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第16巻「賢者たちの戦い」

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2.白い石の丘

 花畑に囲まれた丘の上には、数本の白い石の柱が寄り集まっていました。どれも周囲が百メートル以上もある巨石ですが、高さはまちまちで、ほとんどが斜めに傾いだ姿で立っています。ただ、中央のひときわ高い柱だけはまっすぐで、まるで人が作った建物か塔のように見えました。側面には石を削った階段があって、折れ曲がりながら頂上までずっと続いています。

 その階段を、小柄な少女が昇っていました。黒い衣と赤いお下げ髪を風になびかせ、たくさんの石段に息を弾ませながら、頂上を目ざしています。天空の国の魔法使いのポポロでした。ようやく上へ着くと、ほうっと大きく息をして呼吸を整えます。

 風雨に削られて平らになった頂上の片隅に、一人の少年がいました。片膝を抱えて座り込み、周囲に広がる花野と遠い山々を眺めています。吹く風が、少年の布の服と少し癖のある金髪を揺らしていきます。

 ポポロは少年に近づきながら呼びかけました。

「フルート……」

 少年はすぐに振り向きました。少女のように優しい顔が、ポポロを見て、いっそう優しくほほえみます。

「もうお昼? いつの間にそんなに時間がたってたのかな」

 ううん、とポポロは首を振りました。太陽は次第に高い場所へ昇ってきていましたが、まだ正午には間があったのです。

「ついさっきね、ルルがあたしに話しかけてきたの。もう大丈夫、元気になったわ、って……。治療が終わったみたい。もうすぐ外に出てこられるって言ってたわ」

 少年は、ぱっと顔を輝かせました。空の色の瞳がいっそう明るくなります。

「そうか。ルルの治療にあんまり時間がかかるから、さすがにちょっと心配になっていたんだ。元気になったんだね。良かった」

 安心して喜ぶ声に、ポポロはにっこりしました。この心優しい少年が、彼らのリーダーのフルートです。見た目も口調も本当に穏やかですが、彼は世界を闇から救う金の石の勇者でした。首から下がったペンダントでは、聖守護石という守りの魔石が、金色に輝いています。

 ポポロはフルートの隣に立って話し続けました。

「おじさんが言うには、ルルは心の奥底でまだ闇とつながっていたんですって。ルルは闇の声の戦いのときに魔王になりかけて、デビルドラゴンを拒否して、あたしたちのところへ戻ってきたんだけど、今回闇の国に行ったせいで、以前の闇との回線がまたつながってしまったらしいの。闇の濃い状況になったら、また闇にさらわれるかもしれないから、徹底的に闇を断たなくちゃいけなかったんですって」

「そういえば、闇の国でルルは何度も、闇が濃くて息が詰まりそうだ、って言っていたよね。あの時にもう、闇とのつながりが復活しかけていたのか――。エルフのところに来て、本当に良かった。もうルルを闇に奪われる心配はないね」

 ええ、とポポロはうなずきました。フルートたちがエルフと呼び、ポポロがおじさんと呼んでいるのは、この丘に住む賢者のことです。かつて世界を強い魔力で支配していたエルフ族の末裔(まつえい)で、白い石の丘から一歩も外に出ないのに、世界中のあらゆる出来事とその意味を知っているのでした。

 

 フルートはまた景色へ目を向けました。緑の丘の周囲に、色とりどりの花の絨毯が広がっています。その中にはゼンやメールもいるはずなのですが、背の高い花に隠されていて見当たりません。吹き上がってくる風が、花の香りと草の匂いを運んできます。

 けれども、フルートが見ていたのは、美しい花畑ではありませんでした。遠くにかすむ山脈と、その手前に横たわる黒っぽい大地です。

「あれはミコン山脈。そして、手前に見えるのは湿地帯だ。ポポロならわかるよね?」

 とフルートは話し出しました。ポポロは、その気になれば、どこまででも見通すことができる魔法使いの目を持っているのです。

「あの湿地帯の手前に、闇の神殿が建つ黒い沼があったんだ。怪物が棲む沼で、闇の霧を発生させて、このロムド国中をおおってしまった。それが、ぼくが一番最初に冒険に出た、黒い霧の沼の戦いさ。あれからもうすぐ四年がたつ。闇の神殿も沼も跡形もなく消えて、今はもう一面の花畑になってしまったけど、あそこには確かに闇の遺跡があったし、闇の国に通じる出入口も残されていた。だから、ぼくたちは闇王の魔法で、闇の国からこの場所へ送り返されたんだ」

 ポポロは小首をかしげました。そっと、フルートの話に口をはさみます。

「闇王は、ここを狙ってあたしたちを送り出したわけじゃないだろう、って、おじさんが言っていたわ……。闇の城にあった出口は、その都度、適当な場所につながるようになっていたみたい。それなのに、あたしたちがここに送られてきたのは、あたしたちがここに来る定めになっていたからだ、って……」

「定めか」

 とフルートは言って、抱えた足を引き寄せました。膝の上に顎を載せて、話し続けます。

「定めはいろんなことをしてくるよね。重い役目を背負わせることもあるけど、ぼくたちを助けてくれることもある――。闇の竜を倒すっていうのは、本当に困難なことだけれど、定めがこうして助けてくれるなら、それもきっと可能なことのような気がするな」

 ポポロは思わずまたほほえみました。フルートの声には明るさと強さがあります。金の石の勇者の重い定めに、押しつぶされそうになっているわけではないのです。

 ポポロはフルートに並んで座ると、力を込めて言いました。

「もちろんそうよ。そのために、あたしたちはフルートと一緒にいて、力を合わせて戦っているんですもの。あたしたちが出会ったことだって、やっぱり定めのひとつだったのよ」

 フルートは思わず顔を赤らめました。いつも控えめなポポロの顔が、何故だかいやに強く美しく見えたのです。宝石のような緑の瞳が、きらめきながらフルートの目をのぞき込んできます。

「うん……ありがとう」

 どぎまぎしながらそう答えて、フルートはその場に寝転びました。照れくさくて、ポポロの顔をまともに見ていられなくなったのです。日差しに暖まった石の上に仰向けになって、うぅん、と大きく伸びをしますが、それもやっぱり照れ隠しでした。

 すると、フルートの隣にポポロまでが寝転んできました。黒い袖におおわれた腕を同じように伸ばして、ふふっと笑いかけてきます。

「いいお天気。気持ちいいわね」

 う、うん。フルートは、しどろもどろで答えました。心臓が急に高鳴り始めて、抑えることができません。

 

 空からは本当に気持ちの良い日差しが降っていました。暑すぎることも寒すぎることもない、穏やかな気候です。少女が眠るように目を閉じます。

 その横顔をフルートは固唾(かたず)を呑んで見守っていました。降りそそぐ光に少女の赤い髪が輝き、長いまつげがバラ色の頬に影を落とします。いつもかわいいポポロですが、そうしていると、ひときわかわいらしく見えて、フルートの鼓動はますます速くなりました。ポポロはおとぎ話に出てくる眠れる姫のようでした。姫君は、長い眠りの中で、自分を目覚めさせてくれる王子を待ち続けているのです――。

 フルートは、そっと右手を上げました。ゆっくりとポポロへ伸ばし、輝く髪とバラ色の頬に触れようとします。少女の唇は、誘いかけるように半開きになっています。髪をなで、華奢な体を抱き、そのまま唇を奪ってしまいたくなります。

 けれども、フルートは途中で手を止めました。ためらいながらまた手を伸ばそうとしますが、やっぱりすぐにやめてしまいます。彼女を驚かせて、泣かしてしまいそうだと考えたのです。少女は安心しきって目を閉じていました。その安らかさを壊したくはありません……。

 

 フルートが急に起き上がったので、ポポロは目を開けました。見れば、フルートは立ち上がって、ものも言わずに別の片隅へ歩いていくところでした。石の柱の頂上の、ポポロから一番遠い場所です。

 ポポロは驚き、たちまち涙ぐみました。自分が隣に横になったりしたので、フルートが気分を害したのに違いない、と思い込んだのです。邪魔してごめんなさい、と謝りたいと思いましたが、それもまたフルートにうるさがられそうで、追いかけていくことができません。たった今までの幸せな気分はどこかに吹き飛んで、悲しさでいっぱいになってしまいます。

 けれども、フルートは振り向きませんでした。振り向けなかったのです。もう一度ポポロを見てしまったら、せっかくの決心も忘れて駆け戻り、彼女を抱きしめてしまいます。ここには彼ら以外には誰もいません。一度心のたがが外れてしまったら、それを止めてくれるものは何もないのです。

 石の柱の頂上の端と端に、フルートとポポロはいました。フルートは鼓動を抑えるように腕を組んで背を向け、ポポロは座り込んでうつむいたまま衣の膝に涙を落としています。

 それが二人の心の距離でした。両想いだし、すぐそこに相手がいるのに、遠慮して近づくことができない。そんなじれったい少年と少女でした――。

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