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第16巻「賢者たちの戦い」

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9.隊列

 テトのアキリー女王か! と驚くオリバンたちの目の前で、鏡は湿地帯の細道でのやりとりを映し続けていました。

 まもなく休憩できるから、そこまでご辛抱を、と言った男へ、陛下と呼ばれた女性が答えます。

「わらわは休む必要などない。湿原を越えるのに思いのほか時間がかかっておる。このままでは夜になってしまうぞ、モッラ。夜になれば怪物が出やすくなる。今宵、怪物の腹の中で永遠に休むことになっては、どうしようもあるまい」

 とたんにそばにいた三人の女性たちがいっせいに悲鳴を上げました。女王と同じようにロバに乗っていますが、服装はずっと質素ですし、女王のような剛胆さもありません。女王の侍女たちに違いありませんでした。

 モッラと呼ばれた男は一礼すると、隊列の先頭へ駆け戻っていきました。

 

 そんな光景を見て、オリバンが言いました。

「どうやら、この女性は本当にテトの女王らしいな。女王自らミコン山脈を越えて、我が国へやってきたのか。だが、テトから表敬訪問の知らせは来ていない。女王の目的はなんだ、ユギル」

 銀髪の占者は静かな声で答えました。

「それこそ、この人々の目的はロムドの表敬訪問である、と占いには出ております……。占盤は、この集団がテトの女王の一行であると告げていたのですが、これまで国交のなかった国から、いきなり女王自身が訪問してくるなど、通常はありえないことなので、まずアリアン様に確認していただこうと思ったのです」

「じゃ、彼らが運んでいる財宝というのは、ロムド王に献上するためのものだったんだな。あの兵士たちが担いでいるのが全部宝なら、たいした量じゃないか。すごいな」

 とキースが感心しました。鏡に映る兵士たちは、二、三十人はいるようでしたが、全員が大きな荷物を背負っていたのです。

 ところが、セシルが厳しい声で言いました。

「あれだけの宝を、なんの目的もなく献上してくるわけはない。しかも、テトは長年、隣のサータマン国と同盟関係にあった国だ。その国の女王自ら宝を携えて来るのだから、これは絶対に何か裏があるぞ」

 それを聞いて、アリアンは困ったように振り向きました。いくら優れた千里眼を持つ彼女でも、目には見えない魂胆(こんたん)やもくろみまで鏡に映しだすことはできません。とたんに鏡の中の景色が薄れて消えていきました。

 

 すると、ユギルが静かにまた言いました。

「確かにテトの女王には何か目的があるようです。ですが、彼らはロムドに害をなすようなことは企んでおりません。彼らをロムド城に迎え入れるように、と占盤は言っております」

 ふむ、とオリバンは言いました。もう部屋の出口へ歩き出しながら言います。

「では、父上に申し上げて、女王の一行へ迎えを送っていただこう。湿地帯は危険な場所だ。できるだけ早く抜けた方がいい」

 とユギルを従えて部屋を出て行きます。

 キースもその後を追いかけようとしましたが、女性たちが一緒に来ないことに気がついて振り向きました。見れば、アリアンがセシルに言われて、もう一度鏡に女王の一行を映し出していました。女王の顔を見ながら、セシルが言います。

「テトの女王とは、こういう人物だったのだな……。世界には女王が治める国も多いが、私の義母のメイ女王とこのテトの女王は、しばしば並べて名が上げられるのだ。共に賢い女王と言われていて、西のメイ女王と東のテトの女王では、どちらがより賢いのだろう、などと話題になることもある。むろん、メイ国内では、メイ女王のほうがより賢いということで話が落ち着くがな。こうして見ると、確かにテトの女王も聡明そうだ。メイ女王にどことなく似た雰囲気もある」

「でも、なんだかこの女王様、怖そうにも見えるゾ」

「そうそう。すごく難しそうな顔もしてるヨ」

 と小猿姿のゴブリンたちが口々に言いました。彼らはまだキースの両肩に乗ったままでいます。キースも鏡の中を見て言いました。

「確かに賢そうだし、怖そうだし、気難しそうにも見える女性だね……。それに、何か大きな悩み事を抱えている。だからいらいらしているし、気難しくなっているんじゃないかな。これは本当に、ただごとではない感じだね」

「無論、ただごとのはずはない。テトはあのサータマンの同盟国だぞ。いくらユギル殿が安全だと占っても、油断などできるはずはない。彼女がこのロムドに被害を及ぼすようなことを企んでいれば、私は全力でロムドを守る。例えテト国と敵対することになってもな」

 とセシルは言い切ると、肩を怒らせながら、大股で部屋を出て行きました。オリバンたちの後を追って、王の執務室へ向かったのです。

「やれやれ。殺気立ってるなぁ。女王様と喧嘩にならなければいいけれど」

 とキースは肩をすくめると、急いでセシルの後を追いかけていきました。小猿のゾとヨも一緒です。

 

 ピィ?

 鷹に化けたグーリーが、アリアンに向かって尋ねるように鳴きました。

「いいえ、私は行かないわ。行っても、私には何もできないもの……」

 とアリアンは答えると、また壁の鏡に向き直りました。もう一度、湿地帯を行く人々を映し出します。

 鏡は今度は少し遠くから女王の一行を捕らえていました。黒い湿原の中に伸びる緑の道を、人々が一列になって歩いていく様子が、はっきりと見えます。

 隊列の前半分を行くのは、大きな荷物を背負った兵士たちでした。道の外れは、ともすると泥の上に浮き草が生えているだけだったりするので、道を踏み外さないように、慎重に進んでいます。そこに続くのは、女性たちを乗せた四頭のロバ。テト女王は前から二番目のロバに乗っています。

 さらに、その後ろにまた荷物を持った兵士が続き、最後を身なりの上等な、城勤めの家来らしい男たちが数人歩いていきます。総勢四十名ほどの一行でした。

 アリアンは鏡の中のさらに遠い場所へ目を向けました。湿原の向こうに、赤茶色に乾いた荒野が見えています。その中のどこかに、美しい花が咲き乱れる野原があり、中央には白い石の柱がそびえる丘があるはずでした。聖なる魔法で守られている場所なので、闇の民のアリアンには絶対に見ることができません。

 白い石の丘にはフルートたちがいます。アリアンは、女王たちがそちらへ向かうのではないか、と気をつけて見守り続けました。なんだか、彼らが金の石の勇者を訪ねてきたような気がしたのです。

 けれども、一行は顔を上げて、行く手に何かを探すようなそぶりを見せませんでした。足元を見つめながら、黙々と湿原を渡っていくだけです。

 アリアンは、そっと鏡に向かって呼びかけてみました。

「フルート……フルート……」

 残念ながら、彼女にはポポロのように、フルートたちへ声を伝える力はありません。夢枕に立つことはできるのですが、彼らが聖なる場所にいる今は、それもかないません。

 テトの女王の一行は、金の石の勇者のフルートたちととても近い場所をかすめながら、ロムド城のある王都へと進んでいきました――。

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