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第15巻「闇の国の戦い」

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39.突進

 「竜の宝――」

 とフルートはポチのことばを繰り返しました。

「フノラスドが――?」

 にわかには判断がつかなくて、それ以上はことばが続かなくなります。

 うむ? とゼンは腕組みして考え込みました。

「てぇことは――えぇと――つまり、闇の民が竜の宝を持ってたってことか? で、その宝は凶暴な怪物の姿をしてるわけなのか?」

 難しいことを考えるのが苦手なゼンなので、確かめるように言います。ポポロが真剣な顔でうなずきました。

「それはありえるわ……。力はいろいろな形をとるんですもの。生き物の形になったら、それは強力な怪物よ」

 一同は顔を見合わせました。彼らが闇の国に来ようと考えたそもそもの理由は、竜の宝を見つけるためでした。それが前触れもなく目の前に現れた気がして、とまどってしまいます。

 けれども、すぐにメールが首をひねりました。

「でもさぁ、やっぱりちょっと変じゃない? 確かに竜の宝は闇の国にあるかも、って考えたけどさ、闇の民がそれを持ってたら、すぐデビルドラゴンにそれを返して、あいつを復活させるはずだろ? でも、あいつはまだ世界の果てに幽閉されてる。やっぱり違うんじゃないの?」

 昨日の夕暮れ、ポチが庭園で頭を悩ませたのと同じ疑問を、メールも言います。

「ワン、ここは闇の国ですよ」

 とポチは答えました。

「闇の民は基本的にすごく自己本位なんだもの。地下に隠されていた竜の宝を見つけたら、それを自分たちのために利用しようと考えるかもしれないじゃないですか」

 それがポチのたどり着いた答えでした。闇の民は、デビルドラゴンの力を持つ強力な怪物を、デビルドラゴンの復活ではなく、自分たちのために使おうとしてるんじゃないだろうか――と。

 フルートは腕を組み、拳に握った手を口元に当てて考え込みました。やはり、今ここでそれを判断することはできません。

「闇王の城に着いて、キースを助け出したら、そのことも確かめてみよう……」

 とフルートは言いました。

 

 花の大河は流れていきます。

 起伏の多い場所を抜けて、次第に上り坂に差しかかっていましたが、それでも勢いは衰えません。花のしぶきを上げながら、先へ先へ、闇王の城めがけて進み続けます。

 すると、アリアンが声を上げました。

「来たわ! 親衛隊よ!」

 鏡に映った空の彼方に、黒い点がいくつも見え始めていました。鏡の中で大写しになって、黒い翼の男たちに変わります。黒い胸当てのトアが百人以上、四本腕に黒い鎧のドルガも十人あまりいます。

「団体さんで来やがったなぁ」

 とゼンが言いました。黒い集団はまっすぐこちらに向かって飛んできます。

 フルートが言いました。

「街道は? まだ見当たらないか?」

「見えてきてるよ。もう向かってるところさ」

 とメールが答えて、掲げた両手をさっと前へ向けます。とたんに、彼らのいる花の壁の部屋が、ぐん、と速度を増しました。花の大河が流れを速めたのです。

 鏡の景色が親衛隊からそれて、右手へと動きました。上り坂の荒野の彼方に、灰色の細い線が見えます。それが王都へいたる街道でした。次第に近づいてきます。

 けれども、それより早く親衛隊がやってきました。再び黒い集団を映した鏡の中で、先頭のドルガが叫んでいます。

「なんだこれは!? 何故こんなものがここまで城に近づけた!?」

 後ろのドルガやトアたちが次々と槍や魔法を投げつけてきます。

 ところが、それは花の流れの中を突き抜けるだけでした。命中した花はちぎれて飛び散りますが、すぐにまた花が流れてきて埋めてしまいます。

「停めろ!」

 とドルガたちがどなりました。

「なんとしてもこれを停めるんだ! 城に近づけるな!」

 翼を広げたトアたちが空から急降下して、至近距離から魔法を投げつけました。炎の魔法で花を焼こうとする者もいます。けれど、やはり花の大河のほうが勢いは上でした。すべての攻撃を呑み込み、炎さえ押し流して消してしまいます。

 

 それをアリアンの鏡で眺めながら、フルートがまた言いました。

「ポポロ、オシラからもらった肩掛けをアリアンに。ゾ、ヨ、アリアンと一緒にいるんだ。君たちは姿隠しの呪符を持ってない。親衛隊に透視されたら見つかるからな」

 ポポロがいそいで鞄から薄絹の肩掛けを取り出し、アリアンに渡しました。その間にゾとヨが、ぴょんとアリアンの膝に飛び乗ります。アリアンが薄絹を肩に絡めたとたん、彼らの姿が消えました。ただ鏡だけが残されたように見えています。

 そのガラスの表面の向こうで、ドルガたちがまたどなっていました。

「探せ! この花の川を操っている奴がどこかに隠れているはずだ! そいつを見つけるんだ!」

 トアたちが川全体に散って、花の川面を見渡し始めます。まるで夏の日に水の上を飛ぶ羽虫の群れのようです。

 へっ、とゼンが笑いました。

「連中、見つけられねえでいるぞ」

「この花の川は全長が五キロ以上にも渡っている。鏡だけは透視すれば見えるだろうけれど、これだけの川の中からそれを見つけ出すのはまず不可能だ。彼らにぼくたちは見つけられないよ」

 とフルートが答えます。

 

 川の行く手に街道が迫っていました。灰色の石畳が見えています。

 流れは大きく向きを変え、街道に沿って流れ始めました。上り坂はますますきつくなっていますが、勢いを落とすこともなくさかのぼっていきます。

 やがて、鏡の前の場所からアリアンの声が響きました。

「見えてきたわ! 王都と城よ――!」

 急な丘の向こうから、険しい山の頂が現れました。山頂に高い城がそびえています。

 それを見たとたん、ポポロとルルが叫びました。

「天空城――!?」

「あれ、クレラ山じゃない!」

 フルートやゼンやポチも驚いてその景色を見ていました。闇の国の城は、天空の国の天空城と瓜二つだったのです。城が築かれている山の形までそっくりでしたが、城の色だけが違いました。天空城は金と銀でできた輝かしい城ですが、こちらは黒と金でできています――。

「どう見ても天空城の向こうを張ってやがるよな」

「ワン、闇の民は元は天空の国にいたわけですからね。意識して瓜二つの山と城を創ったんだ」

 とゼンとポチが話し合います。

 黒と金の闇の城の下に、王都が広がっていました。広大ですが、ここにもまた灰色の石造りの四角い家が並んでいます。見渡す限り墓石が並んでいるような、寒々しい風景です。

 

 そのとき、急にアリアンとポポロが声を上げました。

「危ない!」

 ポポロがルルに飛びついて抱き上げます。

 とたんに、今までルルがいた場所を黒い稲妻が貫いていきました。天井から床へ。一瞬で花たちが焦げ、大きな穴が開きます。

「見つかった――!?」

 思わず焦った一行に、アリアンが声だけで言いました。

「違うわ。空からいっせいに稲妻が降り出したのよ」

「ややや、闇王の攻撃だゾ!」

「ててて、手当たり次第に攻撃してきてるんだヨ!」

 姿が見えないゾとヨもキィキィと言います。

 鏡の中で、渦巻く雲から花の川へ無数の稲妻が駆け下っていました。花の流れは稲妻も素通ししますが、それでも終わることなく突き刺さってきます。

「どうする、フルート!? いくら当てずっぽうの攻撃でも、そのうちマジで当たるかもしれねえぞ!」

 とゼンが言いました。花の壁に開いた穴はすぐにふさがりましたが、いつまた別の稲妻がやってくるかわかりません。

 すると、フルートが言いました。

「メール、街道に乗り上げろ。街道の上を行くんだ!」

「あいよ!」

 メールは即座に返事をしました。何故街道の上を行くのか、その理由は彼女にもわかりません。けれども、こういうときにはフルートの指示に従うのが正解だ、と仲間たちは経験から知っているのです。迷うことなく花の川を街道に進ませます。

 街道を往来する人や馬車は、突然しぶきを上げて押し寄せてきた大河に仰天しました。しかも、その水は無数の花でできています。あっという間に巻き込まれ、押し流されてしまいます。

 

 すると、空に大きな声が響き渡りました。

「それを近づけるな、役立たずども!! それは金の石の勇者の一行だ!!」

 声は闇色の城から響いてきました。壮年の男の声で、聞く者をひれ伏させるような威圧感があります。闇王の声だ、とフルートたちは察しました。空のドルガやトアたちが、いっせいにすくみ上がったのが見えたからです。

 上空の雲が真っ暗に変わり、信じられないほどたくさんの黒い稲妻が川へ降ってきました。無数の光が束になって、一つの巨大な稲妻を創っているようです。花の流れをくまなく打ちのめします――。

 さすがの花の大河も、闇王の強大な魔法にはかないませんでした。花が飛び散り、燃えながら街道の上に舞い散ります。流れに巻き込まれていた闇の民や、逃げ遅れた数人のトアも稲妻の直撃を食らい、黒こげになって街道に転がりました。王の攻撃は非情です。

 ところが、燃えて散る花の中から、巨大な花の塊が現れました。魔法の稲妻にも燃えずに街道の上に残り、何かを中に守るように丸くなっていきます。

「あそこだ!」

「金の石の勇者の一行はあの中だぞ!」

 トアやドルガたちがいっせいに攻撃を始めます。

 そこへまた雲から黒い稲妻が降ってきました。花でできた繭(まゆ)を直撃します。花がまた飛び散り、燃えていきます。

 

 ところが、花がなくなった痕に、人の姿はありませんでした。犬の子一匹、中にはいなかったのです。ただ燃える花が雪のように舞い落ちてきます。

 親衛隊員は空から降りてきて周囲を見渡しました。街道には誰も見当たりません。どこだ!? どこに逃げた!? と必死に探し回ります。

 灰色の石畳の街道は、曲がりくねりながら、闇城のある王都へと続いていました――。

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