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第15巻「闇の国の戦い」

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57.逃亡

 ランジュールがフノラスドと消えていくと、部屋の中が急に広くなったように感じられました。シュウシュウとずっと聞こえていた蛇の息づかいも、もう聞こえてきません。部屋に残された一同は、あっけにとられてしまいました。誰も何も言えません。

 

 ただ、ポポロだけは周囲に気をつけていました。フルートに後ろから腕を回し、身を乗り出してささやきます。

「闇王はこっちを見ていないわ。今のうちに脱出しましょう……」

 フルートは我に返ると、仲間たちへ合図を送りました。行くぞ、と指で示して、そっと部屋から抜け出そうとします。

 ところが、グランダー将軍がそれに気づきました。

「逃がさんぞ、金の石の勇者!」

 と叫んで飛び出します。闇王もすぐに彼らへ手を向けてきました。フルートたちがフノラスドを奪ったとでもいうような、怒りに充ちた顔です。

 すると、風の犬のルルの上で、ゼンとメールが素早く場所を交代しました。ゼンが後ろ向きで弓を構え、きりきりと矢を引き絞って放ちます。グランダー将軍が剣で矢を切り払うと、とたんに矢が火を吹きました。ユラサイの呪符を巻き付けた炎の矢だったのです。矢は次々に飛んできます。将軍が自分の前に障壁を張ると、ぶつかった矢が炎に変わって空中で燃え上がり、それが闇王と彼らの間をさえぎります。

「どけ、グランダー将軍!」

 と闇王は言って、上昇しました。高い場所からフルートたちを攻撃しようとしますが、そこにもまた炎の矢が飛んできました。闇王が攻撃魔法を防御魔法に替えて、矢を防ぎます。

 

 その間に一行は崩れた天井から外へ逃げ出しました。フノラスドの部屋は、城が建つ山の地下に作られていたので、山の中腹に飛び出します。城の尖塔や建物が、急斜面の上に見えています。

 そこを目ざして飛びながら、ルルが尋ねました。

「この先どうやって進めばいいの!? どうやったらここから脱出できるのよ!?」

 先ほどの脱出ルートの話し合いに、ルルたちは加わっていなかったのです。

 ポチが並んで飛びながら答えました。

「ワン、闇の国から脱出する出口は、城の最上階の玉座の間にあるんだ。ポポロが、そこに通じる隠し通路の場所を覚えてた。道案内はアリアンがしてくれるよ」

 そのことば通り、アリアンを乗せたグーリーは先頭を飛んでいました。吹き飛ばされないようにゾとヨが支えている鏡を、アリアンが見つめて言います。

「このまま私たちについてきて! 王の魔法攻撃を食らわないようにするわ!」

 グェン!

 グーリーが緊張した鳴き声を上げました。行く手に岩の壁がせり上がってくるのが見えたのです。侵入者を防ぐための、城の防御システムでした。

「避けろ!」

 とフルートが叫び、グリフィンや風の犬たちが急上昇しますが、その行く手でも岩壁がせり上がっていました。先の壁より高くそびえます。越えようとすれば、上空をおおう闇王の呪いの魔法に捕まって、稲妻に撃ち落とされてしまいます。迫ってくる壁にメールが悲鳴を上げます。

 すると、グーリーの背中でキースが身を乗り出しました。片手を突き出し、壁を見据えて言います。

「王族の通過だ! 道を開けろ!」

 とたんに岩壁が行く手から消えました。グーリーもポチもルルも、すんなりと通過して、さらに頂上へと飛びます。

 驚いて見つめるフルートたちに、キースはちょっと肩をすくめ返しました。

「だから、ぼくはこれでも王子なんだったら。城にぼくを止めることはできないのさ」

 と言って、頬をかきます――。

 

 その時、ポポロが後ろを振り向いて言いました。

「追っ手がきたわ! 将軍と親衛隊よ!」

 この闇の国で、ポポロの魔法使いの目はあまり役に立ちません。国中にたちこめる濃い闇に、視界をさえぎられてしまうのですが、それでも近い場所ならばなんとか見通すことができました。その力で後ろを見張りながら言い続けます。

「フノラスドがいなくなったから、親衛隊員が戻ってきたのよ! 数は――百人以上よ!」

「大丈夫。ついてきて、こっちよ」

 とアリアンが鏡で前方を見ながら言いました。グーリーがいっそう強く羽ばたき、ついに頂上に飛び出します。続いて頂上に出たフルートたちへ、アリアンは指さして見せました。

「あそこへ。あの間を通り抜けて!」

 それは低い塔がいくつも建ち並んだ場所でした。一同はためらうことなく、そこへ飛び込み、塔の間をくぐり抜けていきました。通り過ぎていく塔は、古びた石でできていて、窓や入口はどこにもありません。ここは……とキースがつぶやきます。

 そこへ、背後に空飛ぶ集団が現れました。親衛隊員が追いついてきたのです。ドルガやトアは手に手に魔法の武器を構えていました。逃げる一行を見つけると、いっせいに攻撃しようとします。

 すると、先頭のグランダー将軍がそれを止めました。

「待て! あそこは幽閉の獄だ! 攻撃してはならん!」

 親衛隊員が、はっとしたように手を止めます。

 

 その様子をゼンが見ていました。

「連中、攻撃をためらったぞ。どうしたんだ?」

 と首をひねると、キースが答えました。

「ここが王子や王女を幽閉している牢獄だからだよ――。この塔の一つ一つが結界になっていて、その中にぼくのきょうだいたちが閉じこめられている。魔力も野心も強い、本物の王族さ。外に出れば、すぐに闇王を倒して、自分が王にのし上がろうとする。牢獄が壊れて連中が出てくるかもしれないから、攻撃できないわけだ。――賢いね、アリアン」

 キースにほめられて、黒髪の少女は思わず顔を赤らめました。

「私たちはこんなふうにして、ずっと追っ手から逃げてきたから……」

 とだけ答えます。

 

「ねえさぁ、この先あたいたちはどこに行くわけ!?」

 とメールが尋ねてきました。ポポロがそれに答えます。

「中庭に面した尖塔よ……。そこの黒い鉄の門をくぐって、通路を行き止まりまで進むと、隠された扉と通路があるの。この城が天空城とそっくりに造ってあったら、その入口や通路も、きっとあるはずなのよ」

 言いながら、ポポロは急に不安になっていました。自分たちが今通過している牢獄の塔は、天空城の中にはないものでした。美しい花が咲き乱れ、鏡の泉と呼ばれる池がある庭園が、ここでは王族を幽閉する場所になっているのです。城自体も、天空城は光り輝く金と銀ですが、こちらの城は黒と金です。よく似ていても、まったく同じというわけではないのです。隠し通路や隠された塔は、本当にあるのかしら、と考えると、心配で泣きたくなってしまいます。

 やがて、牢獄の塔を抜けた一行は、建物の密集した場所に飛び込みました。グーリーを先頭に、建物の間の細い隙間を通り抜けていきます。

 後に続いて飛び込んだグランダー将軍と親衛隊は、すぐに大きく遅れ始めました。フルートたちは右へ左へと大きく向きを変えながら飛んでいます。それを追っていくと、すぐに建物や曲がり角に突き当たって、隊列が混乱してしまうのです。

「速度を落とせ! 前をよく見て飛べ!」

 とグランダー将軍がどなり、追っ手はいっそう遅くなります。

 

「見えたゾ! 中庭の尖塔だゾ!」

 とゾがアリアンの鏡を見ながら声を上げました。

「黒い門がついているヨ! 本当にあったヨ!」

 とヨも言います。

 一行がまた建物の間をすり抜け、右へ曲がると、行く手に鏡と同じ建物が見えてきました。正面に黒い門がある石の塔です。見張りはいませんが、分厚い扉がぴったりと閉じられています。

「こじ開けなよ、ゼン」

 とメールが言い、よし、とゼンが行く手に向き直ると、その下からルルが言いました。

「あれはただの鉄の門でしょう? それなら私がやるわ。つかまっていて」

 ひゅっと音を立ててルルは先頭に飛び出しました。ゼンとメールを乗せたまま塔へ突進していって、門の前でいきなり向きを変えます。とたんに風の音がまた鋭く響き、鉄の門に斜めの白い筋が走りました。筋の上と下で黒い扉がずれ、音を立てながら滑り落ちていきます――。

 真っ二つになった扉が地響きを立てて地面に倒れました。ぽっかりと口を開けた入口へ、グーリー、ポチ、ルルが飛び込みます。その先に石造りの通路が伸びていました。大きなグーリーが翼を広げる幅はなかったので、グーリーは地面に下り立って、四本の脚で駆け出します。

 通路の壁では、魔法の松明が燃えていました。通路に面して、いくつもの部屋があります。それは、三年前、フルートとゼンとポポロとポチが、魔王に呪われた天空城で見た光景とそっくりでした。その中をポチに乗って飛びながら、ポポロはいつの間にかつぶやいていました。

「お願い……お願いよ、あって……」

 隠れた塔に続く隠された入口。それが行く手に本当にあるのかどうか、彼女の魔法使いの目でも見極めることはできません。

 すると、フルートが後ろへ手を伸ばてし、ポポロの手をぎゅっと握りしめました。行く手を見つめたまま言います。

「大丈夫だ。ここから脱出する扉は、必ずあるよ」

 強く信じて揺らがない声です。今にも泣き出しそうになっていたポポロは、涙をこらえて、うん、とうなずきました。

 

 行く手に壁が現れました。通路はそこで行き止まりでした。

 石を積み上げて造った一面の壁の前で、一同は立ち止まりました――。

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