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第15巻「闇の国の戦い」

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53.対決

 巨大な豚のフノラスドと、八つの頭と尾を持つ大蛇のヤマタノオロチ。二匹の怪物は、崩れかけた部屋でにらみ合いました。フノラスドが体からウジや溶けた肉をこぼしながら床の上に這い上がり、ヤマタノオロチは色違いの頭を引いて、シャーッと威嚇の声を上げます。

 先に攻撃をしかけたのはヤマタノオロチでした。八つの頭でいっせいにフノラスドにかみつき、腐った肉を食いちぎります。

 けれども、フノラスドは悲鳴ひとつ上げませんでした。その体の表面が、ぼこぼこと泡立つように盛り上がり、中から黒い触手が飛び出してきます。闇の触手です。

 ランジュールが声を上げました。

「黒ちゃんたちぃ!」

 応えるように、ヤマタノオロチの三つの黒い頭が動きました。闇の攻撃に強い頭たちです。フノラスドの触手に食いつき、あっという間に呑み込んでしまいます。

 それを見て、闇王が手を伸ばしました。ヤマタノオロチではなく、ランジュールを魔法で吹き飛ばそうとします。

「白ちゃぁん!」

 ランジュールがまた叫ぶと、今度は三つの白い頭が集まって、飛んでくる闇王の魔法を次々に呑み込みました。こちらは魔法に強い頭の蛇たちです。

 ブォォォォ!!!

 ほえながらかみついてきたフノラスドに、ヤマタノオロチの青い頭が口を開けました。血のように赤い霧が口から吹きだして、フノラスドの頭を直撃します。それは毒の霧でした。腐った頭の右半分が崩れて、さすがのフノラスドも悲鳴を上げます。

「無礼な幽霊と蛇め――!」

 と闇王はまた魔法攻撃を繰り出しましたが、魔法はことごとく白い頭に呑み込まれました。ヤマタノオロチにもランジュールにも、まったくダメージを与えられません。

 

「すげぇ……ランジュールのヤツ、闇王やフノラスドと互角に戦ってやがるぞ」

 とゼンが驚いていると、メールがあきれて言いました。

「感心してる場合じゃないだろ。あれはあたいたちを倒すために訓練された蛇だよ。ポポロの魔法に対抗できるように、あんな力を持たせたのさ」

 ヤマタノオロチの黒い頭が、フノラスドの触手を束にしてくわえていました。そのまま、ぐっと後ろへ引くと、フノラスドの巨体がつんのめり、前脚が折れてその場に崩れます。ドドーン、という地響きが、空中まで伝わってきます。

「やだ、力もものすごいわよ、あの蛇。ゼンの怪力にも対抗しているんだわ」

 とルルが風の体を震わせて言います。

 すると、フノラスドが頭を上げて、目の前にある蛇の尾へ食いつきました。貪欲な豚そのままに、蛇を尾から食っていこうとします。ところが、その体に歯が立ちませんでした。尾をおおう金のうろこに負けて、フノラスドの牙がぼろぼろと落ちます。

 ランジュールは空中で満面の笑みを浮かべていました。

「その金色の頭と尻尾は、勇者くん対策用だよぉ。勇者くんの鎧にも負けないくらい、丈夫なうろこなんだ。炎の剣にも傷ひとつつかないんだよ。すごいだろぉ? うふふふ……」

 それを聞いて、ゼンとメールとルルは背筋が寒くなりました。この蛇が自分たちへ仕向けられたら、本当に、とんでもない苦戦に陥ります。

 

 ところが、フルートは戦いとはまったく別の方向を見ていました。ヤマタノオロチの後ろの壁にある出口です。そこを通って、闇の国から脱出しようと思っていたのに、崩れ落ちた岩で埋まってしまっています。

 そこへキースが飛んできて言いました。

「闇王はフノラスドと蛇の戦いに集中している。今のうちにここを逃げよう」

 アリアンもグーリーと飛んできました。

「王都の外に出た親衛隊員が、騒ぎに気づいて戻ってくるわ。今のうちに城を脱出しないと、身動きが取れなくなるわよ」

 フルートは首を振りました。

「ぼくたちを隠していた呪符は、もうなくなってしまった。一刻も早く地上に戻らないと、いずれ捕まってしまうよ――。キース、君が言っていた地上への出口は、城のどこにあるんだ?」

「城の最上階にある玉座の間だ。だが、そこの通路がふさがっているから、一度外に出て、改めて城に入り直さなくちゃならない。城の入口は大勢の親衛隊員が守っているから、突破してたどりつくには、かなりの戦いになるだろうな」

 とキースが答えます。

 フルートは唇をかみました。戦って血路を開かなくてはならない、ということです。大勢の敵を切り捨て、切り殺して、逃げるしかないのです。震え出した手を握りしめます――。

 

 すると、フルートと一緒にポチに乗っていたポポロが、後ろから急に腕を伸ばしてきました。フルートを鎧の上から抱きしめて話しかけます。

「このお城は天空城にそっくりだわ。もしかしたら、玉座の間への隠し通路も、同じようにあるかもしれないわよ……」

「隠し通路!?」

 振り向いたフルートに、ポポロがうなずきました。大きな緑の瞳を、宝石のようにきらめかせています。

「覚えてる? 風の犬の戦いで、魔王と対決するために、天空城の玉座の間まで行ったときのこと……。白いモグラにされた天空王様の案内で、隠された塔の螺旋(らせん)階段をのぼったでしょう? あの塔は、城のいろいろなところにつながっていて、その一番上が玉座の間に続いていたわ。もし、この城が天空城と瓜二つに造られていたら、あの隠された塔も、やっぱりあるかもしれないわよ」

 その話に、キースが驚きました。

「隠された塔か。ぼくは聞いたことがなかったな。でも、ぼくはずっと城にはいなかったんだから、当然なのかもしれない。それはどこにあるんだい?」

「中庭に面した尖塔よ――正面に黒い鉄の門がついているわ。塔の中の通路を一番奥まで行くと、魔法で開く扉があって、その向こうに隠し通路があるの。隠された塔はその先にあるのよ」

 とポポロが答えます。フルートとポチも、三年前の戦いでその道筋を通ったことを思い出しました。

 キースがアリアンを振り向きました。

「透視できそうかい?」

 闇の少女は、もう鏡を取り出してのぞき込んでいました。銀のガラスが黒い鉄の門のはまった尖塔を映し、さらに奥まで進んでいって、突き当たりの壁を映し出します。そこで鏡の光景は停まりました。困惑したように、アリアンが言います。

「これ以上は透視できないわ……強力な防御魔法でおおわれているの」

「ワン、それじゃ、やっぱり隠し通路があるんだ!」

 とポチが言いました。フルートがキースに話しかけます。

「天空城の隠し通路の扉は、天空の国の魔法使いでないと開けられなかった。だから、ポポロが開けてくれた。ここは闇の国の城だ。とすると、君が扉を開けられるんじゃないのか、キース?」

 フルートは、いつの間にかキースを「あなた」ではなく「君」と呼んでいました。五つ以上も年の差があるのですが、まったく対等な口調です。

 キースはちょっと目を丸くすると、人差し指の先で自分の頬をかきました。久しぶりで出たキースの癖です。

「君たちがまだ子どもだっていうのは、絶対に反則だよなぁ。大の大人だって、なかなかそこまで頭は回らないぞ……。そうだな。鏡を通してだから、断言はできないけれど、この隠し扉は王族専用のような気がする。たぶん、ぼくにも開けられるだろう」

 そこまで言って、キースは急に苦笑しました。

「自分が王族だってことを嬉しいと思ったことなんて、今まで一度もなかったんだけどね……。今、一瞬、自分が王子で良かった、なんて考えてしまったよ」

 そう言って頬をかき続ける青年は、自分自身にとまどっているように見えました。そんなキースをアリアンが見つめます――。

 

 部屋の中では、ヤマタノオロチとフノラスドが戦い続けていました。腐りかけているフノラスドに対して、ヤマタノオロチは攻撃力も素早さも上回っています。ところがフノラスドは痛みを感じないので、毒を食らっても、肉を骨まで食いちぎられても、また立って蛇へ襲いかかっていくのです。

「まったくもう、いいかげんにしてほしいなぁ! フノラスドって怪物のゾンビみたいだよねぇ!?」

 とランジュールがぷりぷりしてわめいていました。ヤマタノオロチへ手を振って言います。

「こうなったらもう、隠し技でも惜しんでられない。あいつはぜぇったいに倒すからね、はっちゃん。連携技、その一ぃ!」

 とたんにヤマタノオロチの黒い頭と青い頭が動きました。黒い頭の蛇がフノラスドに絡みついて動きを止め、青い頭の蛇がフノラスドの背中にかみつきます。その牙から赤い毒がフノラスドに流し込まれていきました。

「よぉし、フノラスドがしびれたね。連携技、その二ぃ。白ちゃんたち、行けぇ!」

 今度は白い頭の蛇たちが動いて、フノラスドに絡みついていきました。黒い頭の蛇は逆に離れます。すると、いきなり白い蛇の体が棘(とげ)だらけになりました。白いうろこが剣のように長く鋭く突き立ったのです。フノラスドを串刺しにします。

 ブォォオォォォ……!!!

 フノラスドはすさまじい悲鳴を上げました。猛烈に暴れますが、棘は深々と刺さっていて抜けません。

 すると、ランジュールがまた叫びました。

「連携技その三、金ちゃん、決めちゃってぇ!」

 とたんに金の頭の蛇が鎌首を高く上げました。みるみるうちにその形が変わってきます。

 

「え……?」

「嘘、なにあれ!?」

 フルートたちは、怪物たちが戦っている隙に部屋を抜け出そうとしていましたが、驚いて思わず立ち止まってしまいました。ヤマタノオロチの金の頭が、人の形になったのです。しかもそれは、黒い衣に赤いお下げ髪の少女の姿をしています――。

「ポポロ!?」

 と一同は仰天しました。ヤマタノオロチの頭がそのまま変わったので、見上げるように巨大ですが、確かにそれはポポロと瓜二つだったのです。フルートの後ろのポポロが、どうして!? と青くなります。

 うふふん、とランジュールは笑いました。

「この金ちゃんは、勇者くん専用の頭だったんだよねぇ。だから、勇者くんが一番『苦手』な形になるように訓練したんだけどさぁ。フーちゃんにはあんまり意味なかったか。ま、しょうがない。――金ちゃん、とどめを行けぇ!」

 とたんに巨大なポポロの手に剣が現れました。黒い柄の大剣です。

「あれ、炎の剣!?」

 とメールやルルが叫びます。

 蛇の頭から生まれた少女は、フノラスドめがけて剣を振り下ろし、怪物を真っ二つに切り裂きました――。

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