「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第16巻「賢者たちの戦い」

前のページ

7.妨害

 「何事じゃ? 何故先へ進まぬ」

 自分を乗せた象が急に立ち止まって動かなくなったので、テトの女王は輿(こし)の垂れ幕の間から顔をのぞかせました。そこはミコン山脈の東の外れの、テト国からエスタ国へ抜ける峠道でした。急な細い山道で、共の者たちが同じように立ち往生しています。

 すると、一人の家臣が行く手から駆け下りてきて、女王に報告しました。

「この先の道が崖崩れ(がけくずれ)でふさがれております、女王陛下。先へ進むことがかないません」

「崖崩れじゃと? 馬鹿な。そんな報告は聞いてはおらなんだぞ」

 と女王が驚くと、家臣は言い続けました。

「つい最近崩れたばかりのようでございます。ひょっとすると、昨日今日のことかもしれません。大量の土砂が道を埋め尽くしているので、それを取り除くのには、かなりの日数が必要となりそうです」

 女王は細い眉をひそめると、何も言わずに象から降りました。象の背には天蓋(てんがい)のある輿があって、女王はずっとそこに座って山を登ってきたのですが、今度は自分の足で山道を駆け上がって、崖崩れが起きている場所まで行きます。

 

 そこでは、先を行っていた家来たちが、手に手にシャベルやつるはしを持って、土砂を取り除く作業を始めていました。汗を流しながら必死で働いていますが、道は何十メートルも土砂に埋まっているので、すぐには通れそうにありません。女王の後を追ってきた家臣が、あわてて言います。

「陛下、危のうございます。どうかお下がりを……! もっと大勢の人夫や奴隷を集めなければ、ここは開通いたしません。ここまで来て大変残念ではございますが、どうか一度城へお戻りください」

 けれども、女王は家臣の話を聞いていませんでした。道を埋める土砂に歩み寄り、足元に転がる石を自分の手で拾い上げます。おやめください! 陛下のお手が汚れます! と家来たちが言いましたが、それにも耳を貸しません。石をしげしげと眺め、もう一度、目の前の土砂の山を見て言います。

「石や岩が弾けたように砕けて、断面が砂になっておる。瓦礫(がれき)の中にも、いやに砂が多い。これはただの崖崩れではないな。何者かが、わらわのロムド行きを妨害しようとして、魔法で崖崩れを引き起こしたのじゃ」

 女王のことばに家来たちは驚き、思わず周囲を見回しました。自分たちを狙う集団が、どこからかこちらの様子をうかがっているような気がしたのですが、それらしいものは見当たりませんでした。

 

 女王は指先で顎をつまんで、ふむ、とつぶやきました。

「道をふさげば、わらわが城へ戻ると考えたか――。浅はかなことじゃ」

 この状況で、なおも先へ進もうと言うのです。家来たちは目をむいて驚き、口々に女王を止めました。

「無理でございます、陛下! この先はずっとこんなふうに土砂に埋まっていて足場が悪いので、象は進むことができません!」

「そうです! 傾斜が急なので、馬でさえ越えることができないのです!」

「どうか城へお戻りを。道が開通次第、また出発なされば良いのです――」

「そしてまた、魔法で壊された峠道に出くわせと? 聞けぬ。わらわは一刻も早くロムドへ行かねばならぬのだ」

 と女王は言うと、山道を振り向きました。女王と共にテト城を出発した家来は、女王が命じたとおり、百名の集団でした。三分の一が護衛の兵で、今は山道の土砂と格闘しています。残り三分の一は、ロムドへの献上品を積んだ馬をひく馬借(ばしゃく)たち、残りの三分の一が家臣と女王の身の回りの世話をする侍女たちでした。

 女王は一瞬思案すると、はっきりとした声でこう命じました。

「掘削はやめ。今ここで道を通そうとしても、この人数では不可能じゃ。わらわは象を降りて、この先へ行く。馬も行けぬ道じゃ。馬借は自分の馬と共に引き返し、道の復旧を城へ伝えよ。侍女たちも馬に乗っていては先へは行けぬ。わらわと共に歩いてミコン山脈を越える気持ちのある者だけ、わらわに従ってまいれ。できぬ者は、馬借たちと城へ戻るのじゃ」

「そんな、女王陛下――! 馬借を帰してしまっては、ロムド王への献上品はいかがなさいます!?」

 と家臣が驚いて聞き返しました。宝や貴重な品々を積んだ馬は三十頭もいたのです。

「荷物は衛兵たちが背負うがよい」

 と女王はあっさり答えました。

「そなたたちは普段から任務のために体を鍛えてきておる。財宝を運ぶことなど、造作もないはずじゃ」

「しかし――! この先には大岩小岩が転がり、土砂と倒木が壁のように立ちふさがっております! 屈強の男であっても、それを越えていくのは非常に困難です! まして女性の御身である陛下には――」

「わらわにも、男と同じ二本の脚がある。男に越えられる道ならば、女のわらわにも越えられよう。これ以上の議論は時間の無駄じゃ。モッラ、衛兵に馬の荷物を背負わせよ。日没前に、この場所を越えるぞ」

 

 そう言って、女王は本当に道をふさぐ土砂の上へ進み始めました。すぐに足元の土が崩れて転びそうになりますが、手を突き、岩をつかんで、あえぎながら登っていきます。女王は、決して筋骨たくましい人物ではなかったのです。

 それを見て、モッラと呼ばれた家臣は我に返りました。すぐ数人の衛兵へ女王の手助けを命じると、残りの衛兵には馬の荷物を背負うように言い渡します。馬に乗った侍女たちは、とまどった顔で女王を見送っていましたが、何人かが馬を飛び下りて女王の後を追い始めました。岩と土とが折り重なる上を、美しい薄絹をなびかせた女たちがよじ登っていきます。

「グル神よ。無謀を承知で進みゆく陛下と我らを、どうか守りたまえ」

 家臣のモッラはそう天に祈ると、後のことは腹心の部下に任せ、自分も女王の後を追って駆け出しました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク