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第15巻「闇の国の戦い」

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60.出口

 地上へ続く魔法陣が開いた先は、井戸の出口になっていました。セシルとオリバンがのぞき込んでいます。訳がわからなくてフルートたちが混乱していると、オリバンがどなりました。

「全員無事なのだな、フルート!? おまえたちの他に誰かいるのか!? よく見えんぞ!」

「誰なんだ?」

 とキースがフルートに尋ねました。オリバンの迫力ある声に、ゴブリンの双子も不安そうに立ちすくんでいます。

「オリバンです。ロムド国の皇太子の。それから、婚約者のセシル。ぼくたちの友だちです。だけど、どうして――」

 すると、出口の向こうで灯りが掲げられました。トンネルのをのぞき込む人々の顔を、ランプが照らし出します。たくましくて整った顔立ちのオリバンと、男装の麗人のセシル、そして、三人の中年の大人たちです。ランプを掲げているのは、茶色の髪とひげの生真面目そうな男性でした。その横に、金の冠をかぶった恰幅の良い男性と、黄色いドレスを着た痩せた女性がいます。その全部の顔に、フルートたちは見覚えがありました。

「シオン隊長! エスタ王! それに、占神――!?」

 二人の男性は、ロムド国の東隣にあるエスタ国の王と、その近衛隊長でした。女性は、彼らが出発してきたユラサイ国の竜仙郷にいる、大いなる占者です。

 けれども、フルートたちはすぐに、女性が自分の足で立っていることに気がつきました。竜仙郷の占神は生まれつき脚が不自由で、座ったまま立つことができません。ということは――

「ワン、シナだ! 占神の双子の妹の!」

 とポチが言いました。

 ポポロは青くなっていました。三年前、風の犬の戦いのときに、エスタ国でシナのいる刺客集団に襲われて、殺されそうになったことを思い出したのです。その後、シナは改心してエスタ国王のお抱え占者になった、と占神から聞かされていましたが、殺されかけた恐怖というのは、そう簡単には消えなかったのです。

 フルートが人々へ言いました。

「そっちはエスタ国なんですね!? オリバン、セシル、どうしてそこにいるんです!?」

「ユギルの占いだ」

 とオリバンが答えました。笑いを含んだ声です。

「この国で私やセシルが必要にされることが起きる、と言われたのだ。それで、表敬訪問を装って、セシルとエスタに来ていた。まさか、こんなふうに必要にされるとはな」

 すると、セシルも言いました。

「ここはエスタ城の地下だ。我々は闇の国につながっているという井戸をのぞき込んでいる。そこは闇の国なのか? どうしてそんな場所にいる?」

 セシルは、長い金髪のそれは美しい女性なのですが、話す口調はまるっきり男のようです。フルートたちには、本当に懐かしい話し方でした。返事をするより先に、思わず笑顔がこぼれてしまいます。

 

 セシルの隣にいたエスタ国王が口を開きました。

「久しぶりであるな、勇者たち。こちらにはそなたたちの声しか聞こえぬが、元気そうでなによりだ。オリバン殿下と婚約者殿は三日前に我が国に到着したのだが、ここにいる占者のシナが、地下の井戸が開いて彼らの客人が現れる、と予言したので、迎えにまいったのだ。そなたたちが現れるとは思わなんだがな」

「しかし、何故、勇者殿たちが闇の国などに――」

 とシオン隊長も言いました。非常に真面目な人物なので、フルートたちが闇の国にいることに眉をひそめています。

「友だちを助けに来たんです」

 とフルートは答えて、仲間たちに手招きしながらトンネルに入りました。ランプの光が届くところまでフルートたちが行くと、のぞき込む人々が安堵の表情になります。

「なかなか妙な恰好をしておるな、勇者殿。井戸の壁に横に立つとは。実に不思議な眺めだ」

 とエスタ王が言いました。彼らのほうからは、フルートたちはそんなふうに見えるのです。

 ところが、一行の後ろにキースとアリアンとゾとヨが立ったとたん、井戸の外の人々は表情を変えました。エスタ王は仰天して後ずさり、オリバンとセシルとシオン隊長は即座に剣に手をかけます。

「気をつけろ、フルート! 闇の連中だ!」

 とオリバンがどなります。今にも井戸に切り込んできそうな勢いです。

 フルートは、あわてて闇の友人をかばいました。

「違う、オリバン! 前に話したことがあるだろう!? 彼がキースなんだよ! それからアリアンと、このワシはグーリー! 仮面の盗賊団の戦いのときにも、助けに来てくれたじゃないか!」

 む、とオリバン言って、抜きかけた剣を止めました。額に角を生やした黒髪の少女に、確かに見覚えがあったのです。けれども、セシルは剣を抜いて言いました。

「そっちの怪物は!? それはゴブリンだぞ!」

「この子たちはゾとヨ! やっぱり友だちなんだよ!」

 とメールが答えたので、井戸の外の一同はまた仰天しました。

「闇の怪物が友だちですと!?」

 とシオン隊長がわめき出します。

 

 その時、黄色いドレスを着た女性が、さえぎるように言いました。

「悠長に話している暇はないよ、隊長さん。闇の国に通じる出入り口は、あんまり長くは開いていないようだ。早くしないと、勇者の坊ややお嬢ちゃんたちが出てこられなくなるよ」

 女占者のシナですが、黒髪をきっちりと結い上げた細い顔は、竜仙郷の占神に、本当に瓜二つでした。話す口調もどことなく似ています。

 ゼンがどなりました。

「こいつらは、みんな大丈夫なんだよ! こいつらは闇の国を捨ててきたんだ! 地上で俺たちと生きていくつもりなんだよ!」

「お願いよ、オリバン!」

「ワン、信用してください!」

 とルルとポチも言います。

 フルートは、金の冠をかぶった男性を見上げて言いました。

「お願いです、エスタ王。彼らをそちらへ行かせてください」

 ランプが照らす薄暗いトンネルの中、フルートの青い瞳が鮮やかに輝きながら王を見つめます。

 王は真実の錫(しゃく)を握りしめていました。一瞬考えるように黙ってから、静かにオリバンへ言います。

「エスタは彼らの到着の地になれても、永住の地になることはできん。エスタ城に闇のものをかくまうわけにはいかぬからだ。ロムドは彼らを引き受けることができるかな、ロムドの皇太子殿」

 オリバンは井戸の中をまた見ました。フルートが、ゼンとメールとポポロが、ポチとルルが、井戸の中に立ちながら、じっと彼らを見つめていました。信じて懇願するまなざしです。その後ろに、二人の闇の民と二匹の闇の怪物と黒いワシがいます……。

「引き受ける」

 とオリバンは、はっきりと答えました。

「フルートたちは、私たちの大事な友人だ。その友人が友だちだというならば、彼らもまた我々の友人だ。彼らは我がロムド国が責任をもって引き受ける」

 未来のロムド王らしい、堂々たる返事でした。フルートたちが歓声を上げる後ろで、アリアンが嬉し涙をこぼし、ゾとヨが手を取り合います。

「ありがとう、皇太子殿下」

 とキースが感謝すると、オリバンはちょっと笑いました。

「貴殿がキースか。神の都ミコンに行った白の魔法使いと青の魔法使いからも、貴殿の話は聞いていた。貴殿にまた逢いたがっていたぞ」

 一瞬――本当に一瞬、キースも泣き出しそうな顔になりました。

「嬉しいな。ぼくを待ってくれる人が地上にいたなんてね」

 と急いで笑い顔を作り、照れ隠しのように頬をかきます。

 それを見て、セシルも自分の剣を収めました。やれやれ、と肩の力を抜きます。

 

「さあさ、話は彼らが上がってから、ゆっくりおやりよ。もう、闇の国の出入り口は閉じ始めてる。一度閉じたら、彼らはもう二度とここには出てこられなくなるよ」

 と女占者のシナが言ったので、全員はあわて出しました。井戸をのぞき込んでいた人々が一歩下がって呼びかけます。

「早く上がってこい!」

「急ぐのだ、勇者たち」

 まず真っ先にゼンが外へ飛び出しました。トンネルから抜け出すと、たちまち重力の方向が変わって、地面にひっくり返りそうになります。

「うぉっと!」

 ゼンは井戸の縁をつかんで着地すると、同じように飛び出して墜落しかけたメールを受け止めて、どなりました。

「気をつけろ! 出たとたん、向きがわからなくなるなるぞ! ゾ、ヨ、グーリーの背中に乗せてもらえ!」

 ばさばさと井戸の中から羽音がして、二匹のゴブリンを乗せたワシが飛び出してきました。続いて、アリアンを抱いたキースも翼を広げて出てきます。シオン隊長は青ざめ、剣を構えてエスタ王をかばいましたが、オリバンは動じることなく二人を出迎えました。

「ようこそ、地上へ。歓迎する」

 大国の皇太子でありながら、少しも偉ぶらないオリバンです。自分から右手を差し出します。キースもアリアンを下ろして手を出しました。

「こちらこそ、よろしく頼む」

 地上の国と地下の国の二人の王子は、しっかりと手を握り合いました。キースの指に長く鋭い爪があっても、オリバンはまったく気にしません。アリアンがまた涙ぐみ、セシルは黙ってうなずきます。

 

「ポポロ、気をつけなよ」

「ゆっくり来い。受け止めてやる」

 とメールとゼンが、井戸から出ようとするポポロへ話しかけていました。お下げ髪の少女が、おそるおそる井戸の縁へ近づき、そっと顔を出します。それを一緒に受け止めようと、ポチとルルが風の犬に変身して飛び出してきます。

 その時、ポポロはふと、後ろに人の気配がしないことに気がつきました。いつものように、しんがりにはフルートがいるはずなのですが――。

 振り向いて、ポポロは驚きました。フルートがいません。ただ暗いトンネルが闇の中に消えています。

 ポポロは急いで魔法使いの目に切り替え、見えてきた光景に息を呑みました。フルートはトンネルから闇の城の玉座の間に戻っていました。壁に開いた出口の前で炎の剣を構え、襲ってくる闇の怪物を切り倒しているのです。

 玉座の間は闇の怪物でいっぱいでした。隠された塔の中を這い上がり、扉をこじ開けて部屋に入り込んできたのです。よだれを垂らし、闇の触手を伸ばして、願い石を持つフルートを食おうと押し寄せています。

「フルート!!」

 とポポロが悲鳴を上げると、フルートの声が聞こえてきました。

「そのまま外に出るんだ、ポポロ! 出口はぼくが守るから――!」

 闇の怪物が自分を追って地上に出ようとしていることに気づいたフルートは、一人闇の城に駆け戻って、怪物を撃退していたのでした。

「馬鹿野郎、フルート!」

「一人じゃ無理だよ!」

 とゼンとメールが叫びますが、井戸の向こうからもうフルートの声は聞こえませんでした。代わりに、炎の剣が何かを切り捨て、ごうっと炎の弾を撃ち出す音が続けざまに聞こえてきます。

「フルート!!」

 とキースとオリバンが井戸へ駆け寄りました。セシルも駆け出し、アリアンは、グーリー! と呼びかけます。ワシがゾとヨを振り落として、井戸へ飛び戻ろうとします。

 

 ポポロは身をひるがえして、通路を駆け戻っていきました。ゼンとメールも風の犬のポチとルルに乗って、井戸の中へ飛び込みます。

 とたんに、女占者のシナが叫びました。

「離れて! 闇の国との通路が閉じるよ!」

 翼を広げて井戸に飛び込もうとしたキースが、吹き飛ばされて井戸の外に倒れました。井戸の奥から風のように湧き起こってきた力に弾かれてしまったのです。ワシのグーリーも井戸に入り込めなくて舞い上がり、ギアァ、と鳴きます。

「フルート! ゼン! メール! ポポロ――!」

 オリバンは井戸をのぞき込んで呼びましたが、返事はもうありませんでした。風の犬たちがうなる音も聞こえません。井戸の底は闇に沈んでいます。

「馬鹿な……」

 エスタ城の地下室に残された人々は、茫然と井戸を見つめてしまいました。

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