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第15巻「闇の国の戦い」

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38.花の大河

 砂まじりの風が吹く荒野を、一本の大河が流れていました。起伏の多い土地の低い場所を、とうとうと下っていきます。

 ところが、それは普通の川ではありませんでした。水が流れていないのです。川を作っているのは、数え切れないほどの花でした。色とりどりの花びらが、波を作り、しぶきを上げて、低い場所へ低い場所へと走り続けています。ときにそれ以上低いところがない場所へ出ると、自ら丘の上へ駆け上がって、その先へ流れていきます――。

 

 花が作る川の中に、空洞がありました。これも花が壁のように寄り集まって作った場所です。メールが立って両手をかかげ、そのかたわらではアリアンが大きくなった鏡をのぞき込んでいました。鏡が映し出しているのは、乾いた荒野を蛇のように突進していく花の大河の姿です。

 メールの近くに座り込んでいたゼンが、あきれたように言いました。

「花の川かよ……。ったく、よくこんなもんを思いついたな、フルート」

 フルートはアリアンの近くに座っていましたが、それを聞いて、にこりと笑いました。

「地上を歩いたり地中を行ったりすれば、大地に棲む呪いの蛇に捕まる。空を行けば、王の呪いに撃ち落とされる。でも、川の中ならば、地上でも地中でも空でもないからな」

 花の壁で囲まれた空間は猛スピードで移動していました。花の大河に運ばれているのです。

「でも、私たちはちょうど、花の大蛇の腹に入っているようなものよ。地上を這ってるのと同じことだわ。大丈夫なの?」

 とルルが心配そうに言いました。今のところ、彼らを呪いの蛇は襲いませんが、じきに捕まってしまいそうな気がします。

 すると、今度はメールが笑いました。

「大丈夫だって。アリアンの鏡を見てごらんよ」

 アリアンがのぞく鏡には、虹色の川が映し出されていました。それが見る間に大写しになっていきます。まるで、舞い下りる鳥の目を借りて見下ろしているようです。

 ほとばしる花の川の周囲から、無数の黒い大蛇が現れては襲いかかっていました。大地に棲む呪いの蛇は、とっくに彼らを見つけていたのです。ところが、蛇がかみついても、川は崩れて花に戻るだけでした。川に潜り込めなくて、蛇が地面に落ちていきます。何度飛びかかっても、蛇の攻撃は素通りです。

 ほらね、とメールは得意そうに言いました。

「ここは花の川の中心部だから、どんなに呪いの蛇が攻撃しようとしても届かないのさ。フルートの言うとおり、空を飛んでるわけじゃないから、空から攻撃も来ないしね」

「ワン、でも王都に近づいたら、こうはいかないでしょう。親衛隊がいるんだから」

 とポチが言いました。花で作った川に乗っていくアイディアは確かにすばらしいのですが、闇王の城まで、これで行けるはずはありませんでした。

 すると、フルートが答えました。

「それも考えてある。王都が見えてきたら、今度は街道沿いを行くんだ。きっとうまくいく。アリアン、メール、頼むからね」

「わかったわ」

「あいよ!」

 と少女たちが返事をします。特にメールは張り切っていました。キースの屋敷の庭園に咲く花が、メールの呼びかけで一つ残らず飛んできたのです。こんなに大量の花を指揮するのは、本当に生まれて初めてのことでした。嬉しさと誇らしさに頬を紅潮させ、瞳をきらきらさせています。

「ったく――花使いの鬼姫め」

 とゼンが笑います。

 

 ポポロはフルートの後ろに座って、自分の膝を見つめながら、ずっと黙り込んでいました。ひとしきり花の空間を探検して満足したゾとヨが、近くにやってきて話しかけます。

「ポポロはなんでそんなに静かなんだゾ?」

「何か悲しいのかヨ? それとも、どこか痛いのかヨ?」

 ポポロは我に返ると、顔を赤らめて、ううん、と首を振りました。

「違うわ……考えごとをしていたの。心配してくれてありがとう」

「何を考えていたんだゾ?」

 とまたゾが聞きます。

「フノラスドって怪物のことよ……。以前、キースから少し聞かせてもらったことがあるの。巨大でとんでもなく凶暴で、普段は魔法で眠らされているんだけれど、空腹になると目を覚まして大暴れするんでしょう? それをまた眠らせるには、きっかり百人を餌にしなくちゃいけなんだ、ってキースは言っていたんだけれど……本当にそうなの?」

 ゾとヨはぴょんぴょん飛び跳ね始めました。彼らにわかる質問だったので、答えられるのが嬉しかったのです。得意そうに話し始めます。

「本当だゾ。フノラスドは城の地下で飼われていて、目を覚ますと、百人の生贄を食うんだゾ」

「だから、親衛隊員が国中から生贄を集めるんだヨ。闇の国だけでは足りないときには、地上にも行って、人間やエルフやドワーフを連れてくるんだヨ」

 その話題に他の仲間たちも惹きつけられました。

「ワン、エルフやドワーフも? エルフは魔法を使えるし、ドワーフは怪力なんだから、いくら闇の民でも無理やり連れてくるのは難しいと思うんだけど」

 とポチが首をひねると、フルートが考えながら言いました。

「昔からよく言うよね。悪魔が地獄から出てきて、ことば巧みに誘いかけたり、魂と引き替えに願い事をかなえたりして、人を連れ去るって。それの正体がこれなのかもしれないな。人を地獄へ連れていく悪魔は、本当は生贄を集めに来た闇の民のことなのかもしれない」

 ふぅむ、と一同はうなりました。悪魔ではなく、闇の民が人を闇の国に連れ去るという話もよく聞きます。どうやらフルートの言うとおりのようでした。

 

「でもよ、どうして人間やエルフやドワーフなんだ? 餌に食わせるんなら、牛とかブタとか怪物とか、そんなのでも良さそうじゃねえか」

 とゼンが言ったので、ゾとヨは、ひゃっと飛び上がりました。

「そそそ、そんなことはないんだゾ! フノラスドはオレたち怪物は絶対食べないゾ!」

「そそそ、そうだヨ! 人しか食べないんだヨ! それも、生きてるヤツしかダメなんだヨ!」

「そういう契約になっているんだ、ってキースは言っていたわ」

 とアリアンが鏡の前から言いました。

「生贄になるのは闇の民でもいいのだけれど、無実の者を生贄にすると、王が闇の民全員から呪われるから、闇の民以外のヒト族や罪人を生贄に集めるのですって――」

 だから、アリアンは親衛隊員に捕まり、キースも城へ連行されたのでした。闇の民でありながら光の戦士たちを助けた罪人だからです。

 ポポロはいっそう考える顔になりました。

「人しか食べないとか、ちょうど百人必要だとかいうのは、間違いなく契約ね。それでフノラスドを眠らせる魔法を発動させているんだわ……。もし、百人生贄が捧げられなかったら、フノラスドはどうするの?」

「大暴れするゾ。そして、国中のヤツらを食うゾ」

「フノラスドはちょうど百人食うまで眠らないから、みんな、それを恐れているんだヨ。自分が食われると大変だから、必死で生贄を集めるんだヨ」

「フノラスドはどのくらいの割合で目を覚まして、生贄を要求するんだ?」

 と今度はフルートが尋ねます。

「四、五年に一度くらいだゾ」

「そのたびに百人だヨ」

 一同は思わずうなりました。そんなに頻繁では、生贄の総数も半端ではありません。

「闇の民はなんのためにそんな危険な怪物を飼ってるのさ? うっかりしたら、自分たちまで食われるかもしれないってのに」

 とメールが尋ねると、ゾとヨは答えました。

「強い敵が闇の国を襲ったときに戦うためだゾ」

「フノラスドの飼い主は闇王だヨ。王の敵が城に攻めてきたときにも、フノラスドを起こして戦わせるんだヨ」

「つまり、闇の国の守護神みたいなもののわけか……」

 とフルートがつぶやくように言います。

 

 それを聞いて、ルルがふいに耳をぴんと立てました。

「やだ、ちょっと――それってまさか、デビルドラゴンのことなんじゃないでしょうね?」

 仲間たちは驚きました。メールがルルに言います。

「フノラスドの正体はデビルドラゴンだってのかい? そんなまさか――」

「だって、なんだかいやに似てるじゃない。四、五年ごとに百人も生贄を与えないとおとなしくさせておけないなんて、とんでもなく強力な怪物の証拠よ。あいつは世界の果てに幽閉されているけど、それって、実はこの闇の国のことだったんじゃないの?」

「じゃ、この闇の国にデビルドラゴンの本体があったのか!? マジかよ!」

 とゼンがどなります。

 すると、フルートが首を振りました。

「いや……それは違うと思うな。光と闇の戦いでデビルドラゴンを幽閉したのは、神竜と光の軍勢だ。闇の民にとってデビルドラゴンは自分たちの大将なんだから、それを幽閉してるってのはおかしいよ」

「そうね。デビルドラゴンは闇と悪の象徴だもの。いくら自分たちを守ってもらうためでも、闇の民に闇の竜をつなぎ止めておくことなんかできないわ」

 とポポロも同意したので、仲間たちは、ほっとしました。いつか闇の竜と対決することは覚悟しているのですが、今はまだ時期尚早でした。倒す方法が見つかっていないのに、奴と対面してしまったら、フルートは願い石を使ってしまうかもしれません……。

 

 すると、ずっと考え込んでいたポチが、口を開きました。

「ワン、もしかすると、これがそうなのかもしれないですよ」

「そうなのかもって?」

 とフルートが聞き返しました。すぐには意味がわかりません。

「ワン、ぼくたちが闇の国に探しに来ようとしていたもの――デビルドラゴンが自分の力を分け与えたという、竜の宝ですよ」

 黒い目でフルートを見上げて、賢い小犬はそう言いました。

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