隠された扉の向こうに伸びていたのは、闇の城の秘密の通路でした。灰色の壁と緋色の絨毯が延々と行く手に続いています。灯りは見当たらないのですが、ほの暗い光がどこからともなく差して、通路全体を照らしています。
「隠された塔はこの先だ。その最上階から、出口のある玉座の間に出られる」
とフルートが言って風の犬のポチに乗り、ポポロを引っ張り上げました。火傷を負った脚で走るのは大変だったからです。ゼンとメールも風の犬のルルに乗ります。キースはアリアンやゾとヨが乗るグーリーに戻りました。グーリーが四本脚で走り出すと、風の犬たちがそれに続きます。
通路を進みながら、ゼンが尋ねました。
「出口ってのは、この国に来るときにくぐった入口のようなヤツだな? どこに続いてるんだ? やっぱりユラサイのあの古井戸に出るのか?」
「ううん、それは無理よ。あの入口とは全然別の場所だもの……」
とポポロが答えると、キースも言いました。
「玉座の間の出口がどこに続いているのかは、ぼくも知らないんだ。ぼくは使ったことがないからな。その都度、別の場所に出るんだとも聞いている。王が家来を地上へ送り出すときに使うんだ」
「地上でさえあれば、どこでもいいんだよ。地上はつながっているんだから。――急ごう」
とフルートが言います。闇王は、行け、と彼らを送り出しましたが、フルートはそのことばを完全には信用していませんでした。ここは闇の国で、相手はその国の王です。すぐに約束を反故(ほご)にして、追っ手を差し向けてきそうな気がしたのです。仲間たちと先へ急ぎます。
通路を飛ぶ犬たちの風の音だけが、しばらく続きます。
ところが、そのうちに、ヨが言いました。
「ゾ、何か言ったかヨ?」
「いいや、何も言ってないゾ」
とゾが答えると、ヨは小さな頭をひねりました。
「変だヨ。今誰か、見つけた、って言ったような気がしたんだヨ」
「見つけた? 何をだ」
とキースが尋ねたとき、かすかな声が聞こえてきました。
「見ツ――ケタ――」
地の底から聞こえてくるような声です。全員は、いっせいに、はっとしました。闇の声だと気がついたのです。ポポロが行く手を指します。
「フルート、あれ!」
通路の絨毯から出てくるものがありました。大きな羽根が突き出てきて、ブブブンと羽ばたきます。巨大な蜂かハエのような羽根ですが、続いて姿を表したのは、醜く歪んだ人間の体でした。全身黒い毛でおおわれていて、頭には巨大な丸い目があります。
「ハエ男だ!」
とキースが叫んだ声に、怪物の声が重なりました。
「見ツケタ――金の石の勇者ダ! 願い石を――持ってル!」
一行は息が止まるような衝撃を受けました。願い石を狙う怪物だったのです。床から飛びたつと、まっすぐフルートへ襲いかかってきます。
グェン!
グーリーが飛び出して、ハエ男に襲いかかりまいした。あっという間にたたき落として、かみ殺してしまいます。
ところが、周囲の壁や床からも声が響き始めました。
「金ノ石の勇者だって? ドコだ――?」
「ああ、ホントウだ。あんなにまぶしく光ってイル」
「金の石の勇者ハ、願い石ヲ持っているんだ」
「ソウダ、どんなネガイもひとつだけかなえる石ダ」
「ほしいナァ――」
「ホシイなぁぁ――」
泡立つような声がひとつになって、うねりながら襲いかかってきます。それと同時に、周囲の壁や床、天井から、たくさんの怪物の体が見え始めました。
「全部闇の怪物よ!」
とルルが叫びました。
フルートは思わず鎧の胸当てに手を当てました。自分を敵の目から隠してくれていたユラサイの呪符が、闇王に消滅させられたので、闇の怪物に見つかってしまったのです。
「ワン、ここは闇の怪物の巣だ!」
とポチも言います。怪物は次々に現れてきます。あたり一帯、怪物の体が見えない場所がないくらいです。何千匹、何万匹という数です。
前方の天井から、カエルに似た怪物が飛び下りてきました。よだれを垂らしながら襲いかかってきます。キースが行く手へ手を向けて叫びました。
「どけ!!」
手から魔法が発射されて、カエルを吹き飛ばします。
右の壁からは鳥人が現れました。フルートではなく、ゼンやメールの乗るルルへ襲いかかります。闇の怪物は、金の石の勇者の輝きは見つけるのですが、それが誰から出ているのかを見極められないので、手当たり次第に襲いかかってくるのです。
「こんちくしょう!」
ゼンが矢を放つと、鳥人の翼に命中して火を吹きました。燃えながら落ちて、床から出ようとしていた蛇の怪物を巻き込みます。
「ものすごい数だよ! 早くここを抜けなくちゃ!」
とメールは言って、手にしていた槍を振り回しました。闇のものを即死させる魔力を持つ武器です。虎のような怪物が頭を貫かれて、悲鳴を上げて絶命します。
「もう少しよ――!」
とポポロは叫びました。
「もうちょっとで、塔に出るわ!」
とアリアンも鏡を見て言います。行く手に本当に出口が現れます。取っ手のついた、金の扉です。
「グググ、グーリーには小さいゾ!」
「オレたち、通れないヨ!」
とゴブリンの双子が騒ぎ出しました。金の扉はグリフィンのグーリーの体より、はるかに幅が狭かったのです。
キースがまた魔法を撃ち出しました。扉ごと行く手の壁を吹き飛ばそうとしたのですが、扉は開いても壁は崩れませんでした。出口の前にも怪物が集まってきます。
すると、フルートが言いました。
「キース、アリアンを抱いて飛び下りろ! グーリー、変身するんだ! ワシになれ!」
ギェェェ!
グリフィンが一声鳴きました。その体が急に縮み、ライオンの後ろ半分が消えて、ワシの姿になります。
キースはアリアンを抱いてグーリーの前へ飛び出しました。羽ばたきながら怪物をかわして、開いた出口へ飛び込みます。ゾとヨを乗せたワシのグーリーも、翼をつぼめて出口をくぐり抜けました。フルートたちを乗せた二匹の風の犬が、それに続きます。
出口の向こうは丸い部屋になっていました。隠された塔の一階に出たのです。頭上にはずっと空間が続いていて、周囲の丸い壁に沿って、長い長い螺旋階段があります。
ところが、その塔にも闇の怪物が集まってきていました。闇の触手を伸ばし、舌なめずりをしながら、フルートたちに向かって叫びます。
「金ノ――石ノ――勇者ァァ! 願い石を――ヨコセェェェ――!」
黒い塊のように、怪物たちが襲いかかってきます。
フルートたちは階段を使わずに、まっすぐ頭上へ飛びました。塔の中を上昇すると、空を飛ぶ怪物や、長い触手を持つ怪物が、その後を追いかけてきます。キースはアリアンを抱いて飛んでいるので、魔法が使えません。フルートとゼンが振り向き、炎の弾や矢を放って撃退します。
上へ、上へ、一同は飛び続けました。行く手を見上げ続けていたポポロが、声を上げます。
「着いたわ! 最上階――玉座の間よ!」
螺旋階段の最果てに、また金の扉があったのです。キースがまた叫びました。
「開け!」
扉が開き、空飛ぶ一行を通します。
そこは闇王の玉座の間でした。誰もいない部屋の中に、宝玉をちりばめた椅子があり、その後ろの壁に大きな魔法陣が描かれています。それを見て、ゴブリンの双子が歓声を上げました。
「あったゾ!」
「出口だヨ!」
「急いで出口を開けるんだ! 闇の怪物が追いかけてくるぞ!」
とフルートは言いました。玉座の間の入口の向こうから、闇の怪物の声が聞こえていました。金の石の勇者、願い石をよこせ、と言いながら、塔を這い上ってくるのです。ルルが風の渦になって扉を閉めましたが、声は地鳴りのように聞こえ続けます。
キースは壁の前に舞い下りました。ワシになったグーリーや、風の犬たちも集まります。
「闇の封印だわ……あたしには読み解けない……」
とポポロが言いました。自分たちが闇の国に来たときに、古井戸の底で見た魔法陣に似ているのですが、使われている魔法のことばがまったく違っていたのです。
すると、キースが言いました。
「ぼくが開ける。特別な出口でない限り、開ける呪文はどこも同じだからな。ただ、開いている時間はあまり長くない。みんな、遅れるなよ」
全員がうなずきます。
キースは封印の魔法陣の前で両手を上げ、短い呪文を唱えました。とたんに、魔法陣の線模様の上を光が走りました。魔法陣は闇の色をしていますが、走っていくのは輝くような白い光です。光はやがて魔法陣全体に広がり、白銀の円盤になった中央から、出口が開き始めます――。
出口の向こうは暗いトンネルでした。石積みの壁や床が見えます。何故か完全な円形をしています。
その向こうに、明かりが見えました。トンネルと同じ形の丸い空間に、何人もの人の顔があって、上下左右、様々な方向から頭を突き出しています。その異様な光景に一同はぎょっとしましたが、すぐにゼンが気がつきました。
「この向こうは縦穴の出口だ! たぶん井戸だぞ! 誰かが井戸をのぞき込んでるんだ!」
とたんに、のぞき込んでいた顔のひとつが言いました。
「その声はゼンか!?」
フルートたちは仰天しました。男のような口調ですが、声は紛れもなく女性です。セシル……? と思わず言います。
すると、その隣の顔も呼びかけてきました。
「フルートもメールもポポロも、犬たちもいるな!? みんな無事か!?」
こちらは若い男の声です。勇者の一行にはあまりにも懐かしい、力強い声でした。
「オリバン――!!!」
とフルートたちはいっせいに叫びました。