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第16巻「賢者たちの戦い」

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第4章 密会

12.密会

 その夜、テトの女王の一行を歓迎する式典が終了してから、ロムド城の主立った者たちは密かに王の執務室に集合しました。ロムド王、オリバン、セシル、占者ユギル、重臣のゴーリス、キース、アリアン、小猿のゾとヨ、鷹のグーリーという顔ぶれです。リーンズ宰相は式典の後始末にまだ多忙で、その場にはいませんでした。

 半白の髪に黒ずくめの服のゴーリスが、キースに向かって言っていました。

「ゾとヨが急に騒ぎ出したから、何かあったんだろうとは思ったが、そういうことだったのか。あいつらは、その竜の宝を見つけて何をしようとしているんだ?」

 ゴーリスはロムドの王室に代々仕えてきた大貴族の血筋ですが、口調はとても庶民的で、ざっくばらんです。腰に大剣を下げた姿も、貴族と言うより剣士と呼ぶほうがふさわしく見えます。彼は、フルートを勇者に育てた剣の師匠でした。

 キースは昼間リーンズ宰相に話したのと同じことをまた言いました。

「デビルドラゴンを倒す手がかりになるらしいんだ。それで、フルートたちはずっとそれを探しているんだが、竜の宝がどんなもので、どんな形をしているのかもわからないから、かなり苦労をしてるらしい」

「オレたち、闇の国にいたフノラスドが竜の宝かと思ったんだゾ」

「でも、それは違ったんだヨ。竜の宝は今もまだ謎だから、フルートたちは知りたがっているんだヨ」

 と小猿のゾとヨが口々に言います。彼らの正体は闇の怪物のゴブリンですが、闇の国でフルートに助けられて以来、すっかりフルートたちの味方になっていました。

 部屋の隅のほうにたたずんでいたアリアンも言いました。

「フルートたちは、竜の宝のことをユラサイの王宮で知ったんです……。二千年前の光と闇の戦いで、デビルドラゴンは自分の力を分け与えた宝を光の軍勢に奪われて、世界の果てに幽閉されたんだそうです。だから、その宝を見つければ、デビルドラゴンの倒し方がわかるかもしれない、って、フルートたちは――」

 

 ふむ、とオリバンは太い腕を組みました。

「テトの女王が夢で聞いた竜の秘宝というのが、本当にフルートたちの探す竜の宝だとしたら、大変な手がかりになるな。彼らが知ったらさぞ喜ぶだろう」

「だが、あれは凶兆の予知夢なのだろう? 敵の同盟国が持ち込んだ話だ。安易に信じたら、どんな目に遇うかわからないんだぞ」

 とセシルが厳しい口調でオリバンに詰め寄りました。相変わらずテトの女王には警戒を続けています。

 すると、ユギルが口を開きました。

「どうやら、あの夢には公には聞かせられない秘密がまだあったようでございます。女王が話すべきことの半分しかお話くださらなかったので、占盤も占うことができずにいます。今一度、もっと詳しく女王から話を伺う必要がございます」

 全員が部屋に立っている中で、占者の青年だけは椅子に座り、テーブルに置いた占盤に向き合っていました。磨き上げられた黒大理石の円盤には、他の者には意味のわからない線や模様が刻み込まれています。鷹のグーリーが、ユギルの椅子の背に停まって、不思議そうに占盤をのぞき込んでいました。

 ロムド王が一同に言いました。

「今、内密に女王を呼びに行かせているところだ。間もなくここに到着されるだろう」

「いえ、もう到着しました、陛下」

 と誰もいない場所から返事がありました。女性の声です。次の瞬間には、白い長衣を着た女性が姿を現します。淡い金髪を後ろで束ね、胸にユリスナイ神の象徴を下げた女神官です。その後ろには、豪華な刺繍の服を着たテトの女王も立っていました。魔法で自分の部屋から一気にここへ連れてこられたので、目を丸くして驚き、きょろきょろと室内の人々を見回しています。

「わしの執務室へようこそ、テトの女王。魔法での移動は初めての経験だったかな? 不愉快な想いをさせてしまったのでなければ良いが」

 とロムド王が声をかけると、女王は首を振りました。

「いえ、不愉快ということはありません。ただ、我がテトには、これほどたやすく別の場所へ飛べる魔法使いがおりませんので、そのことに驚いていました」

「彼女は白の魔法使い。我が国で一番優秀な魔法使いで、ロムド城を守る魔法軍団の長だ」

 と王に紹介をされて、女神官が改めて女王へ頭を下げました。男勝りな雰囲気が漂う女性です。

 

「これで全員がお揃いになりました」

 とユギルが言ったので、ロムド王はまた女王へ言いました。

「本当ならば、茶の席でも準備しながら、あなたをお招きするところなのだが、非公式な集まりなので、そういうわけにもいかぬ。礼儀が足りぬところは、お許しいただこう。そのかわり、あなたもここでは余計な礼儀はいらぬ。いつもの調子で話されるがいい」

「いつもの?」

 と女王はまた目を丸くして、すぐに顔を赤らめました。

「そういえば、わらわは大広間で思わずひとりごとを言ってしまいましたか。お許しを、ロムド王」

「いや、そうではない。この部屋にいるのは気心の知れた者たちばかりだから、面倒な礼儀も必要はないと言っているのだ。そのほうが、あなたも話しやすいだろう。……ここにいるユギルが、あなたにはまだ話すべきことがあるはずだ、と言っている。それを聞かせてもらいたいと思って、あなたをお呼びしたのだ」

 すると、テトの女王は一瞬沈黙し、王と、その背後にいる占者の青年を見つめて、ゆっくり微笑しました。

「まこと、あなたたちは噂通りの方々じゃ」

 と、勧められたように、いつもの口調になって言います。

「いかにも、わらわはあの席で、夢のことをありのままには語っておらなんだ。わらわの家臣が大勢いたので、彼らに聞かせるわけにはいかなかったのじゃ」

「というと?」

 とロムド王が聞き返すと、女王は微笑したまま目を伏せました。女王の顔をおおう苦悩の色が、いっそう濃くなります。

「わらわの夢に現れて、竜の秘宝を手に入れた、テトは世界に出て行ける、と言った人物を、わらわはよく知っていたのじゃ。テトの国民なら、誰もが知っている。グルール・ガウスと言って、先のテト王の姉の息子、つまり、わらわの従兄弟(いとこ)に当たる男じゃ」

「ガウスとは、あなたが大広間で語った川と山の名前だな。彼はそこの領主か。どのような人物なのだ?」

 とロムド王がまた尋ねます。

「有能にして優秀。わらわより四つ年上で、子どもの時分には、互いの城をよく行き来したが、わらわが即位してからは、ほとんど逢うこともなくなってしまった。四年前に父親のガウス侯が没して領地を受け継いだが、彼の代になってからガウス鉱山の採掘を急速に拡大したので、特に山の東側はすっかり荒れ果てた。山の木を切りすぎた、というロムド王の指摘の通りじゃ。崖崩れが頻発して、麓の村や町から陳情が相次いだので、グルールに再三注意を促したのだが、彼は耳を貸さぬ……。彼は野心家じゃ。ガウス山の鉄を財源に、何か企んでいるのに違いない」

 

 考えてみれば、これは奇妙な光景でした。女王が、自分の国についての状況と悩みを、外国の王とその側近に相談しているのです。自国の弱みを見せれば他国から攻め込まれる中央大陸では、非常に珍しい出来事と言えます。けれども女王は真剣でした。ロムド王を噂通りの賢王と見極め、ユギルの占いの力を信じて、内情を詳しく語ります。

 ロムド王は聡明な目で女王を見ました。

「あなたは夢の相談に来たと言ったが、すでにその夢の意味するところを予想しているのだな。あなたは従兄弟が王座を狙って襲撃してくるのではないかと考え、それに備えて、ロムドと連盟を結ぼうとしているのだ。――だが、この場であるから、あえて率直に聞こう。何故、我がロムドと? テト国は西隣のサータマンと長年同盟関係にあるはずだ。国内の謀反を心配するのであれば、サータマンの王に協力を求めるほうが筋ではないのか?」

 すると、女王が今度は冷笑しました。

「サータマン王こそ、我が従兄弟の後ろで糸を引いている人物じゃ。サータマンは、長年我が国の領土を狙い続けておる。我が国は、侵略を防ぐために、同盟と貢ぎ物でサータマンをなだめ続けてきたのじゃ。……グルールの領地であるガウスは、サータマンとの国境にある。サータマン王が彼に接触して、王位簒奪(さんだつ)をそそのかしたのは間違いない」

 それを聞いて、オリバンが言いました。

「つまり、女王は自分の見た夢にかこつけて、我が国に救援の要請に来たのだな。夢は単なる口実だったわけか」

「それは違う。わらわは本当に夢が心配だったのじゃ」

 と女王が即座に言い返しました。

「わらわは幼少から、よく正夢を見た。九つの歳には、わらわがテトの女王になる夢も見たのじゃ。当時、わらわには大勢の兄者がいたので、謀反の心があると思われてはならないと、誰にも話さずにいた。すると、兄者たちは皆、戦や病で早世されてしまって、夢のとおりにわらわが女王になったのじゃ――。今回の夢は非常に危険な知らせじゃ。グルールは確かに王位簒奪を狙っているのかもしれぬ。だが、事はそれだけに収まらぬ気がするのじゃ。夢が真になっていけば、危険はテト国内だけに留まらぬだろう。周囲の国々や、世界中を巻き込んでいきそうに思えてならない。世界戦争の予感がするのじゃ」

 

 女王のことばに、銀髪の占者が口を開きました。

「女王陛下には、確かに予知の力がいくらかおありのようです。女王陛下のご覧になった夢を、今一度、しっかりと占ってみましょう」

 とテーブルの占盤に両手を置いてのぞき始めます。他の人々はそれに注目しました。自分たちには何も見えないのだとわかっていても、つい、占盤の表面に真実と未来を探してしまいます。

 小猿のゾとヨは、キースの肩の上でもぞもぞと身動きしていました。退屈で動き出したいのを、なんとか我慢している恰好です。キースは二匹にそっと話しかけました。

「難しくて意味がわからないだろうけれど、おとなしくしてろよ。後でわかるように説明してやるから」

 すると、小猿たちが小声で答えました。

「オレたちにだって、ちゃんとわかったゾ。サタンがテト国を狙ってるって話だゾ」

「サタンはすごく強い闇の怪物だヨ。そいつが襲ってきたら、危ないヨ」

「サタンじゃなくて、サータマンだよ」

 案の定しっかり誤解していた小猿たちに、キースは思わず苦笑してしまいました――。

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