「ここよ……」
とポポロが言い、アリアンがうなずきました。
勇者の一行とキースとアリアンとグーリーとゾとヨは、闇の城の尖塔に入り込んでいました。通路を行き止まりまで進んで、壁の前に来ています。
「なんにもないね――」
とメールが壁を見て言うと、ゼンが答えました。
「天空城の隠し通路もこんなだったんだよ。外から見たら、ただの壁にしか見えねえけど、ポポロがさわったら壁に扉が出てきたんだ」
「ここは闇の城だから、扉を開けるのはキースだよ」
とフルートに言われて、キースは肩をすくめました。
「そうらしいな。ぼくにはわかるよ。ここには確かに何かがある。非常に強い魔力を感じるからな。きっと扉だろう」
そして、キースはグーリーの背から下りて壁に歩み寄りました。苦笑とも微笑ともつかない、微妙な表情で何もない場所を見てから、片手を伸ばします。キースの手が触れたとたん、そこに黒い光が走り、四角い形を描きました。たちまち扉が現れます。
キースは、はっきりと苦笑しました。
「どうもまいるな……自分が闇の王族だってことを、こうも思い知らされるとね」
自分の頬をかいている指先には、長い爪が生えています。
「ワン、めげることなんかないですよ。役に立つんなら、光の力だろうが闇の力だろうが、なんでもいいんだから」
とポチが言うと、ルルもうなずきました。
「そうよ。力はただの力。その行き先を決めるのは、自分の心だったでしょう」
キースはまた肩をすくめると、勇者の一行を振り向きました。
「君たちがまだ子どもだっていうのは、やっぱり絶対に反則だよ。中身ははるかに大人じゃないか」
「文句なら、俺たちを勇者にしたヤツに言えよ。俺たちだって、好きでこうなったわけじゃねえ。いろいろ経験させられて、鍛えられたんだからな」
とゼンが即座に言い返します。
「キース、扉を開けてくれ」
フルートが言いました。相変わらず、揺らぐことのない強い声です。
キースはもう苦笑しませんでした。改めて扉に手を触れ、ぐっと力を込めます――。
ところが、扉は開きませんでした。キースは扉に両手を当てて押してみました。やはり動きません。ゼンがルルから飛び下りて一緒に押しましたが、それでも扉はびくともしませんでした。
「魔法で閉じられている」
とキースが言ったとき、彼らの後ろから声がしました。
「その先は城中の重要な場所へ直結している。王以外の者に開けられるはずがなかろう」
いつの間に来ていたのか、闇王がそこに立っていました。黒テンのマントに金の冠、二本のねじれ角の下の顔は、キースに本当によく似ています。
フルートは床に飛び下りました。火傷をした脚はまだ痛みますが、こらえて剣を構え、闇王へ言います。
「ぼくたちは闇の城にも闇の国にも手を出すつもりはない! ここを開けて、ぼくたちを地上へ帰せ!」
そのすぐ後ろに、ゼンとメールが立ちました。それぞれに、炎の矢や、グランダー将軍から奪った槍を構えています。さらにその隣に風の犬のポチとルルが――。闇の友人たちを守る陣営です。
それを見て、闇王は言いました。
「本気でキースたちを救おうというのか。彼らは闇のもの。おまえたち光の戦士とは、相容れない存在のはずだぞ」
「彼らは友だちだ。友だちには、光も闇も関係ない!」
とフルートは言い返しました。友人たちを守って構えているのは、炎の剣です。闇王がキースたちを奪い返そうとしたら、遠慮なく切りつけるつもりでした。
すると、闇王は興味深そうにフルートを眺めて、こんなことを言い出しました。
「おまえは光の戦士だから、公平に誰もを救うと言うのか? たとえ闇の民であっても? それが金の石の勇者なのか?」
光と闇の関係に強い興味を抱いている闇王です。光の勇者のフルートに好奇心をそそられたのでした。
フルートは答えました。
「金の石の勇者だから助けるわけじゃない。助けたいから助けるんだ」
「だが、おまえはこの世界をデビルドラゴンから守る役目を負っているのであろう? そのために、身の内に願い石を持っていると聞いている。おまえは何を望んでいるのだ、金の石の勇者? 世界中の人々を守ることか? だが、それでは何故、デビルドラゴンはまだ消滅していないのだ? おまえが願い石を手に入れてから、もうずいぶんたつはずなのに、まだそれを使わずにいるのは何故だ? 願い石は、使った者を破滅させる魔石だ。おまえは本当は、世界より自分自身を守りたいのではないのか?」
闇王はフルートを糾弾しているのではありませんでした。本当に、ただ疑問に思っているのです。
「違う!」
とフルートは青ざめて叫び、そのまま唇をかみました。じっと、遠く何かを見据える目をします。
とたんに、後ろからポポロが飛び出してきました。
「だめよ、フルート! だめ!」
とフルートの背中に飛びついて抱きしめます。願い石の誘惑と葛藤が、フルートから去りました。
フルートはちょっと顔を赤らめると、闇王に向かって言い返しました。
「ぼくは自分の命が惜しくて願わないわけじゃない。願い石を使わずに闇の竜を倒す方法を探しているんだ。世界をあいつから守って、ぼくの大好きな人たちと一緒に生きていくためにね――」
ポポロと同じようにフルートに飛びつこうとしていた仲間たちは、それを聞いて、にやりと笑いました。
「よぉし、上出来」
とゼンが言います。
けれども、闇の国に生まれ育ち、人を好きになるという感情を経験したことがない闇王には、フルートのことばは理解できませんでした。首をひねってから、また尋ねてきます。
「自分を破滅させずにデビルドラゴンを倒す方法を探しているというのか? やはり命が惜しいのではないか。それを何故そんな言い方をする? それでもあくまでも世界は守るつもりでいるのだな? 何故そこまで想う? 守る理由が金の石の勇者だからではないのだとしたら、何がおまえにそれほど強く命じるのだ?」
疑問を重ねる闇王に、フルートは答えました。
「誰も命令なんかしていない。ぼくはただ、ぼくがやりたいからそうするんだ。願い石を使わずにデビルドラゴンを倒すこと。ぼくの好きな人たちが住むこの世界を守ること。そして、みんなと一緒に生きていくこと――。それがぼくの本当の願いなんだ」
「そこに闇の王子のキースも含まれるというわけか?」
「そうだ」
フルートの答えに迷いはありません。
すると、闇王はまた考える顔になりました。不思議そうに言います。
「何故だ? 光はいつも闇を滅ぼそうとするではないか。それなのに、何故闇を守る? おまえは、この闇の国までデビルドラゴンから守ろうというのか?」
思いがけない質問に、フルートは、はっとしました。もちろん、闇の国を守っているつもりなどありません。けれども、世界をデビルドラゴンから守れば、結果として、同じ世界にある闇の国も守ることになります。おまえは闇まで守るつもりなのか、と闇王は尋ねているのです。
ここに来てから見聞きした闇の国の様子が、フルートの脳裏に一気によみがえってきました。どんなに寛大な心を持っていても、とても許せる国ではありません。この国だけは守りたくない、闇の国なんか滅んでなくなってしまえ! と言いたくなります。
ですが――
フルートは溜息のような息を吐きました。
「ぼくはこの国のやり方は絶対に好きになれない。他人を不幸にして自分だけが幸せになろうとするなんて、絶対に間違っている。その生き方は闇そのものだ。だけど、その闇の中からも、光の中で生きようとする者が出てくるなら――この国からこれからも、キースやアリアンやゾやヨやグーリーや……ロキのように、ぼくたちと一緒に生きたいと願う者が生まれてくるなら、ぼくはこの国のためにも戦う。その人たちのために、ぼくたちはデビルドラゴンを倒すんだ!」
金の石の勇者の少年は闇王をまっすぐ見て立っていました。小柄な体に大きな剣を構え、仲間と共に、闇の友人たちを守り続けています。
そんな勇者たちを、闇王は、いっそう興味深く眺めました。
「面白いな。実に面白い……。光の名の下に我々闇を滅ぼそうとした者には、数え切れないほど出会ったが、おまえたちは、光にありながら闇と共に生きようと言う。それが本当にできると思っているのか?」
「思っているよ」
とフルートはまた答えました。思い込んだら決して変わらない、あの強い口調です。
闇王はゆっくりと微笑を浮かべました。
「では、おまえたちが本当にデビルドラゴンを倒せるかどうか、私はこの闇の国から眺めるとしよう。かの竜がこの世界に復活すれば、我々闇の民はそれに従う。その時には、おまえたちと敵同士となるかもしれぬがな」
と闇王は言って、手を上げました。とたんに、彼らの後ろで壁の扉が開き、隠された通路が現れます――。
とまどう一行に、闇王は言いました。
「行け、勇者たち。地上に戻って、おまえたちに何ができるかをやって見せよ」
フルートは闇王を見ました。空の色の瞳と血の色の瞳。決して相容れない二つの色が、一瞬見つめ合い、そして離れます。
フルートは入口を開けた扉を振り向き、仲間たちに呼びかけました。
「行くぞ! 急げ!」
おう、と仲間たちは次々と入口へ飛び込んでいきました。ゼンを先頭に、メール、ポポロ、二匹の風の犬たち、アリアンとゴブリンの双子を乗せたグーリーと続き、しんがりがキースとフルートになります。
すると、闇王がまた言いました。
「おまえは闇だ。地上の人間は闇を忌み嫌う。人間は果たしておまえを受け入れるかな、キース」
キースは父親を鋭く振り向きました。怒りを込めて答えます。
「受け入れてもらうさ。それがだめでも、ぼくたちはもう二度とこの国には戻らない」
それは決別のことばでした。王へ背を向け、フルートと一緒に、通路の中へと飛び込んでいきます。
扉が音もなく閉じ、再び一面の壁にもどりました。どこに入口があったのか、まったくわからなくなります。
そこへ羽音と共に親衛隊が押し寄せてきました。先頭のグランダー将軍が、闇王を見て叫びます。
「何故塔の入口をふさいでおられたのです、王よ!? 金の石の勇者どもはどこです!?」
「彼らは地上へ向かった」
と闇王は答え、驚く将軍や親衛隊員に言いました。
「やらせてみるのだ、彼らに。フノラスドを奪われて、この国をデビルドラゴンから守るものがなくなった。彼らがデビルドラゴンを倒すならば、それは我々にとっても好都合なのだ」
親衛隊員はそれでも腑(ふ)に落ちない顔をしていましたが、将軍はすぐに納得しました。御意、と王へ頭を下げます。
すると、闇王は赤い瞳を上向けて、つぶやくように言いたしました。
「もっとも、彼らが無事、地上へたどり着くことができたなら、だがな」
暗い笑みが、王の顔を彩りました――。