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第15巻「闇の国の戦い」

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第15章 闇王

46.闇王

 中央に大きな穴が空いた丸い部屋。穴の底に潜むのは、生贄をむさぼっては眠る怪物のフノラスドです。肉が腐るすさまじい悪臭が、穴から漂っています。

 その中へグリフィンのグーリーを落とすか、グーリーと共に生贄になるかを選択しろ、とキースは迫られていました。グーリーを突き落とせば、キースの命は助かります。

 グェン……

 グーリーが低く鳴いて、不安そうにキースを見ました。キースは青ざめたまま闇王を見つめています。闇王は金の冠をかぶり、黒テンのマントをまとって立っていました。口元にはしわが刻まれ、短い黒髪に白いものが混じっていますが、顔立ちも体つきもキースに酷似しています。

 すると、キースが口元を歪めて笑いました。

「フノラスドは母さんを殺した怪物だ。そいつが腐って死んでいくというなら、これほど嬉しいことはないな。グーリーを新しいフノラスドにする手助けなんて、それこそ、死んだってごめんだ」

「おまえがやらなければ、私がやるだけのことだ」

 と闇王が答えました。キースが何を言っても、顔色ひとつ変えません。

「私はただ、息子のおまえにチャンスを与えている。ウルグのおまえは王位を簒奪(さんだつ)する危険がない。私に忠誠を誓えば、私の三人目の将軍に取りたててやろう」

「断る!」

 とキースは牙をむきました。

「ぼくはおまえを父親だと思ったことなどない! おまえを自分の王だと思ったことも一度もない! おまえの命令を聞くくらいなら、百回フノラスドの生贄にされるほうが、まだましだ!」

 息子から拒絶され、皮肉を言われても、闇王はやはり表情を変えませんでした。ただ冷ややかに命じます。

「では、おまえたちをフノラスドに与える。――やれ」

 

 とたんに警備兵のドルガたちが動き出しました。キースとグーリーを穴へ突き落とそうと、四本腕から魔法を繰り出します。

 キースは魔法でそれを防ぎました。ルー将軍の魔力にはかないませんでしたが、ドルガ程度の魔法なら充分対抗できます。魔法攻撃が黒いかけらになって散っていきます。

 すると、闇王が手を伸ばしました。たちまちキースとグーリーはその場から跳ね飛ばされ、穴へ続く斜面に転がり落ちました。

「うわっ!」

 ギェェン!

 キースとグーリーは翼を羽ばたかせましたが、斜面から飛びたつことができませんでした。どんなに翼を動かしても体が浮き上がらないのです。ガラスのように磨き上げられた斜面を、青年とグリフィンの体が滑り落ちていきます。

 と、グーリーがワシの前脚を伸ばしました。片脚の爪が、かろうじて斜面の縁の石畳にかかって、体が斜面の途中で停まります。キースもその脇腹にしがみつきます。

 斜面に宙ぶらりんになったキースに向かって、闇王がまた言いました。

「もう一度命じる。私に忠誠を誓え。グリフィンをフノラスドに与えるのだ」

「嫌だ!!」

 この状況でもキースは拒絶します。

 

 すると、王が親衛隊員へ合図を送りました。ドルガたちは心得て動き出し、斜面の縁にかかったグーリーの前脚へ駆け寄ると、剣を振り上げました。

「よせ! やめろ――!!」

 キースの声を無視して、グーリーの足に切りつけます。

 ギェェェン!!

 グーリーがまた悲鳴を上げました。幸い爪は石畳から離れませんでしたが、ワシの指がみるみる血に染まっていきます。

 キースはグーリーから片手を離して魔法を撃ち出しました。一人のドルガがもんどり打って斜面に落ち、叫びながら中央の穴に呑み込まれていきます。

 すると、穴の中から低い振動が湧き起こって、太い声になりました。

「ナナジュウサン――」

 他のドルガたちは真っ青になって立ちすくみました。キースとグーリーも、ぎょっとして穴を振り返ります。それはフノラスドの声でした。食った生贄の人数を数え上げているのです。言いしれない恐怖が、ぞぉっとキースたちの背筋を這い上っていきます。

 

「恐ろしいであろう」

 と闇王がまたキースへ言いました。

「フノラスドは恐怖の怪物だ。誰もが奴に恐怖を感じずにはいられないのだ。――上がってこい、ウルグの息子よ。おまえは闇の民だ。己の真の姿に目覚めるときが来ている。そのグリフィンを穴に蹴り込んで、自分自身を救え」

 キースは全身を震わせて牙を鳴らしました。顔を歪めて鬼のような表情になります。

 と、キースは長い毛を引いてグーリーの背中に飛び乗りました。巨大な体を蹴りながら、駆け上っていきます。

 ギェェェ、とグーリーがまた鳴きました。悲鳴のような声です。

 冷徹な闇王が初めて顔に表情を浮かべました。グリフィンを踏み台に上がってくる息子を眺めて、満足そうに笑います。

 黒ずくめの闇の青年が斜面の上に飛び出してきます――。

 

 ところが、キースはすぐに体を反転させました。剣を持つドルガたちに飛びかかると、殴り倒し、斜面に蹴り落としてしまいます。

 ドルガたちは悲鳴を上げながら斜面を滑り落ちていきました。どんなにもがいても停まることができません。強烈な腐臭を放つ穴に呑み込まれていきます。

「ナナジュウシ、ナナジュウゴ――」

 地響きのような声がまた言います。

 そこへキースめがけて魔法が飛んできました。ドルガの攻撃です。キースは自分の前で手を振りました。とたんに白いマントが現れて、魔法の弾を跳ね返してしまいます。

 舞い下りてきたマントを身に絡めて、キースは叫びました。

「ぼくは闇の民じゃない! ぼくはウルグでもない! ぼくは――キースだ! おまえの命令になど、絶対に従うものか!」

 また白いマントがひるがえり、その陰から剣が現れました。キースが魔法で取り出したのです。襲いかかってきたドルガたちを次々に刺して、また斜面へと蹴り落とします。

「ナナジュウロク、ナナジュウシチ、ナナジュウハチ――」

 フノラスドの声が、部屋を地下から揺すぶります。

 ついにドルガがいなくなると、キースはグリフィンを振り向いて言いました。

「上がってこい! 早く!」

 グーリーは二本の前脚で石畳をつかんで、斜面の上に這い上がってきました。キースの後ろに立って、ギェェェン、と声を上げます。

 

「ウルグの息子は、あくまでも私には従わないか」

 と闇王が言いました。親衛隊員が一人残らず死んでも、あわてる様子はありません。キースとグーリーを眺め、おもむろにまた話しかけてきます。

「それでは、おまえのほうにチャンスを与えるとしよう、闇のグリフィン。ウルグの王子をフノラスドの穴へ突き落とせ。そうすれば、おまえの命は助けてやる」

 キースとグーリーは仰天しました。闇王は、今度はグーリーのほうへ命令しているのです。

「この……!」

 とキースは闇王に切りかかりましたが、たどり着く前に魔法で跳ね飛ばされました。守る者がいなくなったグリフィンに、王がまた言います。

「何故迷う、闇のグリフィン。そこにいるのは、もはや私の息子ではない。ただの裏切り者だ。そいつを落とせば、おまえの罪はすべて許して自由の身にしてやろう。あそこから出ていくがいい」

 ばん、と音をたてて部屋の出口が開きました。長い通路がその向こうに続いています。キースは床に倒れたまま、思わずグーリーを見上げました。黒いグリフィンの姿が、そびえるように大きく見えます。

 ギェェェ! とグーリーは鋭く鳴きました。翼を広げ、くちばしをかっと開いて宙に飛びます。襲いかかった相手は、キースではなく闇王でした。次の瞬間、グーリーも闇王の魔法に吹き飛ばされて、キースの隣に倒れます――。

 

「キースもグリフィンも、揃いも揃って私の誘いには乗らぬか」

 と闇王は言いました。何故だか、怒っている声ではありませんでした。倒れているキースたちを、珍しいものを見るように眺めると、魔法で椅子を出し、おもむろに座って肘置きに頬杖をつきます。

「おまえたちは何故、そうも闇を拒むのだ。闇の国に生まれ、闇から作られたものであるというのに……。しばらく話をするとしよう、キース。私はおまえたちの答えが聞きたいのだ」

 そう言って、闇王は身を乗り出してきました――。

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