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第16巻「賢者たちの戦い」

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10.賢王と女王

 ユギルが占盤にテト女王の一行を見つけ、アリアンが鏡で透視をした一週間後、女王の一行はついにロムド城にたどり着きました。到着が真夜中だったので、翌日の昼過ぎに、ロムド王との会見が実現します。

 会見場になった城の大広間は大勢の家臣で埋められ、一段高い場所の玉座にはロムド王が座っていました。その両脇に王を守るように重臣たちが立ち並び、大広間の周囲や出入り口では武装の兵士が警戒に当たり、玉座の後ろには手に杖を持った深緑の衣の老人が控えています。姿から見て、老人は護衛の魔法使いに違いありませんでした。

 城の大きさと警備の厳重さに、テトから来た人々はすっかり圧倒されてしまいました。何千本という蝋燭(ろうそく)で真昼のように照らされた広間の中を、不安そうに見回します。ロムドはこれまでまったく交流のなかった国です。テトを敵国と判断されれば、ここにいる彼らはたちまち捕まり、最悪の場合には処刑されるかもしれないのです。

 

 けれども、そんな中で、テトの女王だけは臆する様子がありませんでした。場所こそ、ロムド王より一段低い位置にいますが、自分の家臣たちを従えて、まっすぐに王を見上げています。旅の間の汚れや埃を城の風呂で洗い流し、国から持ってきた豪華な衣装に着替えた彼女は、紛れもなく一国の女王に見えました。たくさんの腕輪をはめた両手を胸の前で合わせ、金の輪とベールをかぶった頭をロムド王に下げて、口を開きます。

「お初にお目にかかります、ロムド国王。わらわはテト国の女王のアキリー二世。突然の訪問にも関わらず、入国を許可して、城までの護衛と馬をお送りくださった王のご厚情に、心から感謝しています」

 さすがの女王も、ロムド王相手には丁寧な口調です。

 銀の髪とひげのロムド王は、六十八歳という年齢を感じさせない、若々しい声で答えました。

「ロムドへよく来られた、テトの女王。あなたの来訪には、ここにいる一番占者のユギルがいち早く気づいたのだが、正直、報告を聞いた時には我が耳を疑った。ミコン山脈を越えて湿地帯を抜ける道は、大変な難所の連続だからだ。このうえ、ロムド国内で難儀をされては大変と思い、こちらから迎えの者や馬を送らせていただいた。無事ロムド城に着かれてなによりだ」

 一番占者、とロムド王が言うのを聞いて、女王は王が示した人物を眺め、思わず驚いてしまいました。意外なほど若く、しかも美しい青年です。灰色の地味な服を着ていても、その美貌は隠しようがありません。

 すると、青年が女王へ一礼して言いました。

「女王陛下の訪問の目的は我が国との友好である、とわたくしの占いに出たので、そのように陛下に進言いたしました。女王陛下の直接の来訪は、ロムドにとってもテトにとっても、良い結果を生んでいくことでございましょう」

 姿は若いのに何故かひどく年取っているような、深遠な声です。頭を上げて女王を見つめてきた瞳は、金と青の色違いをしています――。

 

 女王は、なるほど、と言いました。外見は美しくても、この青年は確かに一番占者なのだと信じたのです。改めてロムド王を見上げると、自分の後ろに控える家臣たちを示して言いました。

「共の者たちに王への贈り物を運ばせて参りました。お受け取りください」

 テトの兵士たちは、それぞれに自分が運んできた荷物を前に置き、刺繍を施した布でおおっていました。女王の声を合図に、いっせいに布を取りのけて、隠していたものをあらわにします。とたんに、大広間中からどよめきが上がりました。それは大量の財宝でした。金や銀で作られた大きな瓶(かめ)には、ぎっしりと金貨銀貨宝飾品が詰め込まれ、別の者の前には信じられないほど手がこんだ刺繍の布が、また別の者の前には貴重な香辛料や香料を詰め混んだ大籠が置かれています。金や銀や宝石が、大広間のシャンデリアの光を受けて、きらきらと輝きます。

 ロムド王も、これにはちょっと驚いた顔をしました。

「これはまた、まことにすばらしい贈り物であるな、テトの女王。これほどの贈り物を受けとるには、こちらからも何かそちらへ返さねばならぬような気がする。テトは我がロムドに何を望みなのであろう」

 さすがに大量の宝に喜んで飛びつくような真似はせず、まずは相手の要求を確かめます。

 テトの女王は黒い瞳でロムド王を見つめると、はっきりした口調で言いました。

「あなたは賢王と世に名高い名君であられる。そのお知恵を拝借したいのです。わらわには答えの見つけられない疑問があります。王は、それに答えることができましょうか」

 広間の家臣たちがまたざわめき出しました。今度は、女王の意外な話に驚いたのです。

 ロムド王は、灰色の瞳で、じっとテトの女王を見つめ返しました。女王の表情の変化を注意深く眺めながら言います。

「わしは確かに賢王と呼ばれることもある。だが、それは国民たちが親しみを込めて呼ぶものであって、決して世の真理を知る賢者だというわけではない。わしの知ることに限りはあるが、女王の悩みに対するわしの見解を聞きたいというのであれば、何なりと相談に乗ろう。それでよろしいかな?」

「けっこうです」

 と女王は承知しましたが、こちらもまた、相手を確かめるようなまなざしをしていました。

「では、疑問を」

 とロムド王が言います。

 

 女王は一歩前へ進み出ました。全面に刺繍を施した長い上着の裾から、ふくらんだズボンの裾と、尖った金の靴先がのぞきます。

「わらわはこの城に来るまでの間に、不思議なことを言う人々に出会いました。王が遣わしてくださった兵に付き添われ、街道を進んでいる途中のことです。彼らは屈強の男たちで、切り出した石を手押し車に山のように積み、汗を流しながら運んでいる最中でした。わらわはその者たちに、そなたたちは石工(いしく)か、と尋ねたのですが、その者たちは、いいえ、我々は魚を捕る漁師です、と答えました。わらわが、漁師がその石をどうするのか、と尋ねると、これで壁や柱を造ります、と答えます。ところが、家を建てるのだな、と尋ねると、彼らはまた、そうではないと言うのです。彼らはいったい何者だったのでしょう。彼らが造ろうとしているものは、何なのでしょうか?」

 疑問と言うよりは、まるで謎かけのような女王の話に、ロムド王はゆっくりと微笑しました。

「どうやら、テトの女王はわしを試そうとなさっているようだ――。あなたがその者たちと出会ったのは、南の街道のリーリス湖に近い場所だったはずだ。違うかな?」

 女王は目を見張りました。女王がその男たちと会話したとき、確かに、右手には湖が見えていたのです。

 ロムド王は話し続けました。

「あなたが通ってきたその場所には、ハルマスという名が付いている。かつては保養地として大変賑わっていた街だが、一年前、闇の襲撃を受けて、跡形もなく消滅してしまった。今、そこには病院と、病人を収容するための修道院と、医者が研鑽(けんさん)を積むための大学が作られようとしている。その作業にはハルマスの住民が大勢たずさわっているから、その中にはリーリス湖で魚を捕っていた漁師たちもいる。あなたは、住民が一丸となってハルマスの街を再建しようとしている現場を見たのだ」

 テトの女王はいっそう驚いた顔になりました。思い出すように、こう言います。

「わらわが出会って話した漁師たちは、大変な労働にも少しも苦しい顔をしておらなんだ。それどころか、誇りに充ちあふれた様子で石を運んでおった……。なるほど、彼らは自分たちの街を自分たちの手で造り上げている最中であったのか」

「そこで暮らしていくのは、その街の住民たちだ。自分たちの住みたい街については、彼らが一番よく承知している。ハルマスは、かつては貴族たちの別荘が建ち並び、華やかな店や劇場が軒を連ねる賑やかな街だったが、住民が暮らしやすい街ではなかった。街にいるのは貴族を専門に診る医者ばかりで、街の者が病気になったときには、半日がかりでユアの街から医者を連れてきていた。ハルマスが医者と医療の街になれば、その苦労もなくなるから、彼らは喜んで働いているのだ」

 この答えには、女王だけでなく、後ろに控えるテトの家臣たちも驚いていました。街の住民が喜ぶ街を、住民と一緒に造る、という考え方は、彼らの故国では聞いたこともないものだったのです。

 

 テトの女王は少し考えると、その話はそれで打ち切りにして、話題を変えました。

「わらわには、もうひとつ心にかかっていることがあるのです、ロムド王。我がテト国内のことです……。我が国には昔から二匹の巨大な竜が棲んでいて、それぞれに白と青の色をしています。非常に凶暴な竜で、数年に一度大暴れをしては、人家を壊し、付近の住人の命を奪っていきます。ところが、このところ白い竜のほうがひんぱんに暴れるようになり、いくつもの村や町が住民ごと呑み込まれてしまいました。荒ぶる竜をどうしたら鎮めることができるのか――賢王のお知恵をぜひ拝借したいのです」

 テトの家臣たちが、今度は顔を見合わせていました。それは……と言いたげな表情をして、互いにそっとうなずき合います。女王はロムド王の顔から目を離さずにいました。射抜くような強いまなざしです。女王はまだロムド王の実力を確かめようとしているのでした。

 ロムド王は少しもあわてずに言いました。

「それはどうやら本物の竜の話ではないようだな、テトの女王……。昔から、竜はしばしば川の流れの象徴としても語られている。川の流れが竜の体に似て見えるうえに、洪水を起こして人家を流れに呑み込む様子が、暴れる竜の仕業(しわざ)のように感じられるからだ。テトには大河が二本あるのではないか?」

 王がそう尋ねた相手は、女王ではなく、自分のかたわらに立つ宰相でした。穏やかな顔つきをした老人が、王に一礼してから答えます。

「仰せの通りです、陛下。テト国にはテト川とガウス川と呼ばれる大きな川があって、どちらもテト国を西から東に流れ、東の国境にあるニータイ川で合流しています」

「その二つの川のうち、流れが急で白く泡だって見えるのはどちらの川だ?」

 とロムド王がまた宰相に尋ねます。

「おそらく、ガウス川のほうではないかと。テト国の西の国境にそびえるガウス山に流れを発する川ですが、傾斜が非常に急なので流れが速く、麓に出たところでしばしば洪水を起こすのだと聞いております。ガウス山は、良質の鉄鉱石を産する鉱山としても有名でございます」

 リーンズ宰相は、テト国の地理を、そらんじるようにすらすらと話していました。王の女房役を長年務めてきた老宰相は、王に訊かれたらすぐ答えられるよう、中央大陸の国々に関する主な情報を、すべて頭の中にたたき込んでいるのです。

 ロムド王は、ふむ、と考えると、今度は女王に向かって言いました。

「鉄鉱石を製鉄するためには、大量の炭が必要になる。その炭を作るために、ガウス山の木を切りすぎてはいないだろうか? 山に木が少なくなると、山に降った雨はすぐ川に流れ込んで洪水や鉄砲水を引き起こすのだ。もし、そのような状況であれば、急いで山に木を植えることだ。山を本来の姿へ戻せば、川もやがて治まっていくだろう」

 

 テト国の人々は、呆気にとられてロムド王を見上げていました。すべてはロムド王の言うとおりだったのです。女王は両手を胸の前で合わせると、床に膝をついて深くお辞儀をしました。

「偉大なるロムドの王がいつまでも健やかであられますように……。あなたは確かに賢王の呼び名にふさわしい方です。ガウス川のことも、その源にあるガウス鉱山とその周辺の様子についても、王の言われるとおりの状況になっています。ガウス山がわらわの直轄領でないところが悩みの種ではありますが、帰国後ただちに領主へ植樹を命じましょう。ご助言に感謝します」

 女王の合図を受けて、後ろの兵士たちがいっせいに立ち上がりました。きらびやかな財宝を抱えて前に出ると、ロムド王がいる壇(だん)の下へ積み上げ、深々と頭を下げて退きます。テト国からの献上品が、正式にロムド国へ引き渡されたのです。山になっていく金銀財宝に、ロムドの家臣たちの間から、おお、と声が上がります。

 

 ところが、王は財宝ではなく、女王を見つめ続けていました。よく響く声で、こう言います。

「あなたの疑問はこれで終わりではないだろう、テトの女王。あなたの顔はまだ晴れない。あなたが本当に知恵を借りたいと思っている悩み事は、別にあるのだ。真の悩みを語られよ、女王。テトからロムドへ至る旅路は、男でも難儀な道のりだ。そこを女の身で越えてこられた勇気に敬意を表して、力となって差しあげよう」

 それを聞いて、テトの女王はほほえみました。女王は絶世の美女というわけではありませんが、それでも上品な笑顔が広がります。

「聡明なる賢王に栄光あれ。実は、わらわが見た夢について、王のお知恵を拝借したいと思っていたのです」

 ついに本当の疑問を口にして、テトの女王はロムド王を見つめ返しました――。

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