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第15巻「闇の国の戦い」

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第13章 地下通路

40.門

 「急げ! 今のうちに都に入り込むんだ!」

 灰色の石畳の街道を走りながら、フルートが仲間たちに言っていました。ゼン、メール、ポポロ、ポチとルルが一緒に走っています。フルートは行く手にも呼びかけました。

「君たちもそこにいるな!?」

「いるわよ」

 と誰もいない空間からアリアンの声がしました。

「オレたちもいるゾ!」

「アリアンに抱いてもらってるヨ!」

 とゴブリンのゾとヨの声も答えます。彼らはオシラの肩掛けで姿を隠しているのです。

 

 空から闇王の巨大な稲妻が降ってきたとき、フルートたちは花の繭(まゆ)とは別の場所にいました。そこにも稲妻は容赦なく降りかかってきましたが、メールが花で分厚い天井を作って防ぎ、それも突き抜けてきた稲妻はフルートとゼンが盾や魔法の胸当てで防ぎました。

 おかげで仲間たちに怪我はありませんでしたが、フルートだけは左足に稲妻の側流を食らってしまいました。盾で防ぎきれなかったのです。鎧の下に火傷を負って、片足を引きずっています。

 ポポロが涙ぐんで言いました。

「手当をしなくちゃ、フルート……」

「今はそんな暇はない。大丈夫だよ」

 とフルートが答えます。傷は痛むはずなのですが、そんな表情も見せずに走り続けています。

 ゼンは口をへの字に歪めて街道を振り向きました。花が燃えながら降る中で、大勢のドルガやトアたちが右往左往しているのが見えます。メールが作った囮(おとり)の繭に勇者たちがいなかったので、大あわてで探し回っているのです。彼らがこちらに向かって捜索を始めれば、いくら姿が見えなくなっていても、逃げ切れなくなります――。

 

 すると、メールが声を上げました。

「見えた! 王都だよ!」

 カラプ、というのが闇の国の王都の名前でした。街道の行く手に、先ほどアリアンの鏡に映った街が現れ始めたのです。険しい山の上に、天空城と瓜二つな黒と金の城がそびえています。

 ところが、全員はやがて足を止めてしまいました。王都は高い石の壁に囲まれていて、その正面に大きな黒い門があったのです。門はぴったりと閉じています。

「ちくしょう! 闇王め、警戒して入口を閉じやがったな!」

 とゼンは地団駄(じだんだ)を踏みました。街壁も門もとても高くて、乗り越えることは不可能です。

「ワン、ぼくらが風の犬になって飛び越えましょうか?」

 とポチが言うと、フルートは首を振りました。

「だめだ。闇王がそれに警戒してないはずがない。飛んだ瞬間に、気がつかれて攻撃されるよ。……アリアン、どこかに入れる場所はないか?」

 少しの間、沈黙があってから、誰もいない場所からゾとヨの声がしました。

「だめだゾ。都の周りには四つの門があるけど、どこも閉まってるゾ」

「壁の下に呪いの蛇が隠れているのが、鏡に映ってるヨ。壁を乗り越えようとしたら、すぐやられるヨ」

 ここに来て、また困難です。先へ進めません。

 すると、アリアンが息を呑む気配がしました。

「都の中の親衛隊員がこっちへ向かっているわよ……! もうすぐ出てくるわ!」

 全員は、ぎょっとしました。

「どのぐらいの数だ!?」

 とゼンが背中の弓へ手を伸ばしながら尋ねます。

「外にいるトアたちと同じくらいの規模よ……!」

 とアリアンが答えます。およそ百人ということです。行く手から出てくる敵と後ろにいる敵に挟まれる形になって、一行は立ちすくんでしまいます。

 

 ところが、フルートは言いました。

「門の前に行くぞ、みんな――! 中から親衛隊員が出てくるときに、門が開く。その隙をぬって中に入り込むんだ」

 きっぱりとした口調です。

「隙をぬって、って」

 とルルがあきれたように言いました。敵は百名もいるのです。それが狭い街道にいっせいに飛び出してくるのですから、いくら姿を隠していても、ぶつかって見つかってしまいそうな気がします。

 けれども、フルートは繰り返しました。

「親衛隊員が出たら、門はまた閉じてしまうんだ。チャンスは今しかない。なんとしても中に入るんだ!」

「ったく――やるっきゃねえな」

 とゼンが肩をすくめます。

 

 全員が門の前にたどり着き、街道の端へ身を寄せた瞬間、黒い門が音をたてて開きました。分厚い扉の間から、湧き出すように親衛隊員が飛び出してきます。全員が黒い服を着て、角と牙を生やした闇の民ですが、背中に翼はありません。

「ジブたちだゾ」

 とゾの声が言いました。一番下の階級に所属する親衛隊員です。しっ、とアリアンが言う声も聞こえます。

 すると、扉のすぐそばで待機していたメールが動き出しました。ジブと呼ばれる親衛隊員は空を飛ぶことができないので、自分の足で街道を走っています。その間を野生の獣のようにすり抜けて、門の内側へと入っていきます。ジブたちは誰一人としてメールに気がつきません。

 一方、本物の獣のポチとルルは、ジブたちの足下を駆け抜けていきました。やはり、誰にもぶつかることなく門の内側にたどりつきます。

「だだだ、大丈夫かヨ?」

 姿を消したヨが言っていました。門からは黒ずくめの男たちが後から後から飛び出してきます。剣や武器を手に持ち、牙をむいて駆けていく様子に、すっかりおびえてしまったのです。幸い、小さなゴブリンの声は敵には聞きつけられませんでした。しっ、とまたアリアンがたしなめます。

「大丈夫よ。私には通り道が見えているから」

 ささやくようなアリアンの声が、門の内側へと消えていきます。

 ポポロも、少しの間遠い目をしていましたが、やがて、とっと駆け出しました。アリアンと同じように、魔法使いの目で男たちの間に通り道を見つけて、そこを抜けていきます。

 仲間たちが全員都の門の中に入ったのを見届けて、フルートとゼンも動き出しました。ジブたちは大半がもう外に飛び出していて、人数が少なくなっていました。その間に通り抜けられそうな隙間を見つけて、門の中を目ざします。ジブたちは、呪符で隠されているフルートたちに、まったく気づきません――。

 

 ところがその時、一人のジブの剣の鞘が、フルートの左足に当たりました。

 稲妻で火傷を負っていた足をいきなり強打されて、フルートは悲鳴を上げそうになりました。衝撃を弱める鎧を着ていても、傷に響いたのです。歯を食いしばって声と痛みをこらえますが、その拍子に、ひゅっと息を呑む音をたててしまいました。たちまちジブたちが振り向きます。

「なんだ、今のは!?」

「俺の鞘が何かに当たったぞ!?」

 フルートは、とっさにその場を飛びのきました。音をたてた場所を凝視されると、姿を見つけられてしまうからです。とたんに、また左足に激痛が走りました。今度は息もこらえましたが、左足から力が抜けました。思わずその場に膝をつくと、鎧が石畳の上で音をたてます。

「まただ!」

「何かいるぞ!?」

 ジブたちが武器に手をかけてあたりを見回しました。その声に、先を行っていたジブたちまでが振り向きます。

 フルートは歯を食いしばり続けました。痛みが強くて立ち上がることができません。近くにいたジブが、闇雲に手を振り回して探っていました。長い爪の生えた指先が、フルートに触れそうになります――。

 

 すると、今度は別の場所で、ビィンと弾くような音が響きました。ジブたちが、はっと振り向いたとたん、先を行っていたジブたちから叫び声が上がります。いきなり行く手で炎が湧き起こったのです。

「敵だ!」

「そこにいるぞ!」

 と火の手が上がった場所へ殺到していきます。フルートを探し回っていたジブたちも、いっせいに駆け出しました。炎が燃える街道へと飛び出していきます。

 すると、フルートの体が、ひょいと幅広い肩に載せられました。ゼンです。手には炎の矢を放った弓を握っています。

「門が閉まる。行くぞ」

 とゼンはフルートを担いだまま門の中に飛び込みました。その後ろで、音をたてて門が閉まります。

 

 門の内側に門番はいませんでした。通行が終わればひとりでに閉じる、魔法の門だったのです。

 仲間たちは少年たちに駆け寄りました。ゼンの肩から下りたフルートに、ポポロが飛びつきます。

「大丈夫、フルート!?」

「うん、もう大丈夫だよ……。ありがとう、ゼン」

「その足の手当をできりゃいいんだけどな」

 とゼンは渋い顔をしていました。本当にそんな暇はないのです。彼らの目の前に、闇の国の王都が広がっていました。鈍色の雲が渦巻く空の下、墓石のような四角い家々に取り囲まれて、高い山と城がそびえています。恐ろしいほど寒々しくて、威圧感のある景色です。

「行こう」

 とフルートは言いました。

「キースはあの城に捕まっているんだ。グーリーだって、きっとこの近くにいる。彼らを助け出そう」

「ワン、フノラスドのことも確かめてみなくちゃいけませんよ」

 とポチも言いました。怪物フノラスドは、ユウライ戦記に記されていた「竜の宝」かもしれないのです――。

 助けを待つ友。謎の答えかもしれない怪物。

 それを内に隠す闇の城へと、フルートたちは走り出しました。

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