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第16巻「賢者たちの戦い」

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第5章 再会

15.荒野

 金の石の勇者の一行を呼びに出発したオリバンたちは、五日間荒野を駆け続けて、ロムド国の南の外れに近い場所までやってきました。

 そこまでの道のりは無数の丘と小さな山の連続でしたが、最後の丘を越えると景色が開け、平らな地面が行く手に広がります。赤茶色に乾いた大地が、地平線に近い場所で薄緑色から黒い色に変わっています。それを馬の背の上から指さして、ユギルが言いました。

「あちらはもう湿地帯です。勇者殿たちがいらっしゃる白い石の丘までは、もう少しでございます」

「どこにあるんだ? まったく見当たらないが」

 とセシルが尋ねました。ここまでかなりの強行軍でしたが、軍人だった彼女に疲れの色は見えません。

 オリバンが風にマントをはためかせながら言いました。

「白い石の丘は、間近に行っても見つけることができない。丘に住む賢者のエルフが結界で閉じているからだ。たどりつけるのは、真に知恵と知識を求める者で、しかも賢者から招かれた者だけなのだ」

「それで彼らを呼べるのか? 結界の中にいるのでは、見つけようがないだろう」

 とセシルが心配すると、ユギルが答えました。

「丘が隠されている場所はわかります。そこに立って勇者殿たちをお呼びすれば、呼び声はきっと勇者殿たちに届きましょう」

 占者の声は、どこにいても厳かです。

「行こう。早く彼らと合流しなくては」

 とオリバンが言って、また馬を走らせようとします。

 

 ところが、占者は荒れ地に立ち止まったまま、馬を進めようとはしませんでした。じっと行く手を見つめ、やがて、つぶやくように言います。

「いけませんね……やってまいります」

 オリバンはたちまち身構えました。その右の腰には愛用の大剣が、左の腰には闇のものを霧散させる聖なる剣が下がっています。どちらの剣を抜こうか迷いながら尋ねます。

「敵か? 何が来る」

「湿地帯に棲む怪物が、こちらへ向かっているようでございます。占盤を出せないので、はっきりとは見えませんが、闇の気配が感じられます」

「闇の怪物か」

 とオリバンは左の剣を抜きました。セシルも腰のレイピアを抜きましたが、とたんにユギルがまた言いました。

「管狐(くだぎつね)をお呼びください、セシル様。敵は大群です」

「来い!」

 とセシルが言うと、腰の帯に下がった細い笛のような管から、五匹の小さな狐たちが飛び出してきました。乾いた地面の上を飛ぶように駆け回り、一箇所に集まっていったと思うと、見上げるように巨大な灰色狐に変わります。セシルに付き従って彼女を守っている魔獣でした。

「ご用心を。敵が迫っております――」

 とユギルが言ったとたん、管狐が宙高く跳ねました。彼らのすぐ目の前の地面へ飛び下りてきます。すると、その場所から突然黒い触手が現れました。すぐそばにいたセシルへ襲いかかっていきます。

 セシルが思わず馬を退いたのと、管狐が触手に襲いかかったのが同時でした。狐の牙が触手をかみ切ります。すると、地中から悲鳴が上がり、さらに大きなものが、土と石を跳ね飛ばして姿を現しました。黒い人のような形をしていますが、身の丈は二メートルあまりもあり、鼻も口もない顔に金色の目が一つだけ光っています。触手は、その怪物の背中から伸びていました。管狐に食いきられた先が、すぐにまた伸びていきます。

「さがれ、セシル!」

 とオリバンが飛び出して、怪物へ剣をふるいました。またセシルへ伸びていった触手を断ちきり、さらに怪物の首を切り落とします。

 とたんに怪物は倒れ、黒い霧になって消えていきました。確かに闇の怪物だったのです。

 

 ユギルが、連れてきた馬たちを一箇所に集めながら言いました。

「お気をつけください、殿下! セシル様! 敵はまだまだおります――!」

 占者が言い終わらないうちに、また地中から怪物が姿を現しました。一つ目の黒い大男ですが、今度は集団で出てきて、オリバンやセシルに襲いかかります。オリバンが剣を大きくふるうと、リーン、と鈴のような音が響いて消滅しますが、すぐにまた、次の怪物たちが襲いかかってきます。

「ユギルのところまでさがれ!」

 とオリバンはセシルへどなりました。管狐は何度も飛び跳ねて怪物をセシルのそばから追い払っています。

「馬鹿を言うな! 私だって戦えるぞ!」

 とセシルが答えたとたん、ユギルがまた言いました。

「左です、セシル様!」

 セシルが、はっと左を見ると、地中から怪物が飛び出してきました。一つ目を光らせながらセシルに飛びつこうとします。

 セシルはレイピアを怪物の腹に突き刺しました。切っ先が怪物の背中から突き出るほど深く刺したのですが、怪物は平気でした。セシルの両肩を捕まえて、馬の背から引きずり下ろします。彼女の剣には闇の敵を倒す力がなかったのです。

「セシル!」

 オリバンが駆けつけて怪物の背に切りつけました。怪物は霧に変わって、ざぁっと崩れましたが、それと一緒にセシルも地面に落ちました。地面にたたきつけられて動けなくなったところへ、次の怪物がまた襲いかかってきます。

 オリバンは自分も馬から飛び下りると、セシルの前に立って剣をふるいました。リーンと剣がまた鳴り、怪物が消えます。その間に、セシルが起き上がりましたが、地面に打ちつけた左肩を押さえて、顔を歪めていました。大丈夫か!? とオリバンに尋ねられて答えます。

「肩が外れたようだ……左腕が動かない」

 オリバンは歯ぎしりすると、また襲ってきた怪物を切り払いました。ところが、今度は狙いがはずれました。怪物が両手を広げてオリバンにつかみかかり、触手を突き出そうとします。

 すると、管狐が振り向きざま怪物の頭を食いちぎりました。さすがに動けなくなった怪物に、オリバンがとどめを刺します。

 

 そこへユギルが馬と共に駆けつけてきました。

「殿下、セシル様、馬の上へ! 地中からまた出てまいります!」

 オリバンはセシルの体を抱くと、自分の馬の背へ投げ上げ、自分もその後ろに飛び乗りました。激痛に襲われたセシルがうめきましたが、かまわず片腕で彼女を抱き、もう一方の手で手綱を握ってさがります。とたんに、今まで彼らがいた場所から何十本もの触手が針のように突き出し、その一本一本の下から怪物が現れてきました。やはり一つ目の黒い大男です。馬たちにしがみつき、抑え込んで触手を突き立てようとするので、馬たちがいなないて激しく抵抗します。

「きりがないぞ!」

 とオリバンはユギルへどなりました。彼らと馬たちを取り囲む怪物は、いつの間にかもう百匹近い数に増えていました。いくらオリバンが剣で切りつけ、管狐が追い払っても、とても倒しきれません。セシルはオリバンの腕の中で脂汗を流していました。馬が足踏みしただけでも脱臼した肩に激痛が走るので、戦うことができません。

 ユギルが言いました。

「もう少しだけ、お踏み留まりください……。間もなく……ます」

「なんだと!?」

 とオリバンは聞き返しました。馬たちのいななきと蹄(ひづめ)の音で、ユギルの声がよく聞こえなかったのです。

 ユギルがもう一度言いました。

「お待ちください。助けがまいります――いえ――おいでになりました!」

 

 ユギルの声と共に、ごうっと背後から突風が吹いてきました。ユギルの馬に飛びかかろうとしていた怪物が飛ばされて、地面に転がります。また一陣の風が吹きました。今度はセシルの馬にしがみついていた怪物が吹き飛ばされます。

 ところが、同じ風は、オリバンのマントも大きくはためかせました。マントが前へひるがえって、オリバンと怪物との間をさえぎります。

「しまった――!」

 マントに視界を奪われて、オリバンは焦りました。怪物の襲撃が見えなくなってしまったのです。とっさにセシルを抱き寄せて剣を構えます。

 その向こうで、ボウッという音が湧き起こりました。キァァァ、と怪物の声が鋭く響き渡ります。

 オリバンは急いでマントを払いのけ、見えてきた光景に目を見張りました。

 オリバンの馬のすぐ目の前で、一匹の怪物が炎に包まれていました。甲高い悲鳴を上げながら燃え尽きて、人の形の黒い炭になっていきます。

 すると、今度はオリバンの右手で炎が湧き起こりました。馬に飛びつこうとしていた怪物が、いきなり火を吹いて燃え上がったのです。立ち上った火柱を激しい風が揺らしていきます――。

 そこへ頭上から声が降ってきました。

「馬鹿野郎! 人の恰好してるからって、ためらうんじゃねえ! そいつらは闇の怪物だぞ!」

 ちょっとしゃがれた、若い男の声です。別の男の声がそれに応えます。

「わかってるって! ちゃんと倒してるじゃないか!」

 揺れる火柱のちょうど向こう側から聞こえてきます。

「なにがちゃんとだ! 今、迷って空振りしやがっただろうが!」

「迷ったんじゃない! 怪物が素早かったんだよ!」

「るせぇ、ぼんやりするな! 気合い入れてけ!」

 二つの声は、ぽんぽん言い合っています。その間にも、またオリバンたちの周囲で怪物が燃え上がりました。今度は同時に二箇所で火が湧き起こります。

 オリバンとセシルは頭上を見ました。白い霧のような流れが、彼らの真上でぐるぐる旋回していました。そこから矢が飛んできて怪物に突き刺さると、怪物の体が火を吹きます。

 ユギルは自分の馬の横を低く吹きすぎる風を振り向きました。微笑を浮かべて言います。

「おいでくださいましたね」

 すると、風が急上昇して、ユギルの隣へ吹き上がってきました。風は幻のような白い犬の形をしていました。その背中に、金の鎧兜の少年が乗っています。

「間に合いました」

 そう言って、フルートは少女のような顔でほほえみ返しました――。

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