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第15巻「闇の国の戦い」

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56.横取り

 天井や壁が崩れ、山の中腹にむき出しになった部屋から、フルートたちは外へ脱出していました。空に渦巻く雲からは、今にも魔法の稲妻が降ってきそうです。頂上に建つ城の間に逃げ込もうとしたとき、声が聞こえてきました。

「オマエハ約束ヲ守ラナカッタ。契約ダ。我ハ闇王ヲ食ウ――」

 フノラスドの声でした。風の犬たちもグリフィンも、思わず空中で停まってしまいました。壊れた部屋を振り向くと、中央で巨大な蛇が闇王と向き合っていました。内にフノラスドを宿したヤマタノオロチです。八つの口をいっせいに闇王へ開きます。

「ワン、闇王がフノラスドに食われる!」

 とポチが叫びました。そうです。それが、フノラスドと闇王との契約でした。生贄に捧げられるのは、百人の人か闇王自身。フノラスドは、その取り決めの下に闇の国に生まれてきた、闇の竜の複製だったのです。

 闇王がフノラスドへ立て続けに魔法を撃ち出しました。炎、稲妻、嵐、爆発――闇王の魔法に部屋や城は大揺れに揺れますが、フノラスドになった蛇はびくともしません。八本の首がくねりながら闇王に迫っていきます。闇王は姿を消して蛇をかわそうとしました。闇の国で移動の魔法を使うことができるのは、闇王だけです。空間を飛び越え、蛇の届かない場所にまた出ようとします。

 ところが、闇王はその場から移動することができませんでした。魔法がことごとくフノラスドにかき消されてしまうのです。闇王が青ざめます。

 鎌首が闇王に届きそうになるのを見て、フルートはポチの上から身を乗り出しました。闇王を助けに飛び下りようとすると、ポポロが後ろから飛びついて止めました。

「だめ、フルート! 無理よ!」

 蛇の頭が牙をむき、闇王を一口で呑み込もうとします――。

 

 ところがその時、蛇のすぐ前に人が現れました。フノラスドが、闇王ではなく、その人物を呑み込みます。

 上空のフルートたちは目を丸くしました。闇王の代わりに食われた人物は、赤い長い上着を着て、半ば透き通った姿をしていました。

「ちょっと――あれ、またランジュールだったわよ!?」

 とルルが声を上げました。ポチも驚いて言います。

「ワン、ランジュールがフノラスドに食われた! 幽霊なのに!」

 その隙に、闇王はフノラスドから離れました。グランダー将軍が駆けつけてきて、王に尋ねます。

「今の男は何者ですか? 普通の人間には見えませんでしたが」

「フノラスドの体の飼い主だった幽霊だ。だが、幽霊ではフノラスドは――」

 ヤマタノオロチの姿のフノラスドは、ランジュールを呑み込んだ後、動きを停めていました。とまどったように首を伸ばして直立しています。確かに生贄を呑み込んだはずなのに、咽を通っていく獲物の感触がしなかったからです。ヒャク、と数を唱える声は響きません。

 すると、ランジュールを食った頭の上に、すうっと幽霊の青年が姿を現しました。空から見下ろすフルートたちに向かって、にこにこしながら手を振って見せます。

「はぁい、勇者くんたちぃ。びっくりしたぁ? 心配させてごめんねぇ。ボクは幽霊だから、食われたってなんでもなかったんだよぉ」

「誰が心配するか、馬鹿野郎! てめえが何度も闇王を助ける理由がわからなくて、あっけにとられてるだけだろうが!」

 とゼンがどなり返します。

 ランジュールは、うふん、と笑いました。

「助けたぁ? だから、それは誤解だってばさぁ。ボクは闇王と手を組んだりしてないんだからぁ。そうじゃなくてね、フーちゃんに、百人目を食べさせたくなかっただけなんだよぉ」

 青年の糸のように細い目が、きらっと光りました。とぼけた顔で残酷なことを考えている証拠です。

「フーちゃんは、生贄を百人食べちゃうと、眠っちゃうもんねぇ。ま、百人食べなくても、闇王を食べれば寝ちゃうけどさぁ。惜しいと思わない? こぉんなに強い魔獣なのに。しかも、ボクのはっちゃんと合体して、もっと強く大きくなったってのにさぁ。ダメダメ、こんなすごい魔獣を眠らせたら、絶対にもったいないよぉ。強い魔獣には大活躍してもらわなくちゃね。そう――ボクの命令の下でさぁ」

 

 ランジュールの笑顔の中で、細い目が鋭く光り続けていました。フノラスドの頭の上に立ち、片手を頭に押し当てると、声高く呼びかけます。

「フーちゃん、礼ぃ!!」

 とたんに、フノラスドがお辞儀をするように八つの頭を下げたので、一同は驚きました。闇王の命令しか聞かないはずの怪物が、ランジュールの命令に従ったのです。

「おのれ。私との契約が一時的にとぎれた隙を狙って、フノラスドを奪ったな!」

 と闇王が言いました。その手はもうランジュールに向かって魔法を撃ち出しています。

「フーちゃん!」

 とランジュールが叫ぶと、怪物がまた鎌首を動かしました。飛んでくる魔法の弾を呑み込み、すぐに口から吐き出して闇王へ返します。あわてて飛びのいた闇王とグランダー将軍の後ろで魔法が破裂して、山肌を利用した壁がまた崩れます。

 うふふふふふ……とランジュールは笑い続けました。

「すごいすごい、すごいよぉ、フーちゃん! 大きいし、力は強いし、魔法も返せる。最強の魔獣だよねぇ! これなら、勇者くんたちをみごとに殺してあげられそうだなぁ」

 空の一同は、はっとしました。即座にフルートの回りに集まって身構えます。ポポロは泣きそうな顔で自分の手を握りしめていました。彼女は二度目の魔法ももう使ってしまっていました。どんなにフルートが危険な状況になっても、それを防ぐ手段がないのです。

 

 すると、闇王がまた言いました。

「フノラスドよ! おまえはまだ私との契約の下にある! 私の下へ戻れ! 百人目の生贄をおまえに与える!」

 隣にいたグラインダー将軍が、ちらりと闇王を見ました。その百人目は自分だろうか、と疑ったのですが、賢明にも、ルー将軍のように王を裏切ることはしませんでした。そんなことをすれば、反逆罪で確実に百人目にされるとわかっていたからです。

 フノラスドが頭を大きく動かしました。闇王のほうへ向かおうとして、立ち止まり、また後ろへ下がります。

「フノラスドがとまどっている」

 とキースが言いました。怪物は、闇王とランジュールの、どちらが自分の主人か迷い始めたのです。

「フーちゃん、しっかり! キミの飼い主はボクだよぉ!」

 とランジュールが呼びかけましたが、フノラスドの頭の動きはますます大きくなり、しまいに、ランジュールを振り落としてしまいました。おっとっと、と空中に浮かんだ青年を示して、闇王がまた言います。

「その幽霊を追い払え! フノラスドが従うのは闇王だけだ! 墓場の人魂(ひとだま)ごときに従うな!」

 とたんに、ランジュールは顔を引きつらせました。少しの間黙ってから、にたりとすさまじい顔で笑って闇王に言います。

「墓場の人魂って、ひょっとして、ボクのことぉ? 失礼しちゃう、ボクはそんな安っぽい霊じゃないよぉ――。おいで、フーちゃん。ボクを侮辱した闇王サマとこのお城を、徹底的に壊しちゃおう! ついでに、闇の国も全部破壊して、闇の民は皆殺しぃ! フーちゃんなら、そんなことだってできるもんね。ボクたちの力を、闇の国中に見せてやろうよぉ。うふ、うふふ、うふふふふふ……」

 声は楽しげでも、言っていることは限りなく物騒です。そのことばにつられるように、フノラスドがランジュールを見ました。魔獣使いの幽霊は、怪物へ指を突きつけ、すぐに指先を闇王へ向けました。

「行け、フーちゃん! まずは闇王と、家来の将軍からぁ!」

 すると、ランジュールの命令通り、フノラスドが闇王とグランダー将軍へ向きを変えました。八つの鎌首を前に向けて突進を始めます。闇王が、停まれ! と命じても従いません――。

 

 その時、フルートが言いました。

「君に闇の国の破壊はできないよ、ランジュール」

 いつの間にか、ポチやポポロと一緒に、ランジュールのすぐ近くまで降りてきていたのです。

 ランジュールは、横目で少年をにらみ返しました。

「それってどういうことぉ、勇者くん? ボクのフーちゃんは世界最強なんだよぉ。闇王サマだって、とてもかなわないんだから」

「だから、無理だと言っているんだよ」

 とフルートは答えました。意外なほど落ち着いた声です。

「フノラスドはもう九十九人の生贄を食べている。闇王まで食べれば、また眠ってしまうんだ。その後、闇の国を破壊することなんて、できるはずがないだろう」

 ランジュールは驚いた顔になると、すぐにフノラスドを見ました。フノラスドは、後ずさる闇王やグランダー将軍を追いかけていました。闇王たちが浴びせてくる魔法をことごとく跳ね返して、部屋の壁まで追い詰めていきます。

 ランジュールは口を尖らせると、ふん、と言いました。

「言ってくれるねぇ、勇者くん。キミって、こういうところは変に冷静なんだからさぁ。確かに、フーちゃんは百人目を食べちゃうかもね。食べないで殺せ、って命令したって、うっかり呑み込んじゃうってことだってあるかもしれないしねぇ……」

 一瞬考え込んでから、ランジュールはまた声を上げました。

「攻撃やめぇ、フーちゃん! 闇王も闇の国も、とりあえず今はこのままぁ!」

 フノラスドはすぐに命令に従いました。八つの頭の向きを変えて、空中に浮かぶランジュールの下へ戻ってきます。

 

 ランジュールはフルートに向かって、うふふ、と笑って見せました。

「命拾いしたねぇ、勇者くん。ホントは、闇王たちを殺したら、次はキミを殺してあげようと思っていたんだよぉ。でも、もうちょっとフーちゃんがお腹をすかせてから襲いに来るほうが良さそうだよね。今回は、とびきり強い魔獣を手に入れただけで、我慢することにするよぉ。じゃあ、またねぇ、勇者くん。そのうち行くから、って皇太子くんにも伝えておいてねぇ。うふ、うふふふ……」

 女のような笑い声と共に、ランジュールの姿が消えました。黒いヤマタノオロチの姿のフノラスドも、一緒に見えなくなっていきます。

 部屋の中が、急にがらんと広くなりました――。

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