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第15巻「闇の国の戦い」

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45.生贄(いけにえ)

 ルー将軍は見上げるような大男でした。巨体は生まれつきですが、六本の腕と翼は生まれたときから持っていたものではありません。親衛隊員としての働きを認められ、昇進するたびに、翼が増え、腕が増えていったのです。将軍は親衛隊最高の地位でした。彼に並ぶのは、同じ地位にあるグランダー将軍だけ、彼の上にあるのは闇王ただ一人きりです。

 彼に従っていたドルガが前に出て、大急ぎで行く手の扉を開けました。彼らはずっと城の階段を下って、長い通路を歩いていたのです。分厚い扉の先には円形の大きな部屋がありました。石畳の中央は斜面になっていて、真ん中にぽっかりと丸い穴が空いています。全体に屍臭の漂う闇の城ですが、この部屋には肉が腐り溶ける臭いが特に濃く漂っていました。悪臭の元は、部屋の中央の穴です。

 部屋を守っていた数人のドルガが敬礼する中へ、ルー将軍は進んでいきました。その後にも四人のドルガが従ってきます。

 

 部屋を見回して、ルー将軍は尋ねました。

「他の生贄どもはどうした。昨日までここにいたはずだろう」

 警備のドルガはすくみ上がって答えました。

「今朝早く、王のご命令でフノラスドに与えました、閣下」

「闇王の?」

 ルー将軍は驚きました。王の右腕のはずの自分に、知らされていなかったのです。

「だが、生贄はまだ百人揃っていなかったはずだぞ。せいぜい七十人くらいだっただろう」

「七十二人でした、閣下」

 と別の警備兵が答えます。

「奴は生贄を百人食わない限り、眠りにはつかん。王は時間稼ぎをされたのか?」

 とルー将軍は首をひねり、足元に転がっていた眼鏡を無造作に踏みつぶして歩いていきました。生贄にされた人間が落としていったものです。穴に近づくほど、悪臭は強くなり、名状しがたい雰囲気が押し寄せてきます。従っていた四人のドルガが、怖じ気づいた顔で遅れ始めます――。

 将軍は穴の数メートル手前で立ち止まると、手にしていた箱を床に投げました。透明な箱が消えて、中から青年と巨大なグリフィンが現れます。どちらもまだ戒めに縛られたままです。

 青年に向かって、ルー将軍は言いました。

「フノラスドが待ちかねている。さっさと生贄になれ、ウルグの王子」

 ばらばらと警備兵のドルガたちが駆け寄って、キースの体に手をかけました。キースは上半身と両脚を何本もの黒い金属の輪で縛られているので、立つことも戦うこともできません。身をよじって抵抗しますが、すぐ警備兵に抑え込まれてしまいます。

 

 すると、かたわらでグリフィンが頭を上げて鳴きました。

 ギエェェェ!!!

 こちらも翼の生えた上半身からライオンの下半身にかけて、黒い戒めで縛られていますが、かぎ爪の前脚とくちばしを振り回して、キースを守ろうとします。たちまち警備兵の一人が血まみれになって倒れます。

「グリフィンの分際で邪魔をするな!」

 ルー将軍が六本腕の一本を向けると、どん、と音がしてグリフィンが吹き飛びました。穴に向かう斜面のすぐ際に倒れます。

「グーリー!!」

 とキースは叫びましたが、グーリーを救おうにも、縛られた体ではなんの力も出せません。警備兵たちがまたキースを抑え込み、無理やり立たせて穴へと引きずって行きました。それに抵抗することもできません。

 すると、グリフィンがまた起き上がって襲いかかりました。石の床の上でかぎ爪を鳴らし、キースをつかんでいる警備兵をくちばしで追い払います。

 将軍がまた魔法を撃ち出しました。グーリーが床に激しくたたきつけられます。

「うるさい鳥だ。王が何故半分しか捕縛しておかないのか、理解ができんな」

 と将軍がひとりごとを言います。

 グーリーはくちばしから血を流していました。闇の怪物でも、その血の色は鮮やかな紅です。手負いのまま、また起き上がり、警備兵に襲いかかってキースを守ります。

「死ぬまで抵抗するつもりか。ならば望み通りにしてやろう」

 とルー将軍はまた手を向けて、魔法を繰り出そうとしました。今度はグリフィンでも即死するような強力な攻撃を、大きな手のひらに集めていきます。グーリー、逃げろ! とキースは叫びましたが、グリフィンはやっぱり逃げませんでした。警備兵をキースから追い払い続けます――。

 

 そこへ、突然声が響きました。

「待て、ルー将軍。そのグリフィンを殺してはならぬ」

 ひどく冷静な声でした。部屋の入口が開いて、壮年の男が入ってきます。黒い服に黒い翼、黒テンのマント、ねじれた二本の角が生えた頭には金の冠をかぶっています。中肉中背ですが、非常に大きな存在感を放つ人物です。

「闇王」

 と将軍はすぐに向き直りました。他の兵たちと共に深々と王へ頭を下げて言います。

「何故この怪物を生かしておくのですか、王よ。フノラスドは人以外は食いません。怪物などなんの役にも立たないというのに」

「私のすることに異存があるというのか?」

 と王が尋ねました。冷ややかな声の奥に、鋭い怒りがありました。自分に逆らうようなことを口にすれば、例え将軍であっても即座に処罰するぞ、と暗に伝えてきます。

 警備兵たちはすくみ上がり、ルー将軍も顔をこわばらせて言いました。

「とんでもございません。すべては王の御心のままに」

 闇王が部屋の中へ進んできました。巨体の家臣の前に立って命じます。

「下がっておれ、将軍。キースとグリフィンは私が対処する」

 ルー将軍は驚き、それは危険です――と言いかけて、ことばを呑みました。王がまた冷ややかな怒りの目で彼を見ていたからです。

「王の私がウルグの息子やグリフィンに敗れることを期待しているのか?」

 ルー将軍はあわてて首を振ると、さっきと同じことばを言いました。

「すべては王の御心のままに。承知いたしました」

 自分が引き連れてきたドルガを従えて、逃げるように部屋から出ていきます。

 闇王は床に倒れているキースを見ました。大きな二本のねじれ角も翼も整った顔も、息子のキースによく似ているのですが、雰囲気がまったく違いました。こちらには、相手を近づかせない冷たい威圧感があります。

 すると、闇王がキースへ手を向けました。魔法のしぐさです。グーリーは前脚で床を蹴って飛び出し、自分の体でキースをかばおうとしました。その上へ、王の魔法がひらめきます――。

 

 とたんに、キースとグーリーを縛っていた金属の輪が消えました。王が戒めを消したのです。自由になった一人と一匹は驚いて、逆にすぐには動けなくなりました。部屋に残っていた警備兵たちも、とまどって王を見ます。

 すると、闇王が言いました。

「おまえたちに、私を倒すだけの力はない。戒めは必要がない」

 キースは闇王をにらんで尋ねました。

「ぼくたちをここに連れてきて、どうするつもりだ? フノラスドの生贄にするつもりなら、それこそグーリーは必要ないだろう。何を企んでいる?」

 親に対する口調ではありません。敵に向き合っている者の声です。

「おまえにチャンスを与えようとしているのだ、キース。この場で私に忠誠を誓え。そうすれば、おまえの命は救ってやる」

 答える闇王も、息子に対する口調ではありませんでした。絶対者が臣下へ命令する声です。

 キースは、端正な顔を大きく歪めて笑いました。口元から白い牙がのぞきます。

「忠誠? ぼくがそんなものを誓うと思っているのか? 母さんを殺した仇のくせに」

「おまえの母親は自分からすすんでフノラスドの生贄になったのだ」

「ぼくを生贄にする命令を下したのはおまえだ! おまえが母さんを追い込んで殺したんだ!」

 強い怒りを込めてキースが糾弾しても、王は顔色ひとつ変えませんでした。淡々と繰り返します。

「私に忠誠を誓え、キース。――そして、そのグリフィンをフノラスドの穴に突き落とすのだ」

 

 キースは驚きました。その隣でグーリーがすくみます。

「何故だ!?」

 とキースは尋ねました。いくらキースの忠誠を試すにしても、グーリーを使うのは理解ができません。彼らを助けに来るフルートたちを殺せ、と命じる方が、まだ納得がいきます。

 すると、闇王が言いました。

「臭いでわかるであろう。フノラスドは腐り始めている。奴に新しい器を与えねばならない」

 キースとグーリーはいっそう驚きました。

「新しい器――? フノラスドは体を乗り替えるのか!?」

 その事実は今まで聞いたことがありませんでした。フノラスドについては、強大さと目覚めたときの恐怖が語られるだけで、実体に関してはほとんど知られていなかったのです。思わず振り向いた穴からは、鼻が曲がるほどの腐臭が漂っています。

「グリフィンを奴に与えて自分が助かるか。グリフィンと共にフノラスドの生贄になるか――。選べ、ウルグの息子よ」

 氷のように冷酷に、闇王は言い渡しました。

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