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第15巻「闇の国の戦い」

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47.疑問

 話をしよう、答えが聞きたい、と言われて、キースはとまどいました。彼やグーリーが床から起き上がっても、闇王は何も仕掛けてきません。座った椅子から身を乗り出し、興味深げに彼らを見ています。

 どうやら本当に話がしたいようだ、とキースは判断しました。絶望的だった状況の片隅に、小さな希望の火がともります。フルートたちは彼らを救いにこの場所を目ざしているはずです。闇王と話し、それが長引けば、彼らが駆けつけてくるまでの時間を稼げるかもしれません――。

「何が聞きたいんだ?」

 とキースは尋ねました。憎い相手と向き合っている不愉快はこらえます。

 闇王は長い指で顎をつまんで、考えるような表情になりました。

「私は昔からずっと不思議に思ってきたのだ。闇から光が生まれてくるのは何故なのだろう、とな。おまえたちならば、それに答えられるのかもしれぬ」

「……どういうことだ?」

 とキースはまた聞き返しました。意味がまったくわかりません。

 すると、闇王はさらに考えるように、少しの間黙り、おもむろにこんな話を始めました。

 

「我々は闇からできた闇の民であるし、この国は闇の国だ。その名にふさわしく、我々は闇の仕業(しわざ)を好む。嘘偽りでだまして金品を奪い、奪えぬものは破壊しておとしめ、力で支配し、いたぶり傷つけ、姦し殺す。それはこの国の日常で、誰もが自分のために他人を踏み台にするのは当然と考えている。――だが、ごくたまに、闇の民の中から、そうではない者が生まれてくることがある。彼らは闇の国にありながら、盗まないし、傷つけない。常に他人を求めていて、他人に出会うと、その者のために行動しようとする。ちょうど、おまえとそのグリフィンのようにな。闇の民のくせに、助け合おうとするのだ――。この不思議な現象は、はるか昔から繰り返されてきた。いくら排除しても、いつの間にかまた、そういう闇の民が現れてくる。おまえが助けた娘の両親もそうだった。闇の民として生まれ育ったくせに、闇の国を嫌い、手を取り合って北の大地へと逃げて、トジー族になりすました。追っ手に見つけ出されて、処刑されたがな」

 キースは、ぎょっとしました。

「処刑――!? アリアンの両親は北の大地の海で溺れ死んだと聞いたのに! 殺されていたのか!?」

 闇王は表情を変えることもなく、それに答えました。

「強靱な生命力を持つ闇の民が、海に落ちたくらいで死ぬはずがなかろう。脱走は死罪だ。ドルガが冷たい海の底に引きずり込んで、刑を下したのだ。二人の子どもは奴隷として役に立つので、闇の国に連れ戻された。そこにいるグリフィンと共にな」

 ギェェン! とグーリーが叫びました。キースが止める間もなく闇王に飛びかかり、たちまち王に跳ね飛ばされて倒れます。キースはあわてて駆け寄り、手当の魔法を送り込んでやりました。また王に飛びかかろうとするグーリーを懸命に抑えて言います。

「よせ、グーリー。かなわない――。我慢するんだ」

 ギェェェェ……!!!

 泣くような声でグリフィンが叫びます。

 

 そんな様子を前にしても、闇王は表情を動かしませんでした。淡々と話し続けます。

「いつもそうなのだ。闇の国に闇を嫌う者が現れてくる。我々はそれを見つけ出し、殺して排除する。ところが、いつの間にかまた、同じような者が現れる。先の者と後の者に接点がなくても、やはり自然に発生してくる。これは何故なのだろう? 我々は闇の体と魂を持つ種族のはずなのに、彼らは光を目ざす。地下の闇の国から抜け出し、光のある地上へ出て行こうとする。光を求める心はどこから生まれてくるのだ? 闇の魂は光を求める本能があるのか? だが、それならば、他の大多数が光を目ざさないのは何故だ? 闇の魂が光に変わるのか? だが、それでは闇の体が耐えられないだろう。何故、どこから、彼らは来るのだ? 我々と彼らを違わしめるものは、いったい何なのだ――?」

 王のことばはキースに尋ねるというよりも、長いひとりごとを言っているようでした。キースが返事をしなくても、気にする様子もありません。

「そこで、私は実験をしてみることにした。人間の女に、私の子を産ませてみたのだ。人間は、内に光と闇の両方を持つ存在だから、光の部分は、人間の血と共に子どもにも引き継がれていく。その子どもがどう行動するようになるかを、確かめることにしたのだ――。人間の血を引くウルグの子は、おまえを含めて五人生まれた。全員が闇の民の姿をしている。四人は行動も完全に闇の民だ。王子や王女である自分が不当な処遇を受けていると怒り狂って、己を産んだ母を自分の手で殺し、父である私に逆らったので、すでに全員が処刑されている。だが、おまえだけはそうはならなかった、キース。おまえは明らかに光を目ざす闇の民だ。その身は闇に強く染まっているのに、それでも闇を拒絶して、何度連れ戻されても、光のある地上へ向かい続ける。私には、それが不思議なのだ――。おまえは闇の王である私の血を引いている。おまえの内にある魂は、量的に見て光より闇のほうが多いはずなのに、それで何故、光を目ざす? 闇の民より劣る人間に、自分からなろうとするのは何故だ? 母から受け継いだ血がそうさせるのか? では、他のウルグの子どもが闇であったのは何故だ? 人の血も魂も受け継がないはずの者たちから、光を目ざす者が現れるのは何故だ? わからん。私には理解できぬのだ――」

 

 本当に不思議がっている王の声を聞きながら、キースは憤りで真っ青になっていました。

「実験――ぼくは、おまえの実験のために生まれてきたというのか――」

 闇王を自分の父だと思ったことは一度もなかったのに、衝撃で全身がわなわなと震えます。

 それでも、王は彼の怒りを理解しませんでした。

「そうだ。他のウルグの子どもが死んだ今、おまえだけが唯一の事例となった。だから、試してみた。……あの娘がおまえの元に逃げ込んだことはわかっていたし、私ならば、すぐに娘を取り上げることもできた。だが、娘とおまえが一緒になったとき、何が始まるのかを見てみたかったのだ。すると、おまえたちの元へ、地上から金の石の勇者たちが駆けつけてきた。光の戦士が闇の民のおまえたちに荷担している。こんなことは前代未聞だ。とてもありえないはずなのに、現に、連中はおまえを救出しようと行動している。理解できぬ。まったく理解できぬ――。光が闇を守るなど起こりえないのに、何故彼らはおまえを救おうとする? おまえは何をして、彼らを味方につけたのだ?」

 問いかける王に、キースは返事をすることができませんでした。全身は怒りに震え続けています。闇王は人を人として見てはいません。キースも、その母も、フルートたちも、単なる観察の対象でしかないのです。キースの頭の中に、優しかった母の面影が浮かんでは消えます――。

 

 それでも王はキースの様子に頓着しませんでした。自分の興味と疑問だけを見つめて話し続けます。

「おまえは光なのか、闇なのか、キース? それを確かめようと、おまえたちをここに呼び寄せた。――そこにいるフノラスドは、近づく者の心に絶対の恐怖を呼び起こす怪物だ。奴の前では誰もが自分の本音で行動するようになる。食われることを恐れて人を蹴落とし、自分だけが助かろうとするのだ。今朝生贄にされた人間たちも同様だった。皆が、他人を押しのけて出口へ逃げようとした。だから、おまえもそうするのだろうと思った――。ところが、おまえは逃げずに、そのグリフィンを助けようと踏みとどまった。しかも、そのグリフィンまでが同じことをする。闇から生まれ、少しも光を持たないはずの怪物なのに。おまえたちは何だ? その内にあるのは光か、それとも闇か? 何がおまえたちにそんな行動をとらせる? 答えよ、キース。私には、おまえたちが理解できぬのだ――」

 キースはグーリーの首の羽根を強く握りしめて、怒りの爆発をかろうじてこらえていました。震える声で、吐き捨てるように言います。

「それはおまえには永久に理解できないことだ、闇王――! 答えは、おまえからはるか遠い場所にある。おまえには、絶対に手が届かない!」

 それを聞いたとたん、ずっと淡々としていた闇王が顔つきを変えました。牙をむき、怒りの形相で言います。

「生意気な! 答えを出し惜しみするつもりか、キース! 答えよ! 答えねば、即刻おまえたちをフノラスドに投げ与えるぞ!」

 キースは冷笑しました。

「だから、おまえには理解できないと言っているんだ――。脅されて答えると思っているのか? 闇の国を捨てたぼくらには、闇王もフノラスドも、命令することはできないんだぞ」

 

 とたんに、闇王のほうも平静に戻りました。そうか、と言って立ち上がると、座っていた椅子が消えました。

「それでは、これ以上は話し合う必要もないな。おまえたちをフノラスドに与える。奴の穴へ行け」

 強力な魔法がキースとグーリーに飛んできました。一瞬で彼らをなぎ倒し、フノラスドの穴へ続く斜面へと吹き飛ばします。

 ギェェェ!!!

 グーリーは懸命に石畳に爪を立てました。大きな翼の陰にキースをかばいます。けれども、闇王の魔法には巨大なグリフィンでも抵抗することはできませんでした。すさまじい圧力に爪が滑り、斜面へずるずると押しやられて行きます。

 キースは闇王へ魔法を撃ち出し、それが粉々に砕けるのを見ました。やはりとてもかなわないのです。

「逝け、キース! おまえにはもう用はない。私の前から消え去れ!」

 闇王の声と共に、魔法がさらに強まりました。グーリーとキースの後ろに斜面が迫ります。

 すると、グーリーが突然ワシの頭をねじってキースを振り向きました。クー、と甘えるような声を出します。

 キースは真っ青になりました。

「そんな――馬鹿なことを言うな!」

 グーリーは、フノラスドの体になりたくない、今ここで自分を殺してくれ、とキースに頼んできたのです。

 グーリーは笑うように目を細め、翼を大きく開きました。翼の付け根に柔らかな羽毛におおわれた胸が現れます。その奥にある心臓を撃ち抜いてくれ、と態度で示します。

 グーリー! とキースは叫びました。できるはずはありません。けれども、このまま穴へ落ちていけば、グーリーは本当にフノラスドに体を乗っ取られてしまいます。それもまた、グーリー自身の死になるのです。

 グーリーのライオンの後脚が斜面に落ち込みました。闇王の魔法は彼らを押し続けています。停まることができなくて、斜面を滑り落ち始めます。しがみついているキースも、一緒に引きずられていきます。彼らの後ろには、フノラスドの穴がぽっかり口を開けています――。

 

 すると、いきなり彼らの前で闇王の魔法が砕け散りました。黒い光のかけらが雪のように降りしきる中、グーリーとキースの体が斜面の途中で停まります。

 彼らが驚いていると、誰もいないはずの場所で、誰かが言いました。

「危ねえ危ねえ。危機一髪だぜ」

 声と共に、グーリーとキースの体がぐいぐい斜面を上り始めます。

「そこにいるのは誰だ!?」

 と闇王が放った魔法が、また粉々に砕けて飛び散りました。その後から、青い胸当てをつけた少年が姿を現します。グーリーの前脚をがっちりつかんで、斜面から引き戻しています。

「ゼン――!?」

 キースが叫んだ声に、ごうっという音が重なりました。空中に突然炎の弾が現れて、闇王へ飛んでいきます。王は音に振り向き、炎をはじき返しました。

「そこにもいるな! 何者だ!?」

 闇王が強くにらみつけた場所から、金の鎧兜の少年が現れました。大きな剣を握っています。

「ぼくは金の石の勇者だ! 友だちを返してもらいに来た!」

 そう言って、フルートは剣を構え直しました――。

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