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第16巻「賢者たちの戦い」

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14.皇太子と占者

 テトの女王がロムド王の執務室で密会した翌日、王は女王の一行のために、城へ芸人を呼びました。楽器を演奏する音楽家、音楽に合わせて舞い踊る踊り子たち、犬や小馬に芸をさせる動物使いといった人々です。

 賑やかで楽しい出し物の合間には、ロムド城の宮廷道化のトウガリも登場しました。ずらりと並んで座るテトの家来たちや、そこより一段高い場所で椅子に着いているロムド王やテトの女王へ、大げさな身振りでお辞儀をすると、流れるような口上を始めます。

「秋の日差しが野山を照らすこの美しき季節に、ロムドをご訪問くださったテトの女王とご家来の皆様方に、ますますの繁栄と健康のお恵みがございますように。本日は、女王陛下ご一行様の前で芸をご披露するようにという国王陛下からのご命令。大切なお客さまを前に失敗でもしてしまったらどうしようと、古びて錆の出た私の心臓も、今朝からどきどきと破裂しそうに高鳴ってございます。これ、この通り――」

 と道化が長い両手を広げてみせると、赤と青の派手な衣装の胸元が、急に本当にふくらんだりしぼんだりを始めました。鼓動にしては大きすぎる動きにテトの家来たちが目を丸くしていると、脈動はさらに大きくなり、やがて胸が風船のように大きく大きくふくらみ――突然、ぱぁん、と音を立ててはじけました。うわぁっ!! と道化がひっくり返り、家来たちも驚いて思わず立ち上がります。

 すると、道化は立ち上がり、穴が開いた服の胸元から大きな花束を取り出して進み出ました。手品だったのです。壇上に上がり、椅子に座るテトの女王へ騎士のようにひざまずくと、うやうやしく花を差し出します。女王がそれを受けとると、広間中から拍手が湧き起こりました。テトの家臣たちもすっかり笑顔になります。

 

 道化が壇の下へ戻っていくと、テトの女王は花束を控える侍女に渡し、隣の椅子に座るロムド王へ低い声で尋ねました。

「あなたのご子息と占者は、今朝早く勇者を呼びに旅立つと言ってはおらなんだか? 何故、あんなところで、いつまでものんびりしておるのじゃ」

 広間の、女王の家来とは反対側に、ロムド城の家臣たちが座っていました。同じようにトウガリや芸人たちの芸を眺めているのですが、その中に皇太子のオリバンや占者ユギルの姿もあったのです。とりたてて焦る様子もなく、皆と一緒になって芸を楽しんでいます。オリバンは、城の給仕が飲み物を運んでくると酒のグラスを受け取り、さらに軽食を運んできた女中に、にこやかに笑い返していました。

 テトの女王はロムド王へ言い続けました。

「何か予定に変更でもあったのか? 皇太子の婚約者だけは姿が見えぬようだが、占者が一緒でなければ、勇者たちは連れてこられぬという話だったはずじゃ。いったいどういうことなのじゃ」

 女王はいかにも不満そうでしたが、それでも声を抑えて、他の者には会話を聞かれないようにしていました。広間の真ん中では、トウガリがまた別の芸を披露していました。次々空中に放り上げられる輪の中を、いくつものボールが綺麗にくぐり抜けていくたびに、観客の間から歓声が湧き起こります。オリバンとユギルも笑顔で拍手を送っています。

 ロムド王はそちらへ目を向けたまま、声だけでテトの女王に答えました。

「オリバンたちは予定通り旅立った。今頃は、白い石の丘を目ざして南へ進んでいる最中だろう」

 えっ? と女王は思わず声を上げ、あわてて周囲を見回しました。幸い、他の者は皆、トウガリの芸に大きな拍手を送っていたので、女王の声に気づいた者はありません。

「どういうことじゃ……? 皇太子も占者も、あそこにいるではないか」

 と、いっそう低い声になったテトの女王に、ロムド王は黙って笑って見せました。それは、前の晩、占者ユギルが見せた笑顔に、なんだかよく似て見えました――。

 

 リーンズ宰相が、隣の席に座っているオリバンへ身を寄せて、そっとささやきました。

「もっと仏頂面をなさってください。殿下はいつも、そのようにはお笑いになりません」

「美しい女中が料理を運んできてくれるんだ。ねぎらいくらいはかまわないだろう?」

 とオリバンが意外そうに答えたので、宰相は頭を振りました。

「とんでもございません。それこそ、殿下らしくもないふるまいです。殿下はセシル様以外の女人には、まったく関心を示されません」

「やれやれ、せっかく皇太子の地位にあるのに? こんなに大勢の女性たちが好意を向けてくれているっていうのに、全然関心がないだなんて、あいつは本当に朴念仁(ぼくねんじん)だなぁ。女性たちがかわいそうじゃないか」

「とにかく、もっと無愛想になさってください。このままでは周囲に怪しまれてしまいます」

 とリーンズ宰相は懸命に説得しました。声は相変わらず低いささやきのままです。

 

 キァ、と黒い鷹のグーリーが一声鳴きました。まるで番をするように、ユギルの椅子の背に留まっています。

 すると、ユギルが鷹に言いました。

「静かに、グーリー。大丈夫よ、誰もこちらを怪しんではいないわ」

 銀髪の占者の青年は、何故だか女性のようなことばで話しています。グークーと鷹がまた鳴くと、安心させるようにこう言います。

「ええ、大丈夫。順調に進んでいらっしゃるわよ」

 占者の膝の上には、細い両手が組み合わされて載っていました。その右の薬指には、小さな円盤が付いた指輪がはまっています。円盤はまるで銀の鏡のようです。隣に座ったゴーリスが、占者の声をかき消すように、う、うん、と咳払いをします――。

 

 

 王都ディーラから南へ向かう街道に近い荒野を、三人の人物が馬で進んでいました。旅姿の若い男女です。全員が地味なマントをまとい、フードを深くかぶっています。

 ところが、正面から吹いてきた風が一人のフードを後ろへ払いのけました。束ねた長い金髪が風になびいて輝いたので、髪の主があわてて押さえて、周囲を見回します。

 すると、もう一人の人物が言いました。

「人目のある場所は通り過ぎました。もう顔を出しても大丈夫でございます」

 と自分でもフードを外します。とたんに、こちらでは長い銀の髪が輝き出します。

「この後は荒野が続く。どうやら気づかれずに抜け出すことができたようだな」

 と三人目が言って、これもフードを脱ぎました。暗灰色の髪と整った顔立ちが現れますが、それ以上に目をひくのは、マントを着ても隠しようのない大柄な体でした。馬を止め、出発してきた王都の方角を振り向きます。

 彼らはもちろん、セシルとユギルとオリバンの三人でした。彼らの乗った馬の後ろには、荷物を積んだ馬が続いています。栗毛、鹿毛(かげ)、黒毛、灰色に白いぶちと、違った毛色をした四頭です。

「城は本当に大丈夫だろうか? キースとアリアンにちゃんと代役が務まるのか?」

 とセシルが心配したので、オリバンが肩をすくめました。

「いたしかたないだろう。ユギルも私も城を留守にするわけにはいかなかったのだ。ならば、我々の代役を立てるしかない」

「しかし、彼らは闇の民なんだぞ? もちろん、彼らが光の側の者なのはわかっているが、見る者が見れば、彼らの正体はばれてしまうのではないのか?」

「それは大丈夫でございます。キース殿は闇の国の王子。非常に強力な魔力をお持ちなので、闇の波動を出すことなく完璧に人間に化けることも、アリアン様を完全な人間に変えることもおできになります。幸い、来月半ばまでは、城で公の行事はございません。それまでに勇者殿たちを連れて城へ戻れば、キース殿やアリアン様が人前で困るような事態は起こらないでしょう」

 とユギルが落ち着き払って答えます。

 すると、オリバンがセシルに言いました。

「心配なのはあなたのほうだ。我々は代役を立ててきたが、あなたにはそれができなかった。まさかゾやヨやグーリーに、あなたの代わりをさせるわけにはいかなかったからな。そのうち、あなたの不在を怪しまれそうだ」

「私はおたふく風邪にかかって寝込んだことにしてきた。うつる病気だから見舞いは禁止。熱が下がっても腫れがひくまでは誰にも顔を見られたくないから、人前にも絶対に出ない――ということで対処するように、レイーヌ侍女長に任せてある。私はオリバンたちと違って、集まりを欠席してもさほど問題にならない立場にあるから、大丈夫だ」

 とセシルが答えます。

 ロムドの南側には起伏の多い荒れ地が続いていました。連なる丘に丸く切り取られた空は水色で、雲が薄くたなびいています。秋の天気は変わりやすいのですが、この空ならば、もうしばらく好天が続きそうです。

「余計な話はせずに参りましょう――。テトの女王もおっしゃっていましたが、時間がかかるほど、闇の気配は濃くなって危険が増していくだろう、という予感が、わたくしにもしております。できるだけ急いで勇者殿たちのところへ行かなくてはなりません。早駆けいたしますので、わたくしについておいでください」

 それだけを言うと、ユギルは先頭に立って馬を走らせ始めました。すぐにオリバンとセシルが続き、細綱でつながれた四頭の馬たちがその後を駆け出します。

 南へ。フルートたちがいる白い石の丘へ。彼らは脇目もふらずに荒野を駆けて行きました――。

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