闇の城の玉座の間で、フルートは剣を握って戦っていました。
その後ろには、エスタ城の井戸に続くトンネルが口を開けています。フルートはそこで仲間たちが地上へ脱出するのを見守っていたのですが、背後から怪物の声が聞こえてきたので、また玉座の間に駆け戻ったのです。
闇の怪物は、隠された塔を這い上り、金の扉から入り込んでいました。あまり頭の良くない連中です。願い石を持つフルートを食えば願い石が手に入ると思って、我先に殺到してきます。このままでは、自分を追いかけて怪物たちが地上に出る、と察したフルートは、その場に踏みとどまって出口を守っていました。炎の剣で怪物を倒すのですが、いくら切っても、炎の弾を撃ちだしても、怪物は減るどころか増えていく一方です。金の石の勇者、願い石をよこせ、と繰り返す声が、うねりになって押し寄せてきます。
すると、その背中にぶつかったものがありました。赤いお下げ髪の先が、フルートの視界の端で揺れます。フルートは驚いて振り向きました。
「ポポロ! どうして戻ってきたんだ――!?」
ポポロは大きな目を涙でいっぱいにして、笑うような顔をしていました。
「フルートを一人でなんて戦わせないわ……。あたしはもう魔法は使えないけど、それでも、フルートと一緒に戦うのよ」
そこへ風の音がして、出口からゼンとメールを乗せた風の犬たちも飛び出してきました。フルートたちの頭上を越えて怪物に襲いかかり、風の力で吹き飛ばしてしまいます。
「フルート、この馬鹿! 一人で戦うなって、本当に何度言ったらわかるんだよ!?」
「これだけの敵を一人で倒せるわけないだろ!」
とゼンとメールがフルートを叱ります。
ごめん、とフルートは言いましたが、謝りながら、泣き笑いの顔になっていました。改めて背後にポポロと出口をかばって言います。
「ぼくらがここを離れると、怪物が出口を通ってエスタ城に行く! 絶対に阻止するぞ!」
おう、と仲間たちは戦い始めました。ゼンはポチの上から炎の矢を放ち、メールはルルと飛びながら闇の槍で怪物を突き刺します。フルートはまた迫ってきた敵へ炎の弾を撃ち出しました。その攻撃の激しさに、怪物たちが躊躇(ちゅうちょ)して停まります。
その時、ポポロが声を上げました。
「出口が閉じるわ!」
封印を開く魔法が尽きたのです。壁に空いた穴が音もなく狭まって、また元の黒い魔法陣に戻ってしまいます。
「さぁて、これで地上にこいつらが出ていく心配はなくなったな」
とゼンがふてぶてしく言って、フルートの隣に飛び下りてきました。メールもルルの上からゼンの横に着地します。身軽になったポチとルルが、つむじ風になって怪物を吹き飛ばし、風の刃で切り裂いていきます。
けれども、闇の怪物はまだ増え続けていました。フルートたちや風の犬に躊躇して立ち止まった連中が、後ろから新たに来る怪物に押されて、また前に出てきます。
「金ノ石の勇者ァァ、食わせろォォ!!!」
怪物の声が部屋中に怒濤のように響きます。
「誰が食わせるか!」
「さっさとあっち行きなよ!」
とゼンがまた矢を放ち、メールが槍を繰り出します。ところが、怪物が押し寄せてくる勢いのほうが上でした。矢を槍を食らって倒れても、その屍(しかばね)を越えて、後ろの怪物が出てきます。フルートは歯を食いしばって剣を振り続けました。敵を切り裂いて燃やしても、すぐにまた次の敵が襲ってきます。
ああっ! と突然メールが叫びました。繰り出した槍を怪物の触手に奪われたのです。
「危ない!」
メールに襲いかかった怪物を、ルルが切り裂きます。
フルートは風の犬たちへ炎の弾を撃ち出しました。炎が風に乗って広がり、また怪物を焼きますが、それでも怪物は停まりません。燃えながら、どんどん迫ってきます。フルートたちは後ずさり、ついに壁に突き当たって、それ以上さがれなくなりました。壁には地上へ通じる魔法陣がありますが、闇魔法で封印されているので、ポポロにも、ここにいる他の誰にも、開けることはできません。
「いたァァ、金の石の勇者ダァァ!!」
人の頭に猿の体の怪物が、炎の風を突き抜けてきました。金の鎧兜を着たフルートへ襲いかかります。フルートはまた炎の弾を撃ち出しましたが、敵は燃えませんでした。火に強い怪物だったのです。フルートを捕まえようと、手を伸ばします。
「こんちくしょう!」
ゼンは弓矢を投げ捨てると、猿の怪物に飛びかかって、殴り飛ばしました。すると、そのゼンへ、別の怪物が襲いかかってきました。
「こいつが金ノ石ノ勇者かぁぁ!??」
今度はフルートが怪物を切り倒し、その隙にゼンが飛びのきます。
実際には、戦況はもう決まりつつありました。部屋の中は何千、何万という闇の怪物でいっぱいです。武器を持っているのはフルートだけ、ゼンは素手、少女たちはもう攻撃することができません。風の犬たちが必死で怪物を押し返していましたが、それでも怪物は停まりません。
フルートは歯を食いしばりながら剣をふるい、この状況から抜け出す方法を考え続けました。どんなに考えても、うまい作戦が思いつきません――。
すると、フルートの後ろで、ポポロが急に言いました。
「金の石よ――! フルート、もう金の石が使えるわ!」
フルートも、他の仲間たちも、思わず、あっと声を上げてしまいました。そうです。フルートは今まで、闇の友人たちのために金の石を眠らせていたのです。彼らは今は地上にいます。聖なる光に巻き込む心配はもうありません。
フルートは大急ぎで首の鎖をつかんで、胸当ての中からペンダントを引き出しました。中心で灰色に眠っている石へ呼びかけます。
「金の石! 金の石!!」
とたんに石が金色に変わり、空中に二人の人物が現れました。鮮やかな黄金の髪と瞳の小さな少年と、燃えるような髪とドレスの背の高い女性です。
「本当に、君たちときたらもう。最後の最後まで思い出さないんじゃないかと思って、はらはらしていたぞ」
と金色の少年が言いました。見た目は幼い子どもなのに、大人のような話し方をします。赤い女性がそれにうなずきました。
「まったくだ、守護の。出番のないまま終わるのではないかと、心配してしまった」
心配した、と言いながらも、その美しい顔は表情をまったく浮かべていません。
二人の石の精霊たちに向かって、フルートは言いました。
「頼む! 助けてくれ!」
金の石の精霊は空中で肩をすくめました。願い石の精霊がフルートの隣に舞い下りてきて言います。
「今回は最初から力を貸してやろう、守護の。異存はあるまい?」
「本当なら、まっぴらごめんだ、と言いたいところだが、この闇の国には我慢がならないからな。不本意だが、力を借りてやる。行くぞ、願いの」
「存分に、守護の」
願い石がフルートの肩に手をかけたとたん、どっとすさまじい力がフルートの体に流れ込んできました。それが首にかけたペンダントに伝わり、金の石が燃えるように輝き出します。普段の何十倍、何百倍もの強さで、部屋にひしめく闇の怪物を照らします。
とたんに、闇の怪物が消え始めました。近い場所にいた怪物は一瞬で蒸発し、離れた場所の怪物も体が溶けて消滅してしまいます。
闇の怪物たちは大混乱に陥りました。聖なる光ダ! 逃げろ! と今度は我先に部屋を出ようとしますが、詰めかけた怪物に邪魔されて身動きが取れません。そこへ金の光が降りそそぎ、何千という怪物がまた消えていきます。
「すっげぇ……」
とゼンは思わず感心しました。普段から闇には強い金の石ですが、今回はいつにもまして強く明るく輝いて、怪物を消滅させています。まるで、ずっと活躍できずにいた鬱憤(うっぷん)を晴らしているようです。あれほどいた怪物が、あっという間に部屋からいなくなってしまいます。
ところが、それでも金の石は光るのをやめませんでした。精霊の少年が精霊の女性へ言います。
「このまま闇の城を破壊するぞ、願いの。もう少し力を貸していろ」
「そなたの命令は聞かぬ。だが、私もこの闇の国や城には耐え難く感じている。あのおどろと同じ匂いが漂っているからな。好きにするがいい」
息が合っているのかいないのかわからないような会話の後、金の石はさらに明るく輝きました。あまり輝きが強いので、光を浴びたフルートたちが、顔や手足に痛みを感じたほどです。闇の城の玉座の間が、高熱を浴びたように溶け始めます――。
すると、フルートたちの耳に、急に声が聞こえてきました。
「我が城を破壊してはならぬ、光の勇者! 早く立ち去れ!」
闇王の声でした。同時に、彼らの後ろで魔法陣が黒く輝き、再び出口が開きます。部屋の中に強い風が起こり、少年少女たちと二匹の風の犬を巻き込みました。そのまま壁の出口に吸い込まれていきます。
フルートたちがいなくなると、金の石の精霊や願い石の精霊の姿も消えていきました。誰もいなくなった部屋が、溶けかけた無惨な姿で残ります。
「光は闇の国にあってはならぬな。闇が光を抑え込むのは、容易なことではない」
どこからともなく、闇王のつぶやきがまた聞こえてきて、それきり部屋は静かになりました――。