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第16巻「賢者たちの戦い」

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17.荷物

 ひとしきり賑やかに再会を喜び合った後、フルートたちは自分の馬とも再会して大喜びしました。

「コリン! 元気だったね!」

「よう、黒星。ますます毛づやが良くなったじゃねえか」

「ゴマザメ、ロムド城でもいい子でいたかい?」

「クレラ、また逢えて嬉しいわ」

 それぞれ自分の馬に話しかけて首を抱いてやります。彼らが馬と別れたのは、一角獣伝説の戦いが終わるときでした。その先の旅に馬は連れて行けなくて、後に残るオリバンに預けていったのです。約四カ月ぶりの再会でしたが、馬たちの方でも主人を覚えていて、嬉しそうに頭をすり寄せてきました。

 すると、ユギルが言いました。

「皆様方の馬には、ロムド城からの荷物も積んでまいりました。食料品や、これからの旅に必要になる道具です。ご確認ください」

 そこで、少年少女たちは自分の馬の荷物を確かめてみました。食料品は、パンや干し肉、乾燥野菜や干した果物、調味料などの他に、ワインと水の水筒、茶、薬草、保存のきく焼き菓子などがありました。軽くて暖かい毛布と厚地の小さな絨毯も、丸めて鞍の後ろにくくりつけてあります。

「これから季節は秋を過ぎて冬に向かいます。寒さへの対策は必須でございますから、皆様方の防寒着もお持ちしてあります」

 とユギルに言われて、一同はまた別の荷袋を開け、そこからマントやコートを取り出しました。とたんに、ポポロが歓声を上げます。

「お母さんのコートだわ……!」

 ポポロが天空の国の家を旅立ってくるときに、ポポロの母親が娘のために一針一針縫ってくれたコートでした。色は灰色で地味ですが、丁寧に仕立てられていて、とても暖かそうです。メイ国のナージャの森で馬と別れたときに、持ちきれない荷物は馬の背中に残していったのですが、それがまたポポロの手元に戻ってきたのでした。

「あはっ、あたいのコートとブーツもあるよ!」

 とメールが長い毛皮のコートと、毛皮の裏打ちをした革のブーツを取り出しました。これも、自分の馬の背に残していったものです。

 

「ありゃ? なんだよ、これ!」

 と頓狂(とんきょう)な声を出したのはゼンでした。マントの荷袋の底から、丸いものを取り出します。金属でできた、直径四十センチほどの円盤でした。盾のようにも見えますが、裏にも表にも手に持って構える部分がありません。ただ、中央に小さなつまみのようなものがついていました。

「そのつまみをお引きください」

 とユギルに言われて、ゼンがその通りにすると、ガシャンと音を立てて、円盤の周囲に縁が立ち上がりました。あっという間に円形の器に変わってしまいます。ぶら下げられるように、太い針金の持ち手がついているのを見て、ゼンはまた声を上げました。

「これ、鍋かよ! 折りたたみの!? すげえな!」

「これはジタン山脈に移り住んだドワーフとノームたちから、ロムド城に届けられた品です」

 とユギルがほほえみながら言いました。

「彼らは魔金の鉱脈があるニール・リー山に定住しましたが、話し合いの結果、皆様方の旅に役立つ道具をまず作ることになさったのです。その鍋はドワーフとノームが、それぞれの技術を出し合って作った、初めての合作だそうです。それから、そちらの料理用ナイフは、ノームのラトム殿からゼン殿への贈り物でございます」

 へぇっ、とゼンは言って、ナイフを鞘(さや)から出してかざしました。銀の刃が日差しに鋭く輝きます。

「あのラトムが丹誠込めて研ぎ上げたナイフだ。きっと切れ味は抜群だぞ」

 とオリバンが言い添えました。ラトムは、赤いドワーフの戦いのときにフルートたちと一緒に旅をしたノームで、腕の良い研ぎ師(とぎし)だったのです。

 ゼンはすっかり上機嫌になって言いました。

「マジでありがたいぜ。最近みんなよく食うようになってよ、今までの鍋じゃ小さくてもの足りなくなっていたんだ。この鍋なら、みんなが腹一杯になるくらい作れらぁ――てか、さっそく何か作ってやるぜ。もうすぐ昼だし、この鍋やナイフを使ってみたいからな」

 と、馬の背から食料や水を下ろし、枯れ枝や枯れ草を集めて火をおこし始めます。猟師のゼンは野外料理の達人なので、動きはてきぱきとしていて、無駄がありません。

 

 フルートは自分の馬の荷袋からマントを取りだしていました。全体が緑色で、赤い石のブローチがついています。とても上等な品なので、フルートはとまどってしまいました。

「新しいマントはありがたいんですが、ぼくにはもったいないと思います……。ぼくは炎の剣で戦っているから、どうしても戦いの中ですぐにマントを燃やしてしまうんです。それに、ぼくの鎧は暑さ寒さを防ぐから、マントで寒さをしのぐ必要はないし……」

 すると、ユギルが言いました。

「それは勇者殿のためではなく、勇者殿が守る方のためのマントです。火を防ぐ魔法が織り込まれていて、通常の火では燃えることがありません。勇者殿が戦いの中で、誰かを炎から守りたいと思うときに、きっと役立つことでございましょう」

 とたんに、フルートは、ぱっと顔を赤らめました。特定の誰かを連想したのです。そんな少年の表情を見ながら、ユギルは穏やかに続けました。

「城にはこのようなマントが何枚もございましたが、この色が一番勇者殿のお気に召す、と占いに出ました。緑と赤は、勇者殿には大切な色なのでございますね」

 そう言われて、勇者の少年は、ますます真っ赤になりました。その会話を近くで聞くともなく聞いていたセシルは、ははぁ、とうなずきました。そこから少し離れたところでは、緑の瞳に赤いお下げ髪のポポロが、メールと何かを話しています――。

 

「黒茶を淹れたぜ。料理もすぐに作ってやるから、みんな座って飲んでろよ」

 とゼンが呼びかけたので、一同は焚き火の周りの地面に座り込みました。ゼンが配った茶のカップを手に、いよいよ話を始めます。

「我々がここに来たのは、おまえたちに知らせたいことがあったからだ」

 とオリバンが切り出しました。

「ロムド城に、テト国のアキリー女王が訪れたのだ。表向きは親善訪問だが、実際には女王が見た夢を父上やユギルに解いてもらうことが目的だった」

 夢? とフルートたちは驚きました。

「テト国ってのはどこにあるんだよ?」

 とゼンが刻んだ材料を鍋に入れながら、もっと基本的な質問をします。

「テトは、このロムドからミコン山脈を隔てた南側の国だ――。あそこに見える山脈の裏側にある。女王は山越えをして、さらに湿地帯と荒野を渡って、王都までやってきたのだ」

「ワン、それってものすごく大変な道のりじゃないですか。本当に女王様が自分で来たんですか?」

 とポチが言いました。博識な小犬は、ロムドの南部の地形をよく知っていたのです。

「そうだ。ということは、夢がそれだけ重大な意味を持っていた、ということだ。テトの女王には予知の夢を見る能力があるらしい。女王の従兄弟が王位簒奪を企んでいることを夢に見たのだが、その中で従兄弟が、自分は竜の秘宝を手に入れた、テトは世界に進出できる、と言ったというのだ」

「竜の秘宝!?」

 とフルートたちはいっせいに反応しました。オリバンへ身を乗り出して言います。

「それって何のことを言っているんですか!?」

「ワン、秘宝って言うからには、隠された宝のことですよね!」

「おい、ひょっとしてそれって――!」

 オリバンはうなずき返しました。

「その場にいたゾとヨがすぐに気がついて、キースに知らせてくれた。おまえたちは、デビルドラゴンを倒すために、竜の宝というものを探しているのだろう? そこで、女王が見た夢が関係しているのかどうか、ユギルに占ってもらったのだ」

 勇者の一行は、今度は銀髪の占者に注目しました。青年がいっそう厳かな声になって答えます。

「女王の夢の通り、女王の従兄弟のガウス侯は謀反を企んでおりました。その背後から密かに協力しているのは、テトの西隣のサータマンの国王です。ですが、ガウス侯はその手の中に大きな力を持っていました。候の象徴は白い竜なので、あたかも竜が宝を握っているように見えます。その宝は、濃い闇の色に染まっていたのでございます」

 フルートたちは思わず息を呑みました。闇の力を持つ竜の宝となれば、間違いなく彼らが探しているもののように思えます。

 

「そのガウス侯という人は、テト国にいるんだな……? まず女王を倒して、テトを自分のものにしようとしているのか」

 とフルートが考えながら言うと、ポチも言いました。

「ワン、テトは世界進出のための足がかりなんですね。となると、次に狙われるのは隣接している国ですよ。裏でサータマンが協力しているとなると、このロムドもきっと危ない」

「私もそう思う。だから、私とセシルとユギルが、おまえたちを呼びに来たのだ。ロムド城で待つテトの女王と会見しろ、フルート。おまえたちの次の訪問地は、おそらくテトだ」

 とオリバンが言ったので、フルートはうなずきました。

「ぼくは、ロムド城や城のあるディーラには二度と行かないつもりでいました。たくさんの闇の怪物が僕を狙って捜しているから、そいつらが城や都の人を襲っては大変だと思ったから。だけど、そういうことならば、話は別です。ロムド城に行って、テトの女王に会いましょう」

「ってことは、あたいたちがまず行くのはロムド城、それからテトってことだね!」

 とメールが言いました。ようやく動き出すことができるというので、瞳をきらきらさせています。

「でも、竜の宝っていうのは、どんなものなのかしら……? 女王の従兄弟はどうやってそれを手に入れたのかしら?」

 とポポロは考え込んでいました。ルルがそれに答えます。

「実際に行って確かめればいいのよ。デビルドラゴンが自分の力を分け与えたってものなんだから、きっと相当の闇よ。気をつけなくちゃね」

「よし、それじゃさっそく出発だ。オリバンたちとロムド城へ行くぞ」

 とフルートが言い、仲間たちは腰を浮かしました。立ち上がり、自分たちの馬へ駆け出そうとしたのです。

 

 とたんに、ゼンがしゃもじで火の上の鍋をカンカンとたたきました。

「こら、おまえら。飯も食わねえで出発するつもりか? まずは食え、だぞ。もうできあがったから、まずは昼飯にしようぜ」

 フルートたちは、わっとゼンに集まりました。湯気を立てる鍋をのぞき込んで歓声を上げます。

「おいしそうっ!」

「ああ、いい匂いだ」

「ワン、久しぶりのゼンの料理ですね!」

「ちゃんと肉は入っているんでしょうね?」

 小さな大人のような顔つきから、急に年相応の表情に変わってはしゃぎ出した勇者の一行を、ユギルとオリバンとセシルは、苦笑して眺めてしまいました――。

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