ガチャガチャという耳障りな音に、キースとグーリーは目を覚ましました。冷たく湿った石牢の中で、いつの間にか眠り込んでいたのです。聞こえてきたのは、石牢の鍵を外す音でした。扉が開いて、数人の男が入ってきます。先頭は黒と金の立派な鎧をまとった大男でした。ドルガたちの腕は四本ですが、この男の腕は六本です。
たちまちグーリーが身構え、跳ね起きようとして失敗しました。戒めの輪が後脚にもはまっているので、立つことができなかったのです。キースのほうは座ったままで、へぇ、と大男を見上げました。
「ルー将軍が直々におでましかい? 食事を持ってきてくれたのかと思ったけれど、どうやらそうじゃないらしいね?」
わざと軽い調子で言いながら、素早く観察をします。目の前には六本腕の将軍が一人と四本腕のドルガが三人、出口にもドルガが一人残って見張っています。戒めに縛られた体で、これだけの相手から逃げ出すことは不可能です。
すると、ルー将軍が言いました。
「王の命令だ。おまえたちをフノラスドの生贄にする」
王子に対して横柄な口調です。キースは一瞬黙り込み、すぐにまた言いました。
「グーリーも? フノラスドはグリフィンは食わないはずじゃないか。さては――彼らが来たな」
将軍は大きな顎を上げて、じろりとキースを見下ろしました。いっそう横柄に言います。
「彼らとは誰のことだ」
「とぼける必要はないさ。ちゃんとわかってる。ぼくたちは、金の石の勇者をおびき寄せるための餌だ。彼らがここまでやってきたんだろう?」
将軍は何も言いませんでした。赤い目で無表情にキースを見下ろしています。ただ、その背後でドルガたちが一瞬目を見交わしたので、キースは自分が正しいことを確信しました。軽口を捨て、相手を強くにらみつけてどなります。
「彼らは世界を救う勇者たちだ! 例え闇王でも、彼らを殺すことはできないぞ!」
けれども、将軍はやはり無表情のままでした。冷ややかに繰り返します。
「王の命令だ。おまえたちをフノラスドに与える」
六本の腕の一本を振ったとたん、キースとグーリーは小さな空間に閉じこめられていました。キースたち自身が小さくなって、蓋のない透明な箱に封じられてしまったのです。キースとグーリーは手やくちばしで箱をたたき、体当たりをしましたが、小箱は壊せません。叫ぶ声も外には伝わりません。
ルー将軍はそれを拾い上げると、きびすをかえして石牢から出ていきました。四人のドルガたちがそれに従って行きます――。
扉が閉まり、石牢に誰もいなくなると、どこからかまた人の声が聞こえてきました。
「へぇぇ……面白い話を聞いちゃったなぁ」
声の主はランジュールです。赤い長い上着を着た青年が、空中に姿を現します。半ば透き通った幽霊の姿でふわふわと空中に漂いながら、自分自身へ話し続けます。
「ま、勇者くんたちが助けに来ることは予想ずみだったけどさ。やっぱり、本当に来ちゃったんだねぇ。でも、この城、いたるところに見張りが立ってるし、守りの魔法もかかってるから、入り込むのは相当難しそうなんだけどなぁ。勇者くんたち、どうやって入り込むつもりだろう? それに、うふふ」
ランジュールがひとりごとを言いながら、ふいに笑いました。相変わらず、女のような笑い声です。
「えぇとぉ……フノラスド? 初めて聞いたけどさ、あの話からして、間違いなく魔獣だよねぇ? うふふ、匂うよ匂う。ボクの大好きな強い魔獣の匂いだ。きっと、闇の国にしかいない、超珍しい怪物だよぉ。これは、ぜぇったい見逃すわけにはいかないなぁ」
魔獣使いの幽霊がにこにこしていると、その後ろの空間からヤマタノオロチが顔を出しました。黒や白、青や金の色違いの頭が、シュウシュウと抗議するように息を吐きます。ランジュールは振り向くと、あやす調子で言いました。
「妬かない妬かない。それはもちろん、はっちゃんのほうが強いに決まってるよぉ。でも――うふふ。どんなヤツか興味はあるよねぇ? 行ってみようよ、はっちゃん。フノラスドってのがどんなヤツか、見てみよう。うふ、うふふふ……」
楽しそうな笑い声と共に、ランジュールとヤマタノオロチは消えていきました。
今度こそ完全に誰もいなくなった石牢で、魔法の蝋燭が、短くなることもなく、いつまでも燃え続けていました。