「金の石の勇者……おまえが？」
闇王は、部屋に現れた少年に向かって、そう言いました。常に冷静なはずの王が、驚きを隠せずにいます。金の鎧をまとい、剣を構えているのは、少女のような顔をした小柄な少年でした。勇者と呼ぶには、あまりに優しく幼く見える人物です。
けれども、鎧の少年は言いました。
「そうだ！ キースとグーリーを返してもらう！」
見た目に似合わない強い声でした。王をにらむ青い瞳も、意外なほど強く鋭く輝いています。
闇王はすぐにいつもの平静さを取り戻しました。
「なるほどな。ヤシャの屯所のトアたちが、油断して出し抜かれたはずだ」
と納得したようにつぶやきます。
ゼンは、フノラスドの穴に続く斜面から、キースとグーリーを引き上げ終わっていました。闇王を振り向いて言います。
「へっ。子どもでも俺たちは強いぜ。甘く見て後でほえ面かくんじゃねえぞ、おっさん」
相手が闇の国を統べる王でも、いつも通りの毒舌です。
「甘くは見ぬ。どんな小さな相手でも、いずれ成長した暁には、私を脅かす存在になるからな。敵はまだ小さいうちにたたくのが基本だ」
王が言ったとたん、王の手から黒い稲妻がフルートとゼンへ飛びました。二人の少年にまともに激突します。
「フルート！ ゼン！」
ギェェェン！
キースとグーリーが思わず叫びます。
ところが、稲妻を食らっても二人は倒れませんでした。フルートは盾を構え、ゼンは腕組みをして、平然と立っています。彼らの防具が魔法から守ったのです。
「まわりの迷惑ってのを考えてやれよ、おっさん。キースやグーリーにとばっちりが行ったら危ねえだろうが」
とゼンが軽口をたたきます。
ふむ、と闇王はつぶやきました。
「やはり一筋縄ではいかぬか。それに、金の石の勇者には他にもまだ仲間がいたはずだ。ユラサイ国の呪符で姿を消しているな。――出てこい」
王が指先を動かしたとたん、フルートの鎧の内側で、ぼっと強い光が起きました。ゼンの胸当ての下でも同じ光がわき起こります。さらに、部屋の別の四箇所でも――。そこから姿を現したのは、メールとポポロ、それにポチとルルの二人と二匹でした。ポポロが泣きそうになって言います。
「呪符が消滅したわ、フルート……！」
ポポロたちはフルートたちと一緒に部屋の中へ入り込んで、キースたちを救出するチャンスを狙っていたのです。呪符がなくなって、全員姿が見えるようになっていました。ちくしょう、なにすんのさ！ とメールが悪態をつきます。
部屋に現れた面々を見渡して、闇王が言いました。
「千里の目を持つ娘がおらぬな。一緒にこの城に来ていたはずだ。どこだ」
「安全な場所に待たせてあるよ。さすがに、この場所まで連れてくるのは危険だからな」
とフルートは答えました。呪符が消えても、動じることなく剣を構え続けています。
闇王は冷笑しました。
「いかにも人間らしい台詞だな。おまえたちはいつも、そんなふうにかばい合う。だが、それはうわべだけのことだ。本当に自分の身が危険になれば、人間はいつも他人を踏みにじって逃げる。それは金の石の勇者であっても同じはずだ――。ちょうど良い、おまえたちを全員フノラスドの生贄にしてやろう。出てこい、火鼠（かそ）！ この連中を一人残らずフノラスドの穴へ追い込め！」
王の呼びかけに応えて現れたのは、一匹の巨大なネズミでした。子牛ほどもある体は燃えさかる炎で包まれています。
「やっべぇ」
とゼンが思わず言いました。ゼンの防具は魔法を打ち消しますが、本物の炎は防ぐことができないのです。体を丸めて突進してきたネズミから、あわてて身をかわします。
火鼠は斜面の縁ぎりぎりで向きを変え、部屋の中を転がり始めました。丸い火の玉になって、フルートを跳ね飛ばし、さらにメールとポポロへ向かいます。彼女たちは、フルートのような火を防ぐ防具は着ていません。大急ぎで飛びのくと、火鼠が向きを変えて戻ってきました。炎の塊がまた近づいてきます。
「危ない！」
助けに向かおうとしたキースとグーリーが、突然その場に倒れました。飛ぶことも立ち上がることもできなくなります。闇王が彼らへ手を向けていました。
「おとなしく待っておれ。次はおまえたちの番だ」
と冷ややかに言います。魔法でキースたちを抑え込んだのです。火鼠が少女たちに迫ります。
すると、シュン、と音がして、部屋に二頭の巨大な怪物が現れました。ポチとルルが風の犬に変身したのです。天井まで舞い上がり、すぐにポチが舞い下りてきて火鼠を跳ね飛ばします。
チュウ！
怒って声を上げたネズミに、ポチはまた襲いかかりました。長い体を巻き付け、激しい風で火鼠の体の炎を消してしまいます。大ネズミはさらに怒ってポチにかみつきましたが、牙は風の中をすり抜けてしまいます。
ポチは頭上へ言いました。
「ワン、今だ、ルル！」
「ええ！」
ルルも急降下してきました。床すれすれで身をひるがえすと、血が飛び散り、大ネズミの首が転がります。ルルが風の刃で切り落としたのです。
けれども、首を切られても、火鼠はまだ生きていました。床を転がった首が牙をむいてキィキィ怒り続けます。ポチが抑えている体のほうも、がむしゃらに暴れ続けます。風の犬のポチが振り切られそうな勢いです。
「うるせえ！ あっちに行け、ネズ公！」
とゼンが駆け寄って、火鼠の頭を思いきり蹴飛ばしました。ボールのように転がった頭が、フノラスドの穴へ消えていきます。
とたんに、キーッと穴の中からネズミの悲鳴が上がり、ポチが抑えていた火鼠の体が黒い霧になって消えました。地響きのような声が響き渡ります。
「チガウ！！！」
石造りの地下室が大揺れに揺れます。
部屋の中にいた一同は、思わず立ちすくみました。風の犬のポチやルルさえ、その場から動けなくなります。すさまじい恐怖に心をわしづかみにされたのです。フノラスドの声だ、と全員が一瞬で悟ります。
「怒るな、フノラスド。今、本物の生贄を送ってやる」
と闇王が落ち着き払って言いました。手を振ったとたん、キースとグーリーがまた斜面のほうへ吹き飛ばされます。
フルートは我に返りました。
「やめろ！！」
と叫んで駆け出します。
ところが、とたんに火傷を負った足に激痛が走りました。体制が崩れ、その場で転びそうになります。
闇王は素早くフルートへ手を向け直しました。フルートの小柄な体が見えない手に払い飛ばされ、もんどり打って斜面のほうへ転がっていきます。
「フルート！」
とゼンも駆け出しました。友人を助けようとしますが、そこへ、グーリーの巨体が飛んできました。ゼンにぶつかり、一緒に壁にたたきつけられます。闇王が魔法でグーリーをゼンへ投げつけたのです。
同じ魔法は、キースを斜面へと押しやっていました。またガラスの斜面の蟻地獄へキースを送り込もうとしています。フルートは足の痛みも忘れてキースに飛びつきました。必死でその手を捕まえますが、魔法の力が強すぎて引き止めることができません。キースと一緒に斜面へ押されていきます。
「ワン、フルート！」
「キース！」
風の犬のポチとルルが飛び出しましたが、次の瞬間、普通の犬の姿に戻って床に転がりました。風の犬に変身することができません。闇王は、彼らの行動をことごとく抑え込んでいるのです。駆けつけようとしたメールとポポロにも魔法の弾が飛び、メールがポポロを抱えるようにして飛びのきます――。
「フルート、その手を離せ！」
とキースが言っていました。闇王の魔法はキースに向けられています。フルートはそれに引きずられて斜面に落ちようとしているのです。
「君は関係ない！ 巻き添えになってフノラスドに食われるぞ！ 早くその手を離すんだ！」
けれども、フルートはキースの手をいっそう強く握りました。もうひとつの手と自由になる足で踏みとどまろうとあがきながら言います。
「嫌だ――絶対に離さない――！」
顔を真っ赤に染め、歯を食いしばってキースを停めようとします。
ふん、と闇王がまた冷笑しました。
「やはり勇者か。見殺しにできないと言うのであれば、共に生贄になるがいい」
キースへ向けた手へもうひとつの手を並べ、フルートへも魔法を繰り出そうとします。
フルート！！ と仲間たちは叫びました。それぞれの場所から助けに飛び出そうとしますが、間に合いません。
その時、突然闇王の背後に二匹のゴブリンが現れました。黒テンのマントからのぞく二枚の翼にしがみつき、大きな口で思いきりかみつきます。
王が声を上げて振り向いたとたん、魔法がとぎれました。キースは自分の翼を広げ、フルートをつかんだまま飛びたって、斜面から離れました。
「この――！」
闇王が背中のゴブリンを捕まえようとすると、二匹の姿がまた消えました。どこにも見当たらなくなります。
王は怒りに顔を歪めました。
「まだ隠れていたのか。出てこい！」
ごうっと強い風が起こり、その中に薄絹が巻き上げられて飛びました。部屋の中に姿を現したのは、長い黒髪のアリアンです。腕の中にはゾとヨがいます。
ふん、と王がまた言いました。今までとは違う、いまいましそうな声です。
「千里眼の娘もここにいたのか。我ながら、つまらぬ嘘に引っかかったものだ」
アリアンやゴブリンたちの前に、キースとフルートが下り立ちました。背後に彼らをかばって剣を構えます。
キースがアリアンをちらりと振り向いて苦笑しました。
「本当に安全な場所に避難していてくれたらよかったのに……。見た目と違ってまったく勇敢だな、君は」
アリアンが驚いたように真っ赤になります。
メールとポポロの前には、起き上がったゼンとグーリーが駆けつけていました。ポチとルルがまた風の犬に変身して空に舞い上がり、全員が闇王に向かって身構えます。
ところが、闇王は勇者たちを見ていませんでした。赤い目でじっと見つめていたのは、アリアンに抱かれた二匹のゴブリンです。
「闇の怪物のゴブリンが、光の勇者に味方をした」
とひとりごとのように言います。
「闇に生まれ、闇に育ち、光との接点がまったくなかったはずの怪物が――。何故だ？」
本当に不思議がるような声に、フルートたちはとまどいました。
「おまえはまた……！」
とキースがどなると、とたんに闇王が手を振りました。それまでずっと開いていた入口の扉が、音をたてて閉まります。彼らは部屋の中に閉じこめられたのです。
「闇のもののおまえたちが、何故光の戦士を助ける。おまえたちにそんな行動をとらせるものはなんだ？ 答えよ、ゴブリン。私の納得のいく返事ができたなら、おまえたちをここから解放してやろう――」
フルートたちを無視して、闇王はゾとヨにそう尋ねました。
