「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第16巻「賢者たちの戦い」

前のページ

16.再会

 ユギルの隣に舞い上がってきたのは、風の犬のポチに乗ったフルートでした。金の鎧兜を身にまとい、左腕に盾をつけ、黒い柄の大剣を握っています。

 オリバンとセシルの頭上で旋回しているのは、風の犬のルルでした。その背中から、青い胸当てをつけたゼンが身を乗り出して矢を放つのが見えます。

 ゼンの矢が怪物に命中すると、火が吹き出して、たちまち怪物を包み込みました。一つ目の黒い怪物が悲鳴を上げながら燃えていきます。フルートは後ろから迫っていた怪物へ、振り向きざまに切りつけました。剣が体をかすると、そこから炎が吹き上がり、怪物が火柱に変わります。

「おまえたち――」

 と言ったきり、オリバンはその先を続けることができませんでした。彼らが苦戦していた怪物を、少年たちは次々に倒していきます。

 

 すると、彼らの背後から、また別の声が聞こえてきました。

「やだね。ものすごい数じゃないのさ。あれが全部闇の怪物のわけ?」

 ぴんと張った弓弦のような少女の声です。か細い少女の声がそれに応えます。

「地面の中を進むことができる怪物よ……。地面にまた潜ったら大変だわ」

 いつの間にかそこには大きな鳥が浮いていました。全身が花でできた鳥です。花びらが重なった背中の上に、緑の髪と赤いお下げ髪の、二人の少女が乗っています。メールとポポロでした。

「確かに、地面から襲ってきたら面倒だよね。潜れないようにするか」

 とメールが手を振ると、鳥の体から花が離れて地上に降ってきました。群がる怪物に飛んでいって、黒い体にびっしりと取りつきます。その花の茎元から緑の蔓(つる)が伸びて花の網を作り、怪物を動けないようにします。

「ワン、あれは全部闇の怪物ですよ、フルート」

 と風の犬のポチが言いました。ルルもその隣に舞い下りてきて言います。

「セシルが怪我をしてるわよ、フルート。かなり痛そうだわ。急がないと」

「わかった」

 とフルートは言うと、左手で首にかかった鎖を引っぱりました。金の透かし彫りのペンダントが、胸当ての中から出てきます。その中央では、小さな金色の石が光っています。

「金の石――」

 とフルートが呼びかけたとき、一匹の怪物が花の網を引きちぎりました。うなりを上げながら、すぐ近くにいたフルートに飛びかかってきます。

「邪魔すんな!」

 とゼンは言って、炎の呪符を巻き付けた矢を放ちました。射抜かれた怪物が、また火を吹いて倒れます。

 フルートはペンダントへ呼びかけ続けました。

「金の石、光れ! 闇の怪物を一気に倒すんだ!」

 

 すると、ペンダントの真ん中で魔石が強く輝き出しました。澄んだ金色の光であたりを照らします。

 とたんに、花の網で抑え込まれた怪物たちが大騒ぎを始めました。光に照らされた体が、火にあぶられた蝋燭のように溶けていきます。花の網を引きちぎって脱出しようとしますが、花の蔓がすぐにまた伸びて絡み合うので、抜け出すことができません。地中に潜ろうとする怪物もいましたが、地面も一面蔓でおおわれているので、爪が地面に届きません。そうするうちに怪物の体はさらに溶け、崩れて小さくなっていきます――。

 やがて、怪物が一匹残らず消滅すると、魔石は光を収めました。ペンダントの真ん中で、穏やかな金色に光るだけになります。

「ありがとう、金の石」

 とフルートは言って、ペンダントを胸当ての中に戻しました。風の犬のルルがオリバンの馬のところまで飛んで、大きな顔を近づけます。

「どう、セシル? 怪我はもう大丈夫?」

「あ……ああ。今の光ですっかり治った」

 とセシルは答えました。脱臼した肩は元通りになって、痛みもまったくなくなっていたのです。

 オリバンは、自分たちの周囲に浮かぶ二匹の風の犬と花鳥を見回し、その背に乗った少年少女たちを見ました。

「おまえたち」

 とまた言いますが、やっぱり続けることばがすぐには思いつきません。

 

 すると、フルートがにっこりして言いました。

「白い石の丘のエルフに言われていたんです。何かが来るから、旅立ちと戦いの支度をして待っていなさい、って。だから、準備をして、ずっとポポロに見張ってもらっていたんです」

「でもよぉ、けっこう待たされたぞ。エルフに言われてから、もう二週間がたつんだぜ」

 とゼンが口を尖らせると、メールも身を乗り出しました。

「そうさ! 退屈で退屈で、待ちくたびれて死にそうだったんだからさ!」

「賢者のエルフには、わたくしたちがやってくることがおわかりだったのですね」

 とユギルが穏やかに言いました。オリバンとセシルはまだ驚きから完全に覚めていませんが、占者だけは当然のことのように勇者の一行を見ています。

「ワン、まさかユギルさんやオリバンやセシルが来るんだとは思ってもいませんでしたけどね。エルフには、何かが始まるから待っていなさい、って言われただけだったから」

「また逢えて嬉しいわよ、オリバン、セシル。相変わらず仲が良さそうじゃないの?」

 とポチとルルも笑うような声で話しかけてきます。

 

 オリバンは自分の馬から飛び下りました。まだ空にいる一行に向かって、両腕を広げます。

「おまえたち!!」

 ひゃっほう! と少年少女と犬たちは歓声を上げました。次々空から舞い下りると、先を争ってオリバンに駆け寄ります。真っ先にその大きな手を握ったのはフルートでした。

「オリバン!」

「ようやく、また逢えたな」

 とオリバンが言います。竜の棲む国の戦いや闇の国の戦いで、オリバンたちは遠い場所から彼らを助けに駆けつけては、また引き離されていたのです。金の籠手(こて)をつけたフルートの手を、しっかりと握り返します。

 少年少女たちはいっせいに笑顔になりました。ゼンがもう一方のオリバンの手をつかんで思いきり上下に振り回したので、強すぎだよ! とメールがゼンを叱り、ポポロが声を上げて笑い出します。犬の姿に戻ったポチとルルも、オリバンの足元に絡まって体をすり寄せます。

 そんな様子を馬上から眺めて、セシルが言いました。

「相変わらず仲が良いな、彼らは」

「勇者殿たちは、セシル様に再会できたことも喜んでいらっしゃいますよ」

 とユギルが穏やかに話しかけます。

 すると、フルートたちが二人を振り向いて手招きました。

「セシル! ユギルさん!」

「何やってんだ! 早くこっち来いよ!」

「ホント、久しぶりだねっ!」

 セシルも思わず笑顔になると、馬の背中から飛び下りて、オリバンや勇者たちの元へ走っていきました。その後ろを、やはり馬から下りたユギルが、ゆっくりと歩いていきます。灰色の管狐は、いつの間にか姿を消していました。

 

 ところが、途中でユギルはふと足を止めると、赤茶色の荒野を振り向きました。

 そちらには、賢者のエルフが住む白い石の丘がありました。フルートたちの目には、丘も麓に広がる花畑も見えているのですが、ユギルやオリバンたちにその景色は見えません。彼らは賢者のエルフに招かれた者ではないのです。

 ただ、ユギルは心の目で、丘のある場所を感じとることができました。聖なる力と静けさが伝わってきます。

「わたくしたちを導き、再会の場を与えてくださったことに感謝いたします、賢者殿」

 ユギルはそうつぶやくと、荒野へ深々と頭を下げました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク