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第15巻「闇の国の戦い」

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51.崩壊

 ポポロの呪文と同時に、石造りの部屋が揺れ出したので、仲間たちは驚きました。フルートとポポロの元へ飛んできます。

「魔法を使ったのかい、ポポロ!?」

「脱出できなくなるぞ!!」

 揺れは次第に大きくなっていました。地鳴りのような音が響き渡り、石造りの床と壁にひびが入り、それが天井まで伸びていきます。さすがのドルガたちも、争うのを忘れて部屋を見回します。

 闇王が叫びました。

「光の魔法! 天空の国の魔法使いがいたのか!? 今の今まで、まったく気配をさせずにいたとは――!」

 歯ぎしりをして悔しがる闇王の隣から、ルー将軍が猛烈な勢いで飛び出してきました。ポポロへ魔法攻撃を繰り出そうとします。けれども、それより早くフルートが剣を振り下ろしました。怒りのこもった巨大な炎です。受け止めたルー将軍が、力負けして後ろへ飛ばされます。

 その間にキースが飛んできて言いました。

「集まれ、みんな! このままだと崩壊に巻き込まれる!」

 ひびは部屋全体に広がり、至るところで壁や天井が崩れ始めていました。頭上からも大きな石の塊が降ってきます。

 少年少女を乗せた風の犬とグリフィンが集まってくると、キースは肩から白いマントを外しました。両手に持ち、全員の上へ振ります。とたんにマントが大きく広がり、白く輝く障壁に変わりました。キースと仲間たちを包み込んで、降ってくる瓦礫から守ります。

 

 部屋の天井が完全に崩れました。部屋の中に外気が流れ込んできます。

「出口だ!!」

 とドルガたちが歓声を上げて、外へ飛び出していきました。天井の向こうは、灰色の雲が渦を巻く空でした。フノラスドの部屋は城の基礎を作る山の中に作られていましたが、山のごく浅い場所にあって、山の岩肌を自然の天井にしていたのです。城から外へ、ドルガたちが次々逃げ出します。

「止まらぬ? そんな馬鹿な!」

 と闇王がどなりました。強力な魔法を繰り出しているのに、部屋の崩壊を食い止めることができないです。部屋は天井がすっかり落ちた後も崩れ続け、石壁が積み木を崩すように倒れ、さらにすり鉢状になった床までがひび割れていきます――。

「闇王が驚いている。君の魔法は闇王より強力なのか」

 とキースがあきれたようにポポロに言いました。感心しているのですが、ポポロは涙ぐんでいました。彼女は以前、ザカラス城を魔法で全壊させそうになったことがあります。それを思い出してしまったのです。

 フルートが言いました。

「泣かなくていい、ポポロ。壊せと言ったのはぼくだ――。ここから脱出するぞ。ユラサイの古井戸に通じる入口は、もう通れなくなったけれど、どこかにきっと、地上に通じる別の出口があるはずだ。そこから地上に戻ろう」

 デビルドラゴンが力を分け与えたという竜の宝、その正体かもしれないフノラスド……確かめたいことはまだありましたが、これ以上この場所にいてはいけない、とフルートは判断していました。崩れる床の奥から伝わってくるのは、すさまじい腐臭と、息が詰まりそうな闇の気配です。金の石の守りがない今の状況で、それと対面するのはあまりにも危険です。

 すると、キースが言いました。

「この国からの出口なら、ぼくが知っている。そこを通って、何度も地上に行ってるからな――。一番近い出口はこの城の中にある。王が使う出口だけれど、誰でも通れるはずだ」

「よし、そこから逃げよう。どこにある?」

 とフルートが尋ねると、キースは、崩れていく壁の向こうを指さしました。

「城の最上階だ。一度城の中を通らないと、たどり着けない」

 ポポロの崩壊の魔法はフノラスドの部屋だけに留まっていて、その向こうの通路は無事に残っていました。音と振動に駆けつけたドルガやトアたちが、通路の端に立ち止まり、崩れ落ちていく部屋を仰天して眺めています。

 よし、とフルートは言いました。

「あそこを突破して出口に向かう。地上に帰るぞ!」

 おう! と仲間たちが返事をしました。その中にはキースとアリアンとゾとヨの声もあります。ギェェン、とグーリーが歓声を上げます――。

 

 そこへ黒い魔法の弾が飛んできました。キースが作った障壁にぶつかって、障壁を消し去ります。闇王が空中で羽ばたきながら、彼らへ手を向けていました。

「逃がさんぞ! おまえたちはフノラスドの体と生贄になるのだ!」

 また魔法が飛んできました。ポチとルルとグーリーがいっせいに散ると、魔法は通路の端を直撃しました。トアが一人爆発に巻き込まれて落ち、崩れる床石の間に呑み込まれていきます。

「キュウジュウイチ」

 フノラスドの声が言いました。続けて、今まで聞いたことがなかった咆吼が響き渡ります。

 ブオォォォオォォォォ!!!

 びりびりと全員の体がしびれるように震え、さらに部屋が崩れます。闇王が、ぎくりとしたように下を見ました。咆吼はフノラスドの潜む地下から聞こえたのです。

「ついに目覚めたか――」

 と顔色を変えてつぶやきます。

 フルートたちも他の者たちも、その場から動くことができなくなりました。見えない恐怖が彼らをつなぎ止めてしまったのです。ルー将軍でさえ、真っ青になって、崩れていく床を見下ろしています。

 すると、ひび割れた床の間から、巨大な獣の前脚が現れました。ふたつに割れた蹄(ひづめ)が、ガツッと床にかかり、重みで床石が崩れてまた見えなくなります。地下から漂う悪臭が、耐え難いほど強まります。

「今の脚、腐ってやがったぞ」

 とゼンが言いました。普段あれほどふてぶてしい彼が、冷や汗を流しています。フルートも襲ってくる恐怖と必死に戦いながら言いました。

「闇王は今、ぼくたちにフノラスドの生贄と体になれと言った――。フノラスドは器になる体を必要としているんだな。デビルドラゴンと同じように」

「そう。それがもう限界に達しているから、グーリーを代わりの体にしようとしたんだ」

 とキースが答えます。ギィ、と小さく悲鳴を上げたグーリーを、アリアンが腕を伸ばして抱きしめます。

「大丈夫よ。そんなことはさせないわ……」

 再びフノラスドの脚が現れました。膿(うみ)を流し、どすぐろくふくれあがった前脚が、探るように宙をかき、また床石に蹄をかけます。今度は床は崩れませんでした。そこを足がかりに、大きな生き物が姿を現します――。

 

 一同は思わず息を呑みました。

 それは本当に巨大な獣でした。形は豚にそっくりですが、大きさが桁違いです。床の上に現れた頭だけで、グーリーの十倍以上あります。全長は百メートル以上もあることでしょう。もう一本の前脚が現れて床石にかかり、上半身が現れてきます。怪物の頭と背中が、石壁の向こうにあった岩を押し崩し、痕にできた穴が天井の穴とつながります。穴の向こうに広がる空では、雲が不気味な渦を巻いています。

「うわ……」

 とメールは顔をしかめました。ポポロも悲鳴を上げて、フルートの背中に顔を埋めてしまいます。

 姿を現した怪物は、全身がふくれあがり、はち切れたところから膿と赤黒い汁を流していました。悪臭を放つ体の表面を、羊ほどの大きさもあるハエが這い回り、腐った肉からは太ったウジが、ぼたぼたとこぼれ落ちます。怪物がまたブォォォ、と咆吼を上げると、口の両脇で頬の肉がずるりと崩れ落ちます。

「ワン、器になっているのは豚だ――それにしても、なんて大きさなんだろう」

 とポチが言いました。怪物は床に足をかけて這い上がってきます。ガラスのような床石も、怪物を落とすことはできません。ぐいと持ち上がってきた背中が、部屋の壁をまた大きく崩します。怪物を収めるには、この部屋は小さすぎたのです。岩の塊と一緒に怪物の背中の肉がこそげ、白い背骨がむき出しになりますが、それでも怪物は動き続けます。

「これがフノラスド……」

 とキースがつぶやくように言いました。母を食い殺した、憎い仇です。けれども彼は動けませんでした。フノラスドはあまりに巨大で、とても太刀打ちできない、と一目でわかってしまったのです。

 

 すると、地響きのような声が言いました。

「我ニ生贄ヲヨコセ――!」

 ブォォォン

 咆吼が声に重なります。フノラスドが、器になっている豚と同時に叫んだのです。腐った体から黒い鞭のようなものが伸びて、通路の端で立ちすくんでいたトアを直撃します。ところが、勢いが強すぎてトアを床にたたきつけてしまいました。トアが声も上げずに即死します。触手はすぐにトアから離れていきました。九十二、と生贄を数えません。この怪物は、生きているヒト族しか食わないのです。

「生贄ヲヨコセ! 体ヲヨコセ――! サモナクバ、契約ニ従ッテ、オマエヲ食ウ!」

 とフノラスドがまた言いました。話している相手は闇王です。

 それを聞いて、フルートは我に返りました。一瞬考え込み、すぐに理解して声を上げます。

「わかったぞ! フノラスドが目覚めたとき、百人の生贄の代わりに求めるのは、闇王なんだ! そうだ――なんだか妙だと思っていたんだ。こいつが目覚めて暴れても、百人を食ってすぐ眠るなら、勝手に暴れさせて、自分で生贄を集めさせた方がいいはずじゃないか。そのほうが、いかにも闇の民らしいやり方なのに……。フノラスドを眠らせるための生贄は、百人の人か、そうでなければ闇王自身なんだ! だから、闇王は必死で生贄をかき集めていたんだ!」

 空中の闇王は、ふん、と冷笑しました。

「金の石の勇者は案外賢いな。その通りだ」

 と答えます。

「フノラスドというのは、目の前のこれの内側に巣くっている怪物だ。目覚めて餌の生贄を食っては育ち、時々その体を乗り替える。フノラスドが従うのは闇王の命令だけ。その引き替えとして、王はこれに百人の生贄と体を与える。それができなければ、王自身が生贄になる契約だ。過去には生贄が間に合わなくて食われた闇王もいたが、私はそうはならん。あと九人生贄を与えれば良いだけのことだ。おまえたちで、そのうちの六人と新しい体がまかなえる。――逃がさんぞ、キース、金の石の勇者ども。おまえたちはフノラスドの生贄だ!」

 そう言うと、闇王はフルートたちめがけて魔法を撃ち出しました――。

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