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第15巻「闇の国の戦い」

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44.白い犬

 デビルドラゴンのうろこが黒い触手になって、うねうねと伸びてきました。大人の姿になっているポチに、無数の蛇のように迫ります――。

 けれどもポチは逃げませんでした。四本の長い足を踏ん張って立ち、闇の竜をにらみつけて言います。

「嫌だ! ぼくもルルも、絶対におまえのものにはならない!」

 触手は見えない壁に押し返されたように下がりましたが、すぐに前以上の数で押し寄せてきました。

「死ネ。我ノモノトナレ、ぽち。我ハオマエヲ通ジテ闇ノ国ニ出ル。アノ国ハ我ガ属国。我ガ命ジレバ、国ニアルモノスベテガ勇者タチノ敵トナッテ、勇者タチヲ殺シ、跡形モナク食イ尽クス。ソノ後、我ハ闇ノ軍勢ヲ率イテ地上ヘ出テ、今度コソ、世界ヲ破滅ヘ至ラセテヤルノダ――」

 触手はポチのすぐ目の前まで迫っていました。雄犬の体に突き刺さり、すべての生気を吸い取ってやろうと、一箇所に集まって槍の穂先の形になっていきます。

 

 それでもポチは踏みとどまっていました。デビルドラゴンは、ポチが恐怖に駆られて逃げ出すのを待っているのです。ポチが逃げれば、竜はたちまちルルに追いついて、彼女を魔王にしてしまいます。どんなにたくさんの触手に迫られても一歩も下がらず、うなりながらルルの逃げた道に立ち続けます。

 すると、触手の一本が竜から離れて、サルのような怪物に変わりました。奇声を上げて襲いかかってきます。ポチは自分から先に怪物に飛びかかると、前脚で押さえ込んで容赦なくかみ殺しました。怪物は牙の間でちぎれて消えましたが、また別の触手が怪物になって飛びかかってきました。今度は猫のような怪物です。それもポチが迎え撃つと、また触手が怪物に変わります。熊、犬、人、蛇……さまざまな形の怪物が触手から生まれてくるので、いくら倒してもきりがありません。

 次第に荒い息になっていくポチを、竜が大量の触手の奥から、じっと見つめていました。ポチが疲れ果てて抵抗できなくなる瞬間を待ちかまえます――。

 

 

 すると、ポチの後ろから突然巨大なものが飛んできました。闇のように黒い光の塊です。ポチのかたわらをすり抜け、デビルドラゴンに激突して、触手ごと竜を跳ね飛ばしてしまいます。

 ポチは仰天して振り向きました。そこには黄昏時のような空間が広がっているだけで、黒い光がどこから来たのかわかりません。

 ところが、デビルドラゴンは跳ね起きて叫びました。

「邪魔ヲスルノハ闇王ダナ!! 我ガシモベノ分際デ、マダ我ヲ国ヘ入レヌツモリカ!?」

 ポチは思わず耳を疑いました。闇王がデビルドラゴンを攻撃した――? 状況が理解できなくなって、うろたえてしまいます。

 そこへまた黒い光が飛んできました。再び闇の竜を跳ね飛ばします。竜は四枚翼を打ちあわせて、宙高く舞い上がりました。触手を納めて黒いうろこの姿に戻ると、ポチの後ろの空間へ向かって言います。

「許サヌゾ、闇王! 主君ニ逆ラッタ罪ハ、イツカ必ズオマエノ命デアガナワセテヤル――!」

 声と共に、竜の姿は黒い霧の中に見えなくなっていきました。そこを黒い光の塊がまた貫いて、霧を散らし、それっきり光ももう現れなくなります。

 後に残されたポチは、竜の去った方向と光が飛んできた方向を見比べて、首をひねりました。闇王は自分たちの大将の竜を追い払ったのです。しかも、デビルドラゴンの口ぶりからすると、以前からずっと逆らい続けているようです。いったいどういうことなんだろう? と考え込み、やがてひとつの結論に到達しました。

「やっぱり、闇王は竜の宝を隠し持っているんだ――。奴に闇の国にやってこられると、それを奪い返されてしまうから、それで奴を追い返したんだ」

 そうであれば、やはりあの怪物のフノラスドこそが、デビルドラゴンの力を持つ竜の宝ということになります――。

 けれども、やがてポチはルルを思い出しました。竜の宝について考えるのは後回しです。今は彼女と一緒に帰らなくてはなりません。ポチは大きな雄犬から小犬の姿に戻ると、ルルが逃げた方向へと走り出しました。

「ワン、ルル、ルル!!」

 

 ルルはすぐに見つかりました。薄暗がりの中で、行き先がわからなくなって立ちつくしていたのです。そこへポチが追いつくと、びっくりした顔で振り向いて言いました。

「ポチ、あなたどこから来たの? ……もしかして、さっき、私と一緒にいた?」

 疑うようなまなざしでポチを見つめてきます。

 ポチは知らん顔で答えました。

「ワン、ずっとルルを探していたんですよ。見つかって良かった。さあ、帰ろう。フルートたちがぼくらを心配する匂いがしてるから、これをたどれば帰れますよ」

 ルルはまだ疑わしそうにポチを見ていましたが、気がつかないふりで無視します。

 暗がりの向こうからは、本当に仲間たちの心の匂いがしていました。消えていった犬たちを心配して待ち続けているのです。

 ポチはルルを連れて、まっすぐそちらへ駆け出しました――。

 

 

「戻ってきたわ!」

 とアリアンが言いました。鏡には、黒い霧の渦から二匹の犬が飛び出してくる様子が映っています。次の瞬間、霧の渦は消え、地下通路の避難所に本当にポチとルルが姿を現しました。

 仲間たちは、わっと二匹に集まりました。ポポロがルルを腕の中に抱きしめます。

「ルル! ルル――!」

 そのまま声を上げて泣き出してしまいます。ポポロはルルと心の中でつながっています。遠い場所に連れ去られた彼女が、すさまじい恐怖の中で助けを求めていたのを、ずっと感じていたのでした。

 フルートが真剣な顔でポチに尋ねました。

「ルルはどこに連れ去られていたんだ? やっぱり闇王のところだったのか?」

 ポチは首を横に振りました。

「ワン、違います。ここは闇がとても強いから、デビルドラゴンのところにつながってしまったんです。ルルは奴にまた魔王になれと迫られたんですよ」

 とたんに、ルルはぶるっと身震いしました。ポポロの腕の中から顔を上げて言います。

「もう少しで本当にまた魔王にされるところだったわ……。でも、白い犬が助けてくれたのよ」

「白い犬って、ポチのこと?」

 とフルートが聞き返しました。

「いいえ、もっと大人の犬……。以前、ザカラス城でジーヤ・ドゥからも助けてくれたことがあるの」

「ワン、ぼくはそんな犬には逢わなかったんですよ」

 とポチがすかさず口をはさみました。

「あそこはルルの思った通りのものが現れる、夢の世界みたいな場所だったんです。きっと、助けを求めるルルの心が、前に助けてくれた犬を思い出して呼び出したんじゃないかな」

 その説明が、いかにももっともらしかったので、仲間たちは納得しました。ルルも、そうなのかしら、と自信なさそうにつぶやき、横目でちらりと恋人を見ました。ポチは、やっぱりルルより二回りも小さな体をしています。あの立派な雄犬とは、全然違います――。

 

 そこへ、避難所が面する地下通路の上の方から、カリカリと音が聞こえてきました。何かが通路を伝ってこちらへ下りてくるのです。フルートたちは、どきりとしました。ルルとポチをさらわれたり、その二匹が戻ってきたりで、ずいぶん大騒ぎしてしまいました。城の連中が声を聞きつけて確かめに来たのではないか、と緊張します。

 ところが、すぐにアリアンが言いました。

「大丈夫――ゾとヨよ」

 そのことばの通り、通路をたどってやってきたのは、ゴブリンのゾとヨでした。斜面になった床に爪を立てて器用に下りてくると、ぴょんと避難所のくぼみに飛び込んで来て言います。

「たたた、大変だゾ! 大変だゾ!」

「オレたち、ウルグの王子を見つけたヨ! 黒いグリフィンと一緒に四角い箱に閉じこめられて、将軍に連れていかれるところだったヨ!」

 黒いグリフィン! とフルートたちは驚きました。間違いなくグーリーのことです。キースと一緒だったんだ、と気がつきます。

「それで、彼らはどこに連れていかれたんだ!? その将軍ってのは何者!?」

 とフルートは急き込んで尋ねました。

 ゴブリンの双子は石の床の上をぴょんぴょん跳びはね、興奮しながら言い続けました。

「腕が六本あって、黒と金の鎧を着てたから、あれは将軍なんだゾ! 将軍は二人いるけど、たぶんあれはルー将軍なんだゾ!」

「将軍はものすごく強いから、ウルグの王子でもかなわないんだヨ! きっと、グリフィンと一緒にフノラスドの餌にされちゃうヨ――!」

 

 フルートは立ち上がりました。

「これ以上ぐずぐずしていられない! 城に突入して、キースたちを助け出すぞ!」

 おう! と仲間たちも立ち上がります。ゾとヨはアリアンの両肩に飛び乗って、彼女が見やすいように鏡を支えました。薄絹の肩掛けがふわりとひるがえると、彼らの姿がその中に見えなくなります。

「行くぞ!」

 とフルートは言い、仲間たちと共に、避難所から腐臭の漂う地下通路へ飛び出して行きました――。

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