ロムドがかつて要（かなめ）の国と呼ばれ、その王の息子として、初代の金の石の勇者が生まれてきた、とエルフから聞かされて、フルートたちはびっくり仰天しました。
ワン！ とポチが大きくほえます。
「そんなことって！ ぼく、ここに来てからずっと書庫で歴史書を読み続けてました。ロムドの歴史書もずいぶん読んだけれど、どこにもそんな史実は書いてありませんでしたよ！？ エスタが東の国、ザカラスが西の国って呼ばれていたことは載っていたけど、ロムドが要の国って言われていたなんてことは――」
すると、エルフが静かに言いました。
「おまえは、闇の竜が徹底して光と闇の戦いに関する記録を消したことに気がついていたはずだ、賢い小犬。この地は、かつて確かに要の国と呼ばれていた。そして、数えて六代目の王の血筋に、セイロスが誕生した。そのとき、すでに地上は光と闇の激戦に巻き込まれていた。王の息子として参戦していたセイロスは、死者と負傷者を増やすだけの泥沼の戦いをなんとか終結させたいと考えて、魔の森へ金の石を見つけに行ったのだ。世界を救う勇者を生み出し、闇と戦う光の連合軍を作るための重要な国であるから、要の国。それは昔も今も変わらない。だからこそ、闇の竜はその史実をあらゆる書物の中から消したのだ」
一同はすぐには言うべきことばが思いつきませんでした。これまで何度も噂を聞き、ときには過去の光景の中に姿を見ることもあった、初代金の石の勇者のセイロス。彼は、このロムド国の王子だったのです――。
やがて、フルートが考え込みながら口を開きました。
「ぼくは学校の歴史の時間に、ロムド国の始まりを学びました。東のエスタや西のザカラスは昔から豊かで栄えていた国だったけれど、その間に挟まれたロムドは荒れ地や山地が多くて、人が住むにはあまり良い場所じゃなかった。だから、国ができるのは遅かったんだって……。今年は、ロムド歴四百十八年です。今から四百年あまり前にロムド一世がこの地を統一して、ロムド国が始まったんだ、って教わってきたんですが」
「それは半分だけの真実だ」
とエルフは答えました。
「確かに、今から四百年あまり前まで、この地に統一された国はなかった。セイロスが願い石の誘惑に負けて、要の国の王位継承者が失われたからだ。二千年前、光の軍勢は闇の竜を捕らえて幽閉することに成功したが、要の国は荒れ果て、人々の記憶から忘れられてしまった。長い年月の後、再びこの地に国を興したのが、今のロムド王朝の元祖だ」
少年少女と犬たちは、思わずまた地図を眺めてしまいました。エスタ、ロムド、ザカラスの三国は、中央大陸の中ほどから西に向かって、綺麗に横一列に並んでいます。その真ん中のロムドだけが、二千年前に一度滅び、復興してきた国だったのです……。
エルフは話し続けました。
「要の国が人々の記憶から消えていったのも、闇の竜が世界に残していった魔法のせいだ。再びその国から金の石の勇者が現れる、と予言は語っていた。かの竜はそれを阻止しようとしたのだ」
「ワン、でも、フルートは魔の森に行って、金の石の勇者になりましたよ。デビルドラゴンがどんなに邪魔をしても、結局は予言の通りになっているんだ」
とポチが言うと、エルフはうなずきました。
「そうだな。そして、それは理（ことわり）によって定められていたことでもある。かの竜が力を増し、この世界へ闇の手を伸ばし始めたとき、それを感じて金の石は勇者を求め、その声に応えて勇者が生まれてくるからだ。闇の竜であっても、理の定めに逆らうことは難しい」
うっ、とゼンがうめきました。たびたび聞かされる、この「理（ことわり）」というものが、ゼンにはどうしても理解できません――。
すると、黙って考え込んでいたフルートが、また口を開いてエルフに尋ねました。
「二千年前の光と闇の戦いで、セイロスは願い石の誘惑に負けて、金の石の勇者はいなくなりました。光の連合軍は総大将を失ったんですよね？ その状態で、どうやって彼らは闇の竜を幽閉できたんでしょう？ セイロスはもういなかったのに」
フルートは、初代の金の石の勇者のセイロスをまだ見たことがありませんが、非常に輝かしく立派な青年だったと聞いていました。紫水晶の鎧兜を身にまとい、光の剣を握って、軍勢の先頭に立ち、光の陣営を勝利へと導いていたのです。その彼が失われたとき、光の陣営は総崩れになってもおかしくはなかったはずです。どうやって彼らは踏みとどまり、闇の竜を捕らえて幽閉することができたのか。それこそが、フルートの一番知りたかったことでした。
「セイロスが闇の竜を弱らせたからだ」
とエルフはフルートを見つめながら答えました。深い森を思わせる瞳が、フルートの目の中をのぞき込みます。フルートは、ちょっと首をかしげました。
「弱らせた？」
「金の石とセイロスは、願い石に闇の竜の消滅を願った。その願いは一度は聞き届けられそうになったのだ。金の石はすさまじい聖なる光を放って燃え、闇の竜の体を焼いた。ところが、もう少しで竜を焼き尽くし、消滅させられるというところで、セイロスが誘惑に負けてしまった……。金の石の勇者は失われたが、闇の竜もまた深手を負った。そのために、光の軍勢は竜の宝を奪ってかの竜を誘い出し、世界の最果てに幽閉することに成功したのだ」
とたんに、今度はポポロが身を乗り出してきました。
「その竜の宝っていうのは何のことですか、おじさん！？ あたしたち、ずっとそれを探しているんだけど、どこにも手がかりが残されていないから、探しに行くことさえできないんです！」
ポポロはかつて天空の国から迷子になって、この白い石の丘でエルフと一緒に暮らしたことがあります。長い年月を生きる賢者のエルフも、ポポロにとっては優しい保護者でした。いつもの引っ込み思案も忘れて、一生懸命尋ねます。
すると、いつも淡々としている賢者の顔が、ふっと和みました。目を細めてポポロを見ると、穏やかにこう言います。
「それは、私の口から教えてやることができないのだよ、ポポロ。竜の宝の正体が何なのか。それは、おまえたち自身が見つけていくものなのだ」
ああっ！？ と一同は思わず声を上げました。がっかりしたのです。たちまちゼンとメールが騒ぎ出します。
「どうしてだよ！？ そんなことを言うからには、あんたは竜の宝が何なのか、ちゃんと知ってるんだろう！ それなのに、どうして教えられねえんだよ！？」
「そうさ！ あたいたち、闇の国まで竜の宝を探しに行ったけど、結局見つけられなかったんだよ！ あんなことを繰り返してたら、デビルドラゴンのほうが先に力をつけて、この世界を滅亡させちゃうじゃないのさ！ そんなことになってもいいって言うわけ！？」
「おじさん……」
とポポロも目に涙をいっぱいにためてエルフに懇願します。
すると、エルフはいっそう静かな声になって言いました。
「私はこの世界の真理を知る賢者だが、その私もまた、この世界の理（ことわり）と定めの下にある。すべてを知っているからと言って、それをすべて教えてやれるわけではないのだ……。無論、竜の宝とはこれだ、とおまえたちに話して聞かせることは可能だ。だが、それではおまえたちの力にはならない。竜の宝も、闇の竜の倒し方も、おまえたちが自分自身で見つけなければ、決しておまえたちを助けないからだ。世の中には、自分自身で見つけなければ役に立たない真実も、非常に数多く存在しているのだ」
一同は何も言いませんでした。エルフの言うことはわかる気もするのですが、エルフから竜の宝のことやデビルドラゴンの倒し方を教えてもらえると思っていただけに、期待はずれを強く感じていました。ゼンやメールがふくれっ面になり、犬たちが耳と尻尾を下げ、ポポロは涙をこぼします。
けれども、フルートだけは、がっかりした顔をしていませんでした。内心では失望していたのかもしれませんが、外には出さずに、こう言います。
「それでは、これを教えてください――。竜の宝を知ることは、デビルドラゴンを倒す方法を見つけることにつながりますか？ もしそうならば、ぼくたちはどこに行けばいいんでしょう？」
フルートの瞳は鮮やかな空の色でした。少女のように優しい顔の中で、その瞳だけは、決してあきらめない強さを放っています。
賢者のエルフは、穏やかにまた微笑しました。
「おまえは二千年前の初代の金の石の勇者より幼いし、実際の力も弱い、フルート。だが、その心の強さと仲間たちの協力は、初代が持っていなかったものだ。竜の宝を探し続けるがいい。それはきっと、おまえたちを求めるものへと導くだろう。そして、そのためにはどこへも行く必要はない。ここは人が求めるものと巡り会うための場所だ。おまえたちが待っているものは、自らこちらへやって来るだろう」
フルートたちはまた目を丸くしました。賢者のことばは捉えどころがなくて、なんだか占者の占いを聞いているようです。
すると、エルフがもっとわかりやすいことばで言い直してくれました。
「ここで待ちなさい。そうすれば何かが始まる。それまでは、旅立ちと戦いの支度を調えていなさい」
今度はフルートたちにも意味がはっきりわかりました。一同はいっせいにうなずくと、それぞれの装備を確認するために、自分たちの部屋へ駆けだして行きました――。
