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第16巻「賢者たちの戦い」

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13.占い

 「見えました」

 占盤をのぞいていたユギルが、ふいにそう言ったので、執務室の全員が振り向きました。ロムド王、テトの女王、ゴーリス、白の魔法使い、オリバン、セシル、キース、アリアン、グーリー……ただ、小猿に化けたゾとヨだけは、すっかり待ちくたびれて、部屋の片隅で眠ってしまっていました。

「して、その結果は? わらわが見た夢は、何を意味しておったのじゃ?」

 とテトの女王が急(せ)き込んで尋ねます。

 ユギルは黒大理石の円盤を見つめたまま、厳かに話し始めました。

「テト国の西に白い竜がおります。おそらくこれは、女王陛下の従兄弟の、グルール・ガウス侯の象徴でございましょう……。竜は玉座に首を伸ばし、その椅子に座ろうとしております。女王陛下の予感のとおり、ガウス侯は謀反を企んでおります。そして、その背後にいるのは、ご推察通り、サータマン国王。ガウス鉱山から採れる鉄は、大部分がサータマンへ売り渡され、そこから得た莫大な金で、ガウス侯は兵を募っております。しかも、それはサータマン領内でのこと。テトの国民には気づかれないよう、極秘で準備が行われております」

 占者の声はこの世ではない、遠い別の場所から響いてくるようでした。占盤に映る象徴と動きから、遠い国での人々の動きを読み解いているのです。

 女王は真っ青になり、わなわなと震える手で上着を握りしめました。

「グルール――愚かな! そこまでサータマン王に協力を求めて、我がテトが無事でいられるはずがなかろう! 正義顔で我が国に攻め込んだサータマン軍は、必ずテトに牙をむく! テトはサータマンに滅ぼされるぞ!」

 すると、ユギルがまた言いました。

「女王陛下の予想は、半分が正しく、半分が誤りでございます。確かに、サータマンはガウス侯の要請にかこつけてテトに攻撃をしかけますが、ガウス侯はそれを追い返すだろう、と占盤は言っております」

 女王は意外そうな顔をしました。

「どうやって? 我がテトに、サータマンの侵攻に対抗できるほどの軍事力はない。いかにグルールが鉱山からの収益で軍備を整えたとしても、それはサータマン王の手のひらの上でのこと。とても不可能じゃ!」

「白い竜の象徴は前脚に宝を握っております……。その宝の力で、サータマンの侵略を跳ね返してしまうのです。竜の宝は、底なしの黒い色。その力は闇に源を発っしております」

 

 占者のことばに、全員はぎょっとしました。テトの女王が身震いします。

「では、グルールは闇に魂を売り渡したと言うのか!? 自分がテトの王になるために!?」

「いや、そうとは限らん」

 とオリバンが言い、キースがそれにうなずきました。

「どうやら、本当にフルートたちの捜し物が出てきたようだね。彼らに知らせなくちゃならないだろう」

「でも、どうやって? 我々は彼らのところへは行けないのだぞ。アリアンにだって、白い石の丘は見えないというのに」

 とセシルも言います。

 意味がわからなくなったテトの女王に、ロムド王が説明しました。

「彼らが話しているのは、金の石の勇者の一行のことだ。闇と戦うために生まれてきた、光の戦士たちなのだ」

「金の石の勇者……噂には聞いたことがある。ロムド王秘蔵の特殊部隊じゃな。エスタ国との和平でも、ロムド-サータマン戦でも、大活躍したそうではないか。その部隊を、テトのために派遣してくださると言われるか」

 女王のことばに、執務室の全員はいっせいに苦笑しました。相変わらず、本物とはまったく違う姿で語られてしまうフルートたちです。

 ロムド王がまた言いました。

「いいや、そうではない。彼らはわしの家臣ではないのだ。金の石の勇者たちはただ、世界を闇から守るためだけに存在している。この世のすべての権力も富も名誉も、彼らに命令することはできない。だが、彼らは守りの戦士だから、闇に襲われそうな人々がいると知れば、必ず助けに駆けつける。それだけは常に間違いがないのだ」

 女王はますますとまどった顔になりました。金の石の勇者というのがどんな人物なのか、想像ができなくなったのです。

 

 ゴーリスが言いました。

「あいつらをロムド城に呼ばなくてはならないな。だが、問題はどうやって呼び出すかだ」

「心話は勇者殿たちには通じませんし、我々四大魔法使いの魔力でも、白い石の丘にたどりつくことは不可能です。困りました」

 と白の魔法使いも考え込みます。

 すると、ユギルが占盤を見ながら言いました。

「わたくしならば、勇者殿たちのいらっしゃる場所がわかります。わたくしが勇者殿たちに知らせに参りましょう」

 たちまちそれに反応したのはオリバンでした。

「ユギルが行くのであれば、私も行くぞ!」

「私もだ! 今まで行く方法がないと聞いていたから、あきらめていたんだ。そんな方法があったのなら、早く言ってくれ!」

 とセシルも身を乗り出します。

 キースは人差し指の先で、自分の頬をかきました。

「うぅん、本当ならば、僕も名乗りを上げたいんだけれどね――」

 キァァ! と黒い鷹も占者の椅子の背から声を上げますが、アリアンが静かにそれをたしなめました。

「私たちには無理よ、グーリー。私たちには白い石の丘は見えないし、入ることもできないのだもの……」

 だって私たちは闇のものだから、ということばは、女王の手前、呑み込みます。

 オリバンが意見をとりまとめました。

「では、私とセシルがユギルと共に彼らを呼びに行ってくる。白い石の丘までは、馬で片道五日の道のりと聞いている。二週間以内には、彼らを城に連れてこられるだろう」

 自分も金の石の勇者の仲間だという自負があるオリバンです。フルートたちのところへ行けるので、非常に張り切った声をしています。

 ところが、女神官が、難しい顔で言いました。

「ユギル殿が城を離れるのはどうかと思います……。先月、占者殿の留守を狙って、サータマンのイール・ダリが南の塔を襲ったように、隙あらばロムド城を襲撃しようと企む敵は、非常に多いのです。二週間も占者殿が城を留守にすれば、必ず敵に余計な誘惑を与えてしまいます」

「このところ、周辺諸国はロムドに対する警戒を強めているからな。ユギル殿がまた城に不在だとわかれば、危険な動きが起きてくるのは必至(ひっし)だ」

 とゴーリスも言います。では、どうやって――!? とオリバンとセシルが不満顔になります。

 

 すると、ユギルが言いました。

「わたくしや殿下が城を留守にせずに勇者殿たちを呼びに行く、良い方法がございます。敵に不在を悟られることなく、白い石の丘まで行ってまいりましょう」

 一同は驚きました。

「ユギル以外の者を行かせても、その者には白い石の丘が見つけられないだろう。ユギル自身が行きながら、それを知られないようにする方法があるというのか?」

 とロムド王が尋ね、ゴーリスや女神官も口々に言いました。

「城内には敵の回し者や外国の間者が大勢いる。もちろん、承知の上で泳がせてあるんだが、さすがに連中にユギル殿の不在は隠しようがないぞ」

「白い石の丘は特殊な場所なので、我々の魔法で占者殿や殿下をお送りすることもできません。いったい、どのような方法をとるとおっしゃるのです?」

 ユギルはまた占盤に目を向けていました。黒い鏡のような表面に手を触れながら、静かに言います。

「占盤が面白い作戦を教えてくれました……。この方法ならば、きっとうまくまいりましょう」

 一同はますますとまどいました。占者がどんなことを思いついているのか、本当に誰にも予想がつきません。

 すると、占者はおもむろに椅子から立ち上がりました。

「出発は明日の早朝でございます。陛下、わたくしたちの馬と共に、メイで殿下が預かってこられた、勇者殿たちの馬もご準備ください。勇者殿たちにはまた馬が必要になります。それから――打ち合わせを少々」

 とたんにキースとアリアンは目を丸くしました。ユギルが急に彼らを見つめてきたからです。

 金と青の瞳の占者は、何故か、美しい顔に笑うような表情を浮かべていました――。

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