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第15巻「闇の国の戦い」

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第16章 崩壊

49.答え

 丸い石造りの部屋の中は腐臭で充ちていました。臭いは部屋の中央の穴から立ち上ってきます。怪物のフノラスドが、百人の生贄と新しい体を求めて潜んでいます。

 闇王はフルートたちをその部屋に閉じこめると、彼らにではなく、小さな二匹のゴブリンに向かって尋ねました。

 おまえたちは闇の怪物なのに、何故、光の戦士の味方をするのだ。納得のいく答えが言えたら、ここから解放してやろう――と。

 

 ゴブリンは闇の国でも一番力がなくて下等な怪物と言われています。そのゴブリンに大真面目で質問をする闇王に、他でもないゾとヨが驚きました。

「こここ、答えろって、何を答えたらいいんだゾ!?」

「オオオ、オレたちただのゴブリンだヨ! オレたち、難しい質問はわからないヨ!」

 あわてふためく二匹に、闇王は繰り返しました。

「私が知りたいのは、おまえたちがどうして光の戦士たちの味方をするのか、ということだ。――キースやその娘やグリフィンが連中に加勢する理由は、まだなんとなくわかる。キースは半分人間の血を引いているし、娘とグリフィンもある時点までは人間の世界で暮らしてきたからな。だが、おまえたちは正真正銘、闇の国で生まれ闇の国で育った、闇の怪物だ。これまで地上に行ったことさえないだろう。それなのに、おまえたちは光に寝返った。――何故だ? 何がおまえたちを光の味方に変えた? 光と闇は、相容れぬもののはずなのに」

 ゾとヨはますます驚き、きょときょとと、逃げ道を探すように周囲を見回しました。王の質問が難しすぎて、意味がよくわからなかったのです。

 それを見てゼンがどなりました。

「そんなことが疑問なのかよ、闇王! んなもん、答えを聞かなくたって、わかりきって――」

「私はゴブリンに聞いている!!」

 闇王がごうっと風がたたきつけてきて、ゼンを黙らせます。

 ゾとヨはうろたえて、互いの顔を見合わせていました。

「ななな、なんか、どうしてフルートたちに味方するんだ、って聞かれてるみたいだゾ」

「どどど、どうしてって――」

「おまえたちに服従や魅了の魔法がかけられていないことは、見ればわかる。なのに、おまえたちは光の戦士たちを助けている。それは何故だ!?」

 と闇王がまた言います。いらだちながらも、ゴブリンが答えるのを待っています。

 

 ゴブリンたちは少し黙ってから、おずおずと口を開きました。

「オレたちが助けたいからだゾ――」

「フルートたちが助かると、オレたちも嬉しくなるから、それで助けているんだヨ」

「何故そんな気持ちになる!? おまえたちは闇の怪物だぞ! 他者のことなど考えるはずがないのに、何故そんな真似をしようとする!?」

 闇王は納得できずにいます。

 ゾとヨは頭を寄せて小さく話し合い、やがてまた闇王へ答えました。

「それは、フルートたちがオレたちを助けてくれたからだゾ」

「オレたち、何度も殺されそうになったけれど、そのたびにフルートたちが救ってくれたんだヨ。餌もくれたヨ。頭もなでてくれたヨ。だから助けるんだヨ」

「守られた? 餌をもらった? またそれをしてもらえると期待して、光につき従っているのか?」

「それは違うゾ! もちろん、よくやった、ってまた頭をなでられたら嬉しいゾ。だけど、そうしてもらえなくても、やっぱりオレたちはフルートたちを助けるゾ」

「そうだヨ。餌がもらえなくたって、やっぱりするんだヨ。フルートたちが助かるのが、一番嬉しいご褒美なんだヨ」

 おまえら……とゼンがつぶやきました。フルートのほうは、胸がいっぱいになって何も言えなくなります。小さな小さなゴブリンです。力もなければ魔法も使えない、闇の怪物の中でも最弱の存在ですが、それでも、持てる限りの力と想いでフルートたちを助けようとしているのです。今も、たどたどしいことばを重ねて、なんとか王を納得させようとがんばっています。

 

 けれども、闇王にはやっぱり理解できませんでした。他者と共に生きる喜びは、個人主義が徹底した闇の民には、わかりようのない感情なのです。さらに答えを求めて、今度はフルートに尋ねます。

「おまえはどうやってここまで闇の怪物を手なずけたのだ、金の石の勇者? 連中の内にあるのは闇の魂だけだ。根っからの闇の存在に、どうやってこんな光の想いを植えつけることができたのだ?」

 フルートはすぐには返事をしませんでした。考えるように黙ってから、静かに答えます。

「ぼくたちはゾとヨを手なずけたりしていないよ。もちろん、光の想いを植えつけた覚えもない。ぼくたちはただ、ゾとヨと友だちになっただけだ」

「友だち――友情か!? それこそ、光の想いであろう! 闇の怪物が持てるはずのないものだ! それをどうやってゴブリンに持たせた!?」

 闇でありながら光のような行動をする闇のものは、何故生まれてくるのか。その光の想いはどこからやって来るのか。それは闇王の長年の疑問でした。もう何十年も考え続けて、それでもなお答えを見つけられずにいるのです。フルートからも期待したような答えが返ってこなかったので、闇王はますます苛立っていきます。

 フルートは続けました。

「ゾとヨは誰かに言われて、ぼくたちと友だちになったわけじゃない。自分の頭と心で考えて、友だちになったんだ――。この世のものはすべて光と闇からできている。それは、こうして地下の国に住んでいる闇の民だって同じはずだ。光の想いは、闇のものの、その内側から出てくるんだよ。それは、おまえたち自身が最初から持っているものなんだ」

「だが、それでは、大多数が闇に留まっているのは何故だ!? 我らの内に最初から光があるというなら、何故、この国は闇なのだ!?」

 ここが闇の国で、自分たちが闇の民であることを嘆く声ではありませんでした。闇王は、純粋にその事実が不思議なのです。

 

 すると、フルートの後ろからアリアンが言いました。

「私たちが最初から闇のわけじゃないからよ――」

 なに? と闇王はアリアンへ目を向けました。

「意味がわからん。もっと詳しく説明しろ!」

「私たちの体は闇からできていても、心はそうじゃないのよ。自分が光に向かうか闇に向かうか、それは自分の心が決めるの……。私たちが闇の国に連れてこられたとき、なんて恐ろしいところだろうと思ったわ。こんな場所にいたら、心まで闇に染まってしまいそうだとも感じられた。だから、私たちはそうはならないようにしよう、と話し合って、励まし合って生きてきたのよ。弟と、グーリーと……。盗まれても、自分たちは盗まない。隣で人殺しが起きていたって、自分たちは絶対そんな真似はしない。裏切られるのが嫌ならば、自分たちは裏切ったりしない……少なくとも、友だちだと思っている大切な相手には。どこにいたって、どんな血筋に生まれたって、自分が光か闇かは心が決めるものなのよ。光の仲間でありたいと思ったら、私たちだって、やっぱり光でいられるんだわ……!」

 静かでも強い声でした。闇の国の王相手に、最後まで自分の想いを語り切ります。

 驚いたように振り向いていたキースが、やがて微笑を浮かべました。

「自分が光か闇かは、自分の心が決めるもの――か。確かにそうだな。だから、ぼくも闇の仲間にならないように、ずっとあがき続けてきたんだ」

「アリアンもキースもグーリーも、姿は闇でも光の戦士さ! ずっと前から、あたいたちの仲間だったんだから!」

 とメールが声を上げます。

 すると、ゾとヨがアリアンの腕の中から身を乗り出しました。

「オレたちは? オレたちは?」

「オレたちもおまえたちの仲間かヨ?」

 大きな目をきらきらさせて、フルートたちを見回しています。

 フルートは、にっこり笑い返しました。

「もちろんさ。君たちがそうしたいと思ったら、君たちだってれっきとした光の戦士なんだ。生まれがどうだろうと、住んでいる場所がどこだろうと、そんなのは全然関係ない」

 二匹のゴブリンは歓声を上げると、床に飛び下りて躍り回りました――。

 

 ふむ、と闇王はつぶやきました。またひとりごとのような声になって言います。

「確かに、闇のものでも、その体にはわずかな光が含まれている。そうでなければ、光と闇からできているこの世界に存在することができないからな。そして、我々闇の民は、遠い昔は天空の国に住む光の民だった。魂が光の名残を留めていても、それも不思議ではない。心というのは意志のことか? 意志がその存在を光と闇のどちらかへ向かわせるというわけか。――なるほど、それならば、闇の民だけでなく、人間たちまでが、人によって目ざすものが違うのも理解できる。なるほど」

 一人でしきりに納得する闇王に、けっ、とゼンが言いました。

「七面倒くさい理屈ばかり並べ立てるおっさんだな。んなもん最初からわかりきってるって言っただろうが。俺たちドワーフの諺(ことわざ)にもあらぁ。『天国でも地獄でも、心だけは自由』――ってな。自分の行動を決めるのは、いつだって自分の心なんだ。どこにいたって、心には誰も命令はできねえんだよ」

 頭上を飛んでいたポチとルルも、風の音をさせながら言います。

「ワン、おまえの疑問はこれで解けただろう、闇王!」

「そうよ、約束よ! 出口を開けて、私たちを解放しなさい!」

 すると、闇王が答えました。

「確かに、これが探し求めていた答えなのかもしれぬ。今後よく吟味してみなければならんが、少なくとも、答えの手がかりは見つかったような気はする。おまえたちはもう用済みだな――」

 その声に含まれる危険な響きに、フルートたちはいっせいに、ぞくりとしました。反射的に身構えます。

 闇王は両手を高くかざしながら言いました。

「では、おまえたちをフノラスドの生贄にするとしよう。これで八十四人。百人まで、もう一息だ」

「あ、きったねぇ、この野郎!」

「最初から、あたいたちを逃がすつもりなんかなかったんだね!?」

 とゼンとメールがわめくと、キースが苦々しく言いました。

「相手はこの闇の国の王だぞ。約束なんか守るはずがない」

 

「来い、親衛隊! この連中をフノラスドの穴に放り込むのだ!」

 と闇王が手を振り下ろすと、部屋の中に、ルー将軍と数十人のドルガたちが姿を現しました――。

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