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第15巻「闇の国の戦い」

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54.フノラスド

 ヤマタノオロチの頭が変身したポポロが、フノラスドを一刀両断にしていく様子を、フルートは目眩(めまい)さえ覚えながら眺めていました。怪物のように巨大なポポロですが、それでも、そのかわいらしい顔や華奢な体つきはそっくりそのままです。

「あんなでかいポポロ、いくらフルートでも本物とは思わないゾ」

「そうだヨ。あんなのにフルートが負けるわけはないヨ」

 グーリーの背中で、ゴブリンのゾとヨがあきれて話し合っていると、キースが言いました。

「いや、そうとばかりも言えないだろう。いくら偽物だとわかっていたって、自分の恋人と同じ恰好の敵には切りつけにくい。一瞬ためらえばそこに隙ができるから、他の蛇たちに捕まるし、攻撃も食らいやすくなる。フルートの弱点をよく知っているよ」

 その声を空中のランジュールが聞きつけました。うふふっ、と笑って言います。

「ほめてくれてどうもぉ、闇の王子サマ。キミにその角や翼がなかったら、キミもぼくの愛しい人に入れてあげて、勇者くんや皇太子くんと一緒に殺してあげるんだけどねぇ。少ぉし、ボクの美学には当てはまんなかったんだなぁ。ごめんねぇ」

 思わず眉をひそめたキースの隣で、馬鹿言え! とゼンがわめきましたが、ランジュールは平気です。床に倒れて崩れていくフノラスドを、期待する目で眺めます。

「さあ、これでどうかな? フーちゃんはまた立ち上がるかなぁ? それとも――」

 

 二つの腐った肉の塊になったフノラスドは、もう身動きをしませんでした。火を吹いて燃え上がることもしません。怪物を切り裂いた剣は、見た目が炎の剣に似ていただけで、火の魔力はなかったのです。切り口からにごった血のような液体が流れ出しています。

 すると、その奥で何かが、ざっと動きました。影か黒い水のようなものが、二つに分かれた怪物の体を行ったり来たりしています。

「なんだ?」

 目を丸くするゼンの下で、風の犬のルルがいきなりふくれあがりました。風の毛並みが逆立っています。

「やだ、あれって……!」

 フルートの後ろで涙ぐんでいたポポロも、急に青ざめて声を上げました。

「みんな、早く集まって! あれは――あの影は――!」

 フルートとポポロを乗せたポチ、ゼンとメールを乗せたルル、アリアンとゴブリンの双子を乗せたグーリー、そして翼で飛ぶキース。全員が空中の一箇所に集合した瞬間、フノラスドの体の奥から黒い光がほとばしりました。光はそのまま周囲に突き刺さって、壁や床を崩していきます。ヤマタノオロチへ飛んだ光は、白い蛇の頭が呑み込みましたが、足元が崩れました。床石が、がらがらと音をたてて落ちていきます。フノラスドの体も、一緒です。

 すると、黒い影がふわりとフノラスドから離れました。豚の怪物は地下の空間に呑み込まれていきますが、影は空中に留まり続けます。長い体で壁に絡みついて墜落をまぬがれたヤマタノオロチが、影に向かっていっせいにシャァァァと威嚇音を立てます。ポポロに変身していた頭も、また金の蛇に戻って牙をむきます。

 フルートたちは、キースがとっさに張ってくれた障壁のおかげで、黒い光から無事でいました。空中にもやもやと集まる影を見つめ続けます。体の奥底から湧き上がってくる恐怖を、どうしても抑えることができません。

 黒い影が動いて、形を変えていきます。長い首、太い体、短い四肢――影は、黒い竜の姿に変わっていました。その背中に、四枚の翼が広がります。

「デビルドラゴン!!!」

 とフルートたちは声を上げました。フノラスドから抜け出した影は、四枚翼の竜の形になったのです。

 

 けれども、すぐにポチが気がつきました。

「ワン、違いますよ! あれはデビルドラゴンじゃない。形が違うじゃないですか!」

 ポチの言うとおりでした。目の前にいる影の竜は、デビルドラゴンより首が短く、体つきがずんぐりしていました。背中の羽根も、まるでひな鳥のように短くて頼りない様子をしています。

「でも――ものすごい闇の気配よ! 息が詰まりそう――」

 ルルが身震いしながら言いました。本当に苦しそうに顔を歪めているので、ポチがあわてて寄り添って支えます。

 フルートは眉をひそめ、竜を見据えてつぶやきました。

「竜の宝……か? あれが、そうなのか……?」

 デビルドラゴンが自分の力を分け与えたというのが、竜の宝です。デビルドラゴンから分かれたものならば、姿形が似ているのも当然のような気がします。

 すると、空中のランジュールが歓声を上げました。

「やっほぉ! やっと姿を現したねぇ、フーちゃん! そぉっかぁ、そんな恰好をしてたんだねぇ。勇者くんたちがびっくりしてるよ、うふふふふ」

 いかにも楽しげに笑うと、フルートたちに向かって指を振って見せます。

「フノラスドって、デビルドラゴンに似てるよねぇ? それもそのはず、あれは偽物のデビルドラゴン。つまり、デビルドラゴンのそっくりさんなんだよぉ」

 偽物のデビルドラゴン!? とフルートたちは驚きました。デビルドラゴンから分かれた力だから、そんな言い方をするんだろうか、と考えます……。

「あれぇ? 意味がわからない? つまりねぇ、あれは魔法で作り上げられたデビルドラゴンなんだよぉ。生きている人の魂を餌にもらって、どんどん大きくなっていく闇の竜。要するにぃ、闇の民は自分たちの手でデビルドラゴンを創っていた、ってことなのさぁ。わかったぁ?」

 

 一同はまた驚きました。あれって竜の宝じゃねえのかよ!? と聞き返そうとしたゼンを、フルートが止めました。今ここでそれを口にするのは、まずいような気がしたのです。代わりに、こう言います。

「フノラスドの飼い主は闇王だ。しかももう何代にも渡って飼い続けている。ということは、歴代の闇王がデビルドラゴンを創っていた、っていうことか? なんのために?」

 ランジュールがそれに答えようとすると、いきなり魔法の弾が飛んできました。闇王が攻撃してきたのです。ランジュールはあわてて身をかわしました。

「ちょっとぉ! 危ないじゃないかぁ、闇王サマ! 攻撃するならするって、言ってくれなくちゃぁ。幽霊だって、魔法攻撃は食らうんだからねぇ!」

「死人は死人らしく、黙っておれ」

 と闇王が言いました。迫力のある声ですが、ランジュールは、にやりと笑いました。

「ほぉら、闇王サマ自身が認めた。フノラスドの正体を知られちゃまずいんだよねぇ。だって、デビルドラゴンは闇の民のボスなんだから。そのボスに逆らって、ボスの替え玉を創っちゃってるなんて知られたら、それこそ大変だもんねぇ。うふふふ」

 闇王がデビルドラゴンに逆らっている? とフルートたちはまた混乱しました。闇の民が竜の宝を隠し持っているのではないか、とは考えましたが、まさかデビルドラゴンに刃向かっているとは、想像もしていなかったのです。

 

 けれども、ポチは思い出していました。黒い翼になったルルを追いかけていったとき、闇王はデビルドラゴンを追い払ったのです。デビルドラゴンは闇王に向かって、まだ我を国へ入れぬつもりか、と怒っていました――。

 ポチの頭の中で、事実の断片がパズルのようにひとつに組み上がりました。ワン、と声高くほえて言います。

「わかったぞ! 闇王はデビルドラゴンに反逆しようとしているんだ! あいつが闇の国にやってくると、闇の民も闇の怪物も、みんなあいつの命令に従うようになる。それが絶対許せないから、対抗するために、自分の命令に従うデビルドラゴンを創っていた――そうだろう、闇王!? だから、ルルを通じて闇の国に出ようとしたデビルドラゴンを、魔法で追い払ったりしたんだ!」

 え? とポチの隣でルルが小さく驚きました。ポチはデビルドラゴンと闇王の対決を見てきたようなことを言っています。いつの間にそんなものを? とポチを見つめてしまいます……。

 

 闇王はすぐには返事をしませんでした。ただ、空中で羽ばたきながら、じっとフルートたちを見ています。

 すると、キースが言いました。

「ポチの言うことはきっと正解だな。闇王は自分の地位を他の者に奪われることを、何より恐れている。デビルドラゴンが来れば、闇の国のものは残らずそっちに従うようになるから、闇王としては我慢ならないだろう。とはいえ、闇王たちが、デビルドラゴンに対抗してフノラスドを飼っていたとは、想像もしなかったけれどな」

 闇王の目に冷たい怒りが浮かびました。キースによく似た顔立ちですが、彩る表情がまったく違います。

「よくそこまで考察した、とほめてやるべきかな、キース、金の石の勇者たち。その通りだ――」

 と闇王は話し出しました。

「二千年前の戦いで、デビルドラゴンは光の戦士たちに捕らえられて、世界の果てに幽閉された。そこは、この世界のものの誰もがたどり着くことのできない場所だ。むろん、デビルドラゴンを解放することもできない。だが、奴はいずれ、その場所から復活してくる。闇のものたちを率いてまた闇の軍団を作り、光の戦士たちに戦いを挑む、と予言されているのだ――。この闇の国は、二千年前の戦いの後、零落(れいらく)した闇の民が地下に逃げのびて作り上げた世界だ。闇の国を統べることは、地上の国を治めるより困難が多いが、それでも、二千年の間に独自の決まり事ができ、一定の秩序の下に成り立つようになった。デビルドラゴンがここへやってくれば、それがすべて破壊される。闇の民も闇の怪物も、残らず兵士として地上へかり出され、戦いの捨て駒にされていくだろう。その結果、闇と光のどちらが勝ったとしても、この闇の国は滅びるのだ。むろん、闇王も存在しなくなる――耐え難いことだ。そこで、過去の闇王たちは、魔法でデビルドラゴンと同じ力を持つ怪物を作り上げた。それがフノラスドだ。まず卵を創り、それを孵化させて餌を与え、少しずつ育てて、やっとここまでになった。しかし、これでもまだデビルドラゴンには対抗できぬ。もっと強力な体を与え、もっと多くの魂を食わせなくてはならないのだ」

 闇王の話に、フルートたちもキースも、何も言うことができませんでした。闇の民は自己中心主義の種族です。自分の不利益になることは、徹底的に排除しようとします。それは、闇の総大将であるデビルドラゴンであってさえ、同じことだったのです。

 

 すると、ふいに闇王が表情を変えました。冷ややかな笑い顔になって言います。

「フノラスドの体は完全に使い物にならなくなった。早く新しい体を与えなければ、いずれ本体も消えていってしまう。闇のグリフィンならば、それにふさわしいと考えていたが、どうやら、もっと条件の良い器が現れたようだな。大きさといい、強さといい、申し分ない」

 フルートたちは今度はとまどいました。闇王は何のことを言っているのだろう、と考えます。

 声を上げたのはランジュールでした。

「ちょおっとぉ、闇王サマぁ!? それってまさか、ボクのかわいい――」

「行け、フノラスド!! それが、おまえの新しい器となる怪物だ!!」

 と闇王がランジュールの声をさえぎって叫びました。長い爪の指が指し示したのは、崩れかけた壁に絡みついている、八つの頭と尾の大蛇でした――。

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