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第16巻「賢者たちの戦い」

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第6章 同行

19.迎え

 ロムド城の中の客室で、テトの女王はいらいらと待ち続けていました。

 そこは身分高い賓客(ひんきゃく)専用の部屋だったので、造りも調度品も立派ならば、飾ってある美術品も一流なのですが、女王はそんなものには目もくれません。大きなソファに腰を下ろし、肘置きにもたれながら、しきりに水パイプをふかしています。

 水パイプとは、特殊な配合をした煙草を燃やし、その煙を一度水に通してから吸い込む、グル教の国々独特の道具でした。女王の家来が、貢ぎ物と一緒に担いできたものです。甘い香りの煙には鎮静作用があるのですが、女王にはあまり効果がないようでした。同じ部屋に控える侍女や家臣たちをどなりつけています。

「ロムド王からは、まだ何も連絡が来ぬのか!? テトからの知らせは!? わらわが国を出発したあと、三日おきに国の様子を知らせるよう申し渡したはずなのに、何故、城から伝令がやって来ぬのじゃ!?」

「陛下、どうぞ気をお鎮めください」

 と家臣のモッラが懸命に女王をなだめていました。

「テトからミコン山脈を越えてロムドへ至る道は、崖崩れによってふさがれております。伝令はあれを越えられずに難儀しているのでございましょう」

「わらわたちはあそこを越えてきた」

 女王はぴしゃりと答えました。

「女のわらわに越えられたものを、伝令が越えてこられぬはずはない。よしんばあの道が完全に通れなくなったのだとしても、テトの伝令であれば、他の道を見つけて報告にやって来るはずじゃ。何者かが、わらわへの知らせを妨害しておるに違いない」

「そのようなことはございません。陛下のお留守は、大臣のサキン様が守っておいでですし、国内の諸侯も大変落ちついております。東方の国々にも、最近は不穏な動きが見られません。陛下のご心配のしすぎと……」

 女王は、ちっと心の中で舌打ちしました。テトの情勢は、家臣が言うほど安泰したものではありません。国内で従兄弟のガウス侯が謀反を企み、そこに西方のサータマン国王が荷担しているのです。

 けれども、女王はそれを口に出すわけにはいきませんでした。彼女が国から連れてきた家臣の中には、ガウス侯に近い立場の者が何人もいます。ガウス侯の叛意(はんい)を知らせれば、まずその家臣たちが動揺して、大混乱になってしまうのです。

 金の石の勇者たちはまだ城に到着せぬのか、と女王は心の中でつぶやきました。この台詞も、もう何万回繰り返したかわかりません。ロムドの皇太子や占者が金の石の勇者を呼びに出発してから、もう五日がたつのに、ロムド王からも連絡はまったくないのです――。

 

 そのとき、部屋にいた三人の侍女たちが、突然飛び上がって大きな悲鳴を上げました。部屋の片隅を指さして、真っ青になっています。

 驚いてそちらを見た女王や家臣も、ぎょっと顔色を変えました。誰もいなかった場所に、二人の人物が現れていました。金の鎧兜に緑のマントをまとった戦士と、赤いお下げ髪の少女です。戦士が剣を背負っているのを見て、家臣のモッラが叫びました。

「敵だ! 陛下をお守りしろ!」

 言いながら、まず自分が女王の前に飛び出して守ろうとします。隣の部屋からは女王の衛兵が数人飛び込んできました。突然現れた人物を取り囲んで、剣を突きつけます。

 すると、戦士のほうは剣を抜くこともなく、こう言いました。

「ぼくたちは敵ではありません。テト国のアキリー女王というのはどの方ですか? ぼくたちは――」

 意外なほど若い男の声でした。よく見れば、兜からのぞいているのは、少女のように優しい少年の顔です。

 けれども、衛兵たちは、自分たちの女王を名指しされたことで、いっそう警戒しました。刺客が襲ってきたのだと思い込んで切りかかっていきます。

 きゃぁ、と悲鳴を上げた少女を、鎧の少年は背後にかばい、両手を広げて言いました。

「ぼくたちは敵じゃないです! ぼくたちは――!」

 衛兵がまた切りかかってきました。少年の話をまったく聞こうとしません。剣が頭上に振り下ろされてきたので、少年は片腕を上げました。剣が金の籠手に命中して、真っ二つに折れてしまいます。

 おっ、と一瞬たじろいだ衛兵の中から、槍を持った兵士が突進してきました。鎧の隙間を狙って、鋭い穂先を突き出します。少年は身をひるがえし、少女を抱きかかえるような恰好になりました。その鎧の背に槍が当たって弾き返され、少女がまた大きな悲鳴を上げます。

 

 すると、少年が振り向きました。優しい顔が別人のように厳しい表情に変わっていたので、衛兵も女王たちも驚きました。青い瞳を鋭く光らせながら、少年が叫びます。

「ぼくたちは敵じゃないと言ってるのがわからないのか!!」

 少年の剣が目にも止まらぬ早さで引き抜かれ、槍の先を一刀で切り落としました。さらに他の衛兵たちにも切りかかり、受け止めた衛兵の剣を残らずたたきおとします。

 仰天する兵士たちに、少年はさらに飛びかかっていきました。素早く剣を収め、今度は拳と脚を衛兵たちに繰り出します。衛兵たちは殴られ、回し蹴りを食らって吹き飛びました。固い鎧の一撃を受けたので、すぐには立ち上がることができません。

 家臣のモッラは真っ青になっていました。少年はとても小柄で華奢ですが、見た目通りの人間ではないのだと察したのです。それでも逃げずに踏みとどまり、女王に向かって叫びます。

「お逃げください、陛下! 早く――!」

 ところが、女王は逃げる代わりに、床の上の水パイプをつかみました。飾りのついた筒の部分を握り、水の入った陶器の瓶を振り上げて言います。

「わらわに何用じゃ、無礼な若造! わらわの命をよこせと言うのであれば、それは聞けぬぞ!」

 とたんに、少年は構えを解きました。とても困った表情になって言います。

「ただ話を聞いてもらいたいだけです。何もしません。ぼくは金の石の勇者のフルート。オリバンたちに呼ばれて、女王様の手助けに来ました」

 女王は、ぽかんとしました。あまり驚いたので、振り上げた水パイプを下ろすのも忘れてしまったほどです。

「金の石の勇者じゃと? ――おまえが?」

 フルートは今度は苦笑しました。初対面の相手がこう言うのはいつものことなので、かまわず、すぐに言い続けます。

「女王様、ぼくたちと一緒に来てください。女王様が早く国に戻らないと大変なことになる、と賢者のエルフが言っています。ぼくたちとならば、ずっと早くテトに戻れるんです」

 なに、と女王はまた言いました。今度は考える顔になってフルートを見つめます。

「そなた、テトの様子を知っておるのか? テトは今、いったい――」

 

 すると、そこへ二人の新たな人物が現れました。白と青の長衣を着た男女で、手には杖を持っています。四大魔法使いの女神官と武僧でした。フルートたちに向かって声を上げます。

「勇者殿! ポポロ様!」

「驚きましたな! いつの間にこの城へ――!?」

 フルートは、にこりとしました。白の魔法使いと青の魔法使いの二人に逢うのは、神の都ミコンで別れて以来のことです。懐かしさに駆け寄りたい気持ちを抑えて、こう言います。

「オリバンやユギルさんに言われて、テトの女王を迎えに来ました。ポポロの魔法を二回分一度に使って、ここまで飛んできているので、すぐに戻らなくちゃならないんです。女王様にぼくたちの身元を保証してもらえませんか?」

「その必要はない」

 と女王は言って水パイプを下ろしました。家臣のモッラを押しのけて、前に出てきます。

「魔法使いたちの態度で、そなたの言っていることは本当と知れた。テトで何事か起きているのじゃな。すぐにわらわを連れてまいれ。モッラ、後は任せたぞ。わらわがいるふりをして、テトへ戻るのじゃ」

「そ、そんな、陛下――!!」

 モッラは仰天して女王を引き止めようとしましたが、それより早く、女王はフルートたちの前へやってきました。頭一つ分も身長が違うフルートを見下ろして言います。

「金の石の勇者というのは、ずいぶんとかわいらしいものだったのじゃな。だが、そなたの実力は見せてもろうた。さあ、参ろうぞ」

 モッラだけでなく、衛兵たちまでが女王に飛びついて引き止めようとしました。彼らの女王が、どこの馬の骨ともしれない少年たちと去っていこうとしているのです。止めないわけにはいきません。

 すると、青の魔法使いがこぶだらけの杖で、どん、と床を打ちました。たちまちモッラと衛兵の動きが止まります。

「お気をつけて、勇者殿、女王陛下。ガウス侯は闇の力を手にしているようでございます。くれぐれもご注意を」

 と白の魔法使いが頭を下げると、青の魔法使いも言いました。

「闇の竜を倒した暁には、皆様方と一緒に大宴会を開きましょう。勇者殿たちにはうまい酒の飲み方を教えてさしあげますぞ」

 と陽気に笑います。フルートも思わず笑ってしまいました。

「ぼくたちはまだ子どもです。お酒は飲めませんよ」

 

「フルート、もうすぐあたしの魔法が切れるわ……」

 とポポロがフルートのマントを引いて言いました。その後ろに淡い緑色の光が渦を巻いていました。そこから別空間を通って、白い石の丘のある荒野へ戻ろうというのです。

 フルートは籠手をはめた手を差し出しました。女王がためらうことなくそこに自分の手を載せます。

「それじゃ――」

 とフルートが言ったとたん、彼らの姿は緑の光に包まれました。光が渦巻き、やがて薄れて消えていきます。フルートもポポロもテトの女王も、光と共に去っていました。

「やれやれ、行ってしまいましたな」

 と青の魔法使いが言いました。ひげだらけの強面(こわもて)が、残念そうな表情を浮かべています。白の魔法使いは、めった見せない優しい笑顔で、光の消えた場所を見ていました。

「闇の竜を倒したら大宴会か……本当にその日が来てほしいものだ」

 しみじみと言う白の魔法使いに、青の魔法使いが、にやりと笑いかけました。

「来ますとも。なにしろ、デビルドラゴンを倒したら、あなたは私の妻になってくれるのですからな。勇者殿たちを招いて、盛大に結婚披露宴を開きましょう」

 女神官は、普段の厳しい表情も忘れて真っ赤になりました。フーガン! とどなります。

 その声に女王の家臣のモッラや衛兵たちが動き出しました。青の魔法使いがかけた停止の魔法が、解け始めたようでした――。

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