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第15巻「闇の国の戦い」

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第17章 フノラスド

52.裏切り

 闇王の魔法が飛んできたので、フルートたちは空中で身をかわしました。

 部屋の壁が魔法の直撃を食らって崩れ、大きな岩の塊がフノラスドに落ちていきます。フノラスドは巨大な豚の怪物です。腐って悪臭を放つ体に岩がめり込み、大穴を開けていきますが、それでも怪物は動き続けます。

「ワン、あいつ、痛みを感じてないんだ――」

 とフルートとポポロを乗せたポチが言いました。

「どうすればいいの? 闇王が狙っているから、ここから脱出できないわよ」

 とゼンとメールを乗せたルルも言います。

 グーリーの背中では、ゴブリンのゾとヨがアリアンの服を引っぱりながら騒いでいました。

「どどど、どうすればいいんだゾ!?」

「オオオ、オレたち、フノラスドに食われてしまうのかヨ!?」

 キースがその隣に飛んできて言いました。

「そんなのは冗談じゃないな。なんとか闇王の隙を見て逃げ出そう。グーリー、魔法に気をつけろよ」

 ギェン

 グリフィンが答えます。

 ゼンがフルートに尋ねました。

「どうする。一度上空へ逃げるか!?」

 部屋の天井は完全に崩れ落ちているので、そこから雲が渦巻く空が見えています。巨大なフノラスドですが、動きは鈍いので、かわして空へ逃げることはできそうです。

 けれども、フルートは首を振りました。

「外へ脱出しても、地上に戻ることができない――。キースは、出口はこの城の中にあると言った。どうにかして、あそこに飛び込まないと」

 フルートが見ているのは、崩れた壁の向こうの通路でした。扉が落ちて、四角い空間がぽっかりと口を開けています。ついさっきまで、そこに大勢のドルガやトアが集まっていたのですが、今は死体がいくつか倒れているだけで、誰もいません。生きている者は全員、怪物に恐れをなして逃げてしまったのです。

「闇王とフノラスドに捕まらないようにしねえとな」

 とゼンは言って、すぐにフルートから離れました。フルートも反対方向へ飛びます。その間を闇王の黒い魔法が貫きます――。

 

 素早く逃げ回る一行を、闇王は仕留めかねていました。フノラスドも頭を動かして目で追っていますが、フルートたちを捕まえることはできません。

 闇王はかたわらにいたルー将軍に命じました。

「金の石の勇者たちを捕まえて、フノラスドへ与えろ!」

 将軍は、返事の代わりに、ばさりと大きな翼を鳴らしました。六本の腕に剣、槍、盾、戦棍といった武器が現れます。それを見て、フルートたちも身構えました。それだけの武器でいっせいに攻撃されたら、フルートにもゼンにも防ぐことはできません。しかも、ルー将軍は攻撃魔法も使えるのです。捕まってしまわないように、ポチとルルがいっそう速く飛びます。

 ルー将軍は剣を大きく振りかざしました。うおぉぉぉ! とフルートたちに向かってほえるように叫び――いきなり、その剣を真横へ突き出しました。隣で羽ばたいていた闇王の脇腹に、剣が深々と突き刺さります。

 闇王は悲鳴を上げました。フルートたちも仰天します。ルー将軍は主君の王を刺したのです。

 すると、ルー将軍が言いました。

「勇者どもが全員食われても、生贄はまだ三人足りない。闇王はわしまで生贄にするに決まっている――。フノラスドは闇王が生贄になれば眠るのだ。ならば、おまえが行けば良いだろう」

 将軍が剣を闇王の腹から引き抜くと、王の体が空中で大きく傾ぎました。血をまき散らしながら落ちていきます。その下にはフノラスドがいました。にごった目で闇王を見上げて、口を大きく開けます。

「食われろ、闇王! 次の闇王はこのわしだ!」

 とルー将軍が笑います――。

 

 ところが、その時、闇王のもっと上の場所から人が落ちてきました。途中で闇王を追い越し、フノラスドの目の前へ墜落していきます。

 怪物は、ついそちらの獲物へ気を奪われました。先に落ちてきた人を食おうと頭を動かし、空中でばくりと口を閉じます。その間に闇王は体勢を立て直し、翼を羽ばたかせて上昇しました。脇腹を押さえた手の下で、深手がみるみる治っていきます。

 ルー将軍は青ざめました。一瞬ためらってから、武器を構え直し、猛然と闇王へ襲いかかります。王は片手を伸ばしました。将軍の体に巻かれた象徴が破裂して、巨体がフノラスドの口の中に落ちていきます。

「キュウジュウニ!」

 怪物が地響きのような声を上げます。

 フルートたちは茫然としました。ルー将軍が闇王を裏切って、フノラスドに食われたことも衝撃でしたが、それ以上に意外な光景に、あっけにとられてしまいます。

 先にフノラスドへ落ちていった人物が、フノラスドの下から上昇してくるところでした。食われてはいなかったのです。その背中に翼はありません。角や牙もありません。それなのに、長い上着の裾をひらめかせて、フルートたちと同じ高さまで飛び上がってきます。その服や体は、半ば透き通っています――。

 

「ランジュール!!?」

 とフルートたちはいっせいに叫びました。

 ゼンが拳を振り回してわめき出します。

「てめえ、なんでこんな場所にいるんだよ!? 闇の国にまで来やがって、いったい何をたくらんでやがる!!」

「あれぇ、ご挨拶だなぁ。ボクはキミたちと一緒にこの国まで来たんだよぉ。愛しい愛しい勇者くんの後を追ってね。この健気(けなげ)でひたむきなボクの愛情、そろそろ理解してほしいんだけどなぁ」

 と幽霊の青年は答えました。細い目をいっそう細めて、にやにやと笑っているので、健気のひたむきのと言われても、とても信じる気にはなれません。

 ゴブリンのゾとヨは、目を丸くしていました。

「あれは誰なんだゾ?」

「あの幽霊はフルートたちの友だちかヨ?」

 アリアンは首を振りました。

「いいえ、違うわ。死んでからもずっとフルートの命をつけ狙っている幽霊よ」

「あいつは神の都のミコンにも現れたことがある。強力な怪物を引き連れて、大神殿を襲ったんだ。見た目はあんなふうでも、油断できない奴だぞ」

 とキースも言います。

 フルートはランジュールに尋ねました。

「何故闇王を助けた!? おまえは闇王と手を組んだのか!?」

「手を組んだぁ? 孤高の美学がモットーのこのボクがぁ? やだなぁ、冗談じゃない。ボクはちょっと実験してみただけだよぉ。フノラスドはボクを食べようとするかなぁ、ってね。結果的に闇王を助けちゃっただけさ――。それより、ねぇねぇ、フノラスドはボクを人だと思ったみたいだったよねぇ? うふふ、かわいいなぁ」

 ランジュールは女のように笑いながらフノラスドへ目を向けると、ちょいちょいと細い指先を振りました。

「ねぇ、フーちゃん。こんなトコロにくすぶってないでさぁ、ボクのペットにならない? 闇王なんかより、ずうっとかわいがってあげるよぉ」

 ランジュールは魔獣使いです。服従の魔法を送り込みながら、フノラスドに呼びかけます。

 

 けれどもフノラスドは頭を振りました。ブォォォォ、とほえて、頭上のランジュールへまた食いつこうとします。

 ひゅん、と上へ飛んで逃げて、ランジュールは肩をすくめました。

「うーん、やっぱりダメかぁ。闇王との契約のほうが強いんだねぇ。腐ってきちゃってるけど、それがまた迫力だし、今までのボクのコレクションにないタイプの魔獣だから、ぜひ欲しかったんだけどなぁ」

 いかにも残念そうに言いながら、ランジュールは闇王を見ました。細い目の中で、瞳がきらっと剣呑に光ります。

「こういう強そうな魔獣を、ボク以外のヤツが持っているっていうのは、ちょぉっと我慢ができないなぁ。それが例え闇王だとしたってさ……。うふふ、勝負と行こうかぁ、闇王サマ? そっちの魔獣とボクの魔獣、どっちが強いかはっきりさせようよぉ」

 ランジュールは一人で勝手に言い続け、一人で勝手に話を決めていました。闇王の返事など待たずに、振り向いて呼びかけます。

「はぁい、お待たせぇ、はっちゃん。出てきていいよぉ。今度こそ、思いっきり暴れてかまわないからねぇ」

 とたんに空中に怪物が姿を現しました。ふくれあがるように、みるみる大きくなって、周囲の岩壁を壊していきます。その衝撃で、城の中へ続く通路も崩れてふさがります。

 それはフノラスドにも匹敵する、巨大な蛇でした。八本の尾で壊れかけた床の上に鎮座し、八つの鎌首をもたげて、いっせいに息を吐きます。

 シャァァァ……!!!

 ブォォォ!!

 大豚の姿のフノラスドが応えるようにほえます。

 ヤマタノオロチとフノラスド。二匹の巨大な怪物は、崩れかけた円形の部屋で、互いににらみ合いました――。

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