花があるから、あたしの魔法を助けてくれたんだと思うわ」
彼らの足元には、青と白の星のような花が咲き乱れていました。魔の森の泉の畔(ほとり)にも咲いていた、聖なる花です。
フルートは目を丸くしているテトの女王へ話しかけました。
「女王様、ここはロムドの南端に近い、白い石の丘です。ここからだと、湿地帯とミコン山脈を越えれば、すぐテトに出られます」
けれども、女王は見知らぬ花野ではなく、自分を取り囲む少年少女と犬たちを見ていました。一人ずつをまじまじと眺め、やがて声を上げます。
「全員子どもか!? 金の石の勇者たちというのは、皆が子どもであったのか!?」
「犬もいるぜ。ま、やっぱり子どもだけどな」
とゼンが肩をすくめて答えました。ゼンたちドワーフは自分の王を持たないので、王族に敬意を払うということをしません。いつもとまったく同じ口調で話しています。
フルートが改めて言いました。
「ここにいるのがぼくの仲間たちです、女王様。ぼくの隣から、ドワーフの猟師のゼン、海の王の娘のメール、天空の国のもの言う犬のルル、同じくもの言う犬のポチ、天空の国の魔法使いのポポロ――そして、ぼくが金の石の勇者のフルートです。みんなはぼくたちを金の石の勇者の一行と呼びます」
女王はがっくり肩を落とすと、頭痛でもするように額を押さえました。
「まさか……まさか、全員が子どもとは思わなんだ。テトをグルール・ガウスから救ってくれるものと思うたのに……。テトはもう終わりじゃ」
「あれ、ご挨拶だなぁ! あたいたちが子どもだからって馬鹿にしないでおくれよね!」
とメールがたちまち口を尖らせました。こちらも人間の女王にはちっとも敬意を払いません。
「俺たちじゃ信用できねえって言うんなら、手伝わねえぞ。だいたい、俺たちにはテトを助けに行く義理はねえんだからな」
とゼンも不機嫌になったので、フルートが取りなしました。
「気にするなよ、いつものことじゃないか。それに、テトには竜の宝の秘密が隠されているみたいなんだ。どうしたって、行って確かめなくちゃならないよ」
ちっとゼンは舌打ちしました。メールもふくれっ面のまま黙ります。
ポチが遠くにかすむミコン山脈を見ながら言いました。
「ワン、急がなくちゃいけませんね。敵は女王様の動きを警戒して計画を早めている、ってエルフが言ったんだから。ミコン越えをして、テトに行かなくちゃ」
「前回ミコンを越えたのは春先だったわよね。雪がまだたくさんあって大変だったけど、今回はそこまでではなさそうね」
とルルも言います。本当は彼らが風の犬になってフルートたちを運ぶのが一番早いのですが、女王を乗せられない上に、フルートたちの馬まで一緒にいるので、その方法はとれません。
ゼンはまた肩をすくめました。
「ミコンを見ろよ。頂上は白いだろうが。上に行けば、やっぱり雪があるんだよ。場所を選んで越えねえと、また苦労することになるぞ」
「そう、ミコンは標高が高いから万年雪があって、越えるのがとても大変な難所なんだ。例外は、神の都のミコンを通る道だけさ。ミコンの僧侶が魔法で雪をかいて、いつでも麓と行き来できるようにしているからね」
とフルートが言うと、メールがあきれたように言いました。
「ミコンから向こうに下る道って、サータマンの国に出ちゃうじゃないか。サータマンがテトを狙ってるって言うんだから、その道は使えないだろ」
「そうね……。サータマン王に女王様を見つけられたら、大変なことになるわね」
とポポロもうなずきます。
そんなフルートたちを、テトの女王はただ驚いて眺めていました。女王の半分の年月も生きてきていない少年少女たちが、大真面目でミコン越えのルートを相談しているのです。知識といい、判断の正確さといい、まるで小さな大人の会話を聞いているようです。
フルートが、少し考え込んでから言いました。
「ユギルさんに聞いてみよう。ユギルさんなら、一番早く山越えできる道を、占いで教えてくれるよ」
全員が納得したので、一行はユギルやオリバンたちが待つ荒野へ戻っていきました。女王も、とまどいながら、後についていきます。
ユギルはフルートたちの話を聞くと、さっそく地面に置いた占盤にかがみ込んで、行程を占ってくれました。黒い石の表に象徴を読み取ってから、ミコン山脈に向かって指を伸ばします。
「あちらでございますね、勇者殿。あの高く並ぶ二つの峰の間を通って、テトへ直接下りられるのが良い、と占盤が言っております……。女王陛下がロムドへ来られるのに使った道は使えません。ガウス侯が魔法使いに命じて崖崩れを起こした上に、女王陛下がまたそこを通って戻ってくるだろうと予想して、待ち伏せをしております。そちらの道を行けば、皆様方はガウス侯に捕まってしまわれるでしょう」
「あの山と山の間だな――」
とゼンが山脈を眺め、尾根筋(おねすじ)を目でたどってから、よし! と言いました。ドワーフのゼンは驚異的な方向感覚を持っているので、それだけで山越えのルートを頭にたたき込んでしまったのです。
フルートがユギルに尋ねました。
「女王様のお供の人たちは、女王様がいるふりをしてテトに戻ることになっています。途中で敵が待ち伏せているのでは、襲われてしまうんじゃないでしょうか?」
フルートは、自分たちではなく、女王の家来たちの心配をしていました。ユギルがまた占盤をのぞき込みます。
「左様ですね……。彼らは侍女の一人を女王に仕立ててロムド城を出発されます。ですが、彼らには陛下が護衛の魔法使いをお付けになるようです。四大魔法使いではございませんが、かなり力のある魔法使いですので、ふさがれた道を開通させ、敵の襲撃も防ぐだろう、と出ております。そちらについては、ご心配になる必要はなさそうです」
それを聞いて、フルートが安心した顔になります。
すると、ポチが首をかしげてオリバンとセシルを見上げました。
「ワン、どうしたんですか、二人とも? さっきから、ものすごくフルートを心配しているみたいだけど」
人の感情をかぎわける小犬は、彼らから非常に強い心配と不安の匂いをかぎ取っていたのです。感情の匂いはフルートのほうへ向けられていました。
セシルは、ぎくりとした表情になりましたが、オリバンがすぐに答えました。
「当然だ。またフルートがどんな無茶をするのかと思うと、我々も気が気ではない。しかも、竜の宝とやらが絡んでいるのだからな」
へっ、とゼンが笑いました。
「そりゃ言えてる。こいつはいつも自分のことを犠牲にして、他のヤツを助けようとするからな」
「だから、もうそんなことはしないって――!」
とフルートが赤くなって反論しようとすると、ユギルが静かに言いました。
「いいえ、今回の相手は、確かになかなか強敵のようでございます……。わたくしたちも勇者殿にご同行したほうが良い、と占盤は言っております」
え? とフルートたちは驚きました。ユギルが言ったことばを頭の中で繰り返して、たちまち声を上げます。
「じゃ、ユギルさんも一緒に来てくれるのか!?」
「ホントかい!? ホントにあたいたちと!?」
「ワン、ロムド城の一番占者なのに!?」
とたんに、オリバンが、馬鹿者! とどなりました。
「ユギルが、わたくしたち、と言ったのが聞こえなかったのか! 私とセシルも一緒に行くのだ!」
一行はますますびっくりしました。フルートがあわてて言います。
「そんな……皇太子と一番占者が城を離れたりして大丈夫なの? しかもセシルまで……」
「大丈夫だ。私とユギルは城に代役を立ててきた」
「代役?」
「キースとアリアンだ。あの二人が私たちに化けて、皇太子と一番占者の代理を務めている」
「私も病気で部屋に引きこもっていることにしてきたから、心配はない」
とセシルも答えました。小犬に動揺をかぎ取られないように、できるだけ平静さを装います。
でも……とフルートがなおも渋っていると、テトの女王が嬉しそうに口をはさんできました。
「あなたたちも同行してくれると言われるのか、皇太子殿下、一番占者殿! まことに心強いことじゃ。ありがたい!」
女王はやっぱりフルートたちをあてにしていません。メールがまた口を尖らせ、ゼンは肩をすくめ、ルルは、ふんとそっぽを向きます。
ポチがフルートに言いました。
「ワン、お城のほうが大丈夫なら、オリバンたちに来てもらったほうがいいですよ。下手をすると、ガウス侯の軍勢を相手にするようになるかもしれないんだもの。戦力は多いほうがいい」
「ぼくたちは戦争をしに行くわけじゃないよ」
とフルートは言いましたが、途中のミコン越えを考えても、ユギルたちが一緒のほうが安心なのは間違いありませんでした。しかも、自分たちは女王も安全にテトまで連れていかなくてはならないのです。
ついにフルートは決心しました。
「それじゃ、ぼくたちと一緒に来てください、ユギルさん、オリバン、セシル――よろしくお願いします」
礼儀正しく言うフルートに、ユギルが一礼を返しました。
「承知いたしました、勇者殿。できる限り、皆様方の支援をさせていただきます」
フルートたちが、これからの行程についてユギルと打ち合わせを始めると、セシルが、隣に立つオリバンへ、そっとささやきました。
「ユギル殿の占いで出てきたことを、何故フルートに教えないんだ? 彼の命に関わるようなことが起きるかもしれないというのに」
「あなたはあいつの性格をまだ良く知らないのだ、セシル」
とオリバンは憮然として答えました。
「自分に危険なことが起きるとわかれば、あいつは間違いなく我々から離れていく。我々を危険に巻き込むまいとしてな。そういう奴なのだ」
「だが、ユギル殿はフルートがテトで命を落とすだろうと言っているのだぞ。フルートを止めなくては」
セシルの声が大きくなったので、しっ、とオリバンは言い、フルートたちがユギルとの話に熱中しているのを確かめてから、低い声でまた話しました。
「あいつは止めて思いとどまるような奴ではない。逆に、あいつを単独行動に走らせるだけなのだ。それではあいつを守ることができん……。ユギルは、フルートに降りかかる運命を、なんとしても阻止すると言っている。我々もそのために彼らに同行するのだ」
「それはわかっている」
とセシルは言って、またフルートを眺めました。
優しい顔をした勇者の少年は、自分を襲う運命などつゆ知らず、異国の人々を救うために、熱心に占者と話し続けていました――。