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第15巻「闇の国の戦い」

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36.捕虜

 渦巻く雲の下に、雲を吐き出すように険しい山がそびえていました。山頂に城があります。

 高い塔や尖った屋根の集まるその建物は、闇王の居城でした。全体が黒と金でできていて、圧倒的な存在感で下界を見下ろしています。そこへ全身黒い鎧を着た二人のドルガと、黒い胸当てをつけた数人のトアが飛んできました。ドルガの一人は、腕にぐったりと気を失っった青年を抱えています。

 城の手前まで来ると、彼らは空で立ち止まり、城に向かって声を張り上げました。

「王よ、ご開城を! 第十九王子をお連れしました!」

 少しの間があって、彼らの目の前で見えない何かが開く気配がしました。城を包む障壁が入口を開いたのです。一行はそこをくぐり抜けて、また城へと飛び始めました。後ろで見えない障壁が閉じていきます――。

 

「へぇ、あれって王子様なのぉ?」

 誰もいなくなったはずの空で、誰かが言いました。のんびりした響きの青年の声です。次の瞬間には、空中にランジュールが現れます。相変わらず、半ば透き通った幽霊の姿です。

 ランジュールは城へ向かう一団を眺めていました。彼らのほうでは、幽霊の青年には気づいていません。ふぅぅん、とランジュールは腕組みしました。

「でもさぁ、あれって、神の都のミコンにいた聖騎士団のお兄さんだよねぇ? 勇者くんたちのお友だちのさぁ。なんと闇の国の王子だったわけ? 人って見かけによらないなぁ」

 感心するような口調でひとりごとを言って、そのまま少し考え込みます。

 すると、その背後の空から、いきなり巨大な蛇の頭が突き出てきました。二つ三つと次々に現れ、口を開けてシャァァと音をたてます。

 ランジュールは振り向いて笑いかけました。

「ああ、ごめんねぇ、はっちゃん。ちょっと計画変更になっちゃったんだ。闇城を襲って破壊するのは中止ぃ。そんなコトしなくても、勇者くんたちがここに来るのが、わかっちゃったからねぇ」

 そして、ランジュールはまた城のほうを見ました。闇の王子を捕らえた一団はもう中に入ってしまったのか、見当たらなくなっています。幽霊の青年はさらに一人で話し続けました。

「いくら闇の王子様だって、あの連れていかれ方は危ないよねぇ? ぜぇったい謀反の罪かなんかで捕まってるんだよ。とするとぉ、勇者くんたちが放っておくはずがないんだよねぇ。つまり勇者くんたちが助けに来たお友だちって、あのお兄さんだったわけだ」

 フルートたちが闇の国に助けに来たのはアリアンとグーリーなのですが、ランジュールにはそんなことはわかりません。勝手にそんなふうに納得すると、うふん、と笑いました。後ろで頭だけ出しているヤマタノオロチにまた話しかけます。

「それじゃ行くよ、はっちゃん。お城にこっそり潜り込まなくちゃねぇ。ついでにお城見物でもしようか? 闇城なんて、めったに見られないもんねぇ。うふふふ……」

 女のような笑い声を残して、ランジュールの姿が消えました。追いかけるように、ヤマタノオロチも消えていきます。雲の渦巻く空の下、風だけがうなりながら吹いていました――。

 

 

 冷たい石造りの部屋に放り込まれた衝撃で、キースは正気に返りました。

 体はまだ黒い戒めに縛られていたので、起き上がることができません。床に転がったまま首をねじって見上げると、黒い鎧と翼のドルガたちが部屋を出て行く様子が目に入りました。分厚い扉が閉じて、鍵の音が響き渡ります――。

 キースは床に転がったまま、深い溜息をついてつぶやきました。

「まったく、ぼくともあろうものが、とんでもない失態だな」

 ここは彼が死ぬほど嫌ってきた闇王の城です。こんな場所には一秒だっていたくないのに、闇王の魔法でできた戒めがキースの自由と魔力の大半を奪っているので、脱出することができないのです。また溜息をついて、つぶやき続けます。

「ぼくがフノラスドの生贄か――皮肉なものだな。結局、ぼくはそいつから逃げられない運命だったっていうことか」

 不思議なくらい、怪物に対する恐怖は湧いてきませんでした。母を食った怪物が、子である自分も食う。それがひどく当然のことのように思えたのです。どのみち、彼はもう疲れていました。子どもの頃から、幾度となく闇の国を逃げ出してきましたが、そのたびに追っ手に見つかって、連れ戻されてきたのです。逃げることにも、張り巡らした結界の中の屋敷で一人で暮らしていくことにも、もうすっかりうんざりしていました。

 湿ってかび臭い石の床に転がって、キースはひとりごとを言い続けました。

「ぼくを生贄にするというならば、それもいいさ。それで、このつまらない人生も終わりにできるからな。……ただ、彼らが気がかりだな。フルートもアリアンも、ぼくの結界を抜け出すことはできないはずだ」

 冷ややかなあきらめの中でも、ふと友だちのことを思い出します。

 

 そのとき、石造りの部屋の奥で、何かがうなりました。肉食獣が咽を鳴らすような音です。キースはぎょっとすると、床の上で寝返りを打ってそちらを見ました。

 部屋は広く、灯りの届かない奥のほうは暗闇になっていました。二つの赤い光が闇の中に浮かんでいます。

 キースは思わず跳ね起きました。戒めのために立ち上がることができなかったので、いざるように後ずさります。

 暗がりで光っているのは、生き物の目でした。意外なくらい高い場所から、彼を見下ろしています。巨大な怪物がそこに潜んでいるのです。

「フノラスド――!」

 とキースは叫びました。処刑はすでに始まっていたのです。

 キースの背中が壁に突き当たりました。そこが部屋の行き止まりでした。一箇所しかない出口には鍵がかかっています。それ以上逃げることも隠れることもできません。

 ずるずると、暗がりから床を這いずる重い音が聞こえてきました。赤い目が揺れるように動き出します。壁のロウソクが照らす薄暗い部屋の中で、キースは壁に背中を押し当て、迫ってくる怪物の目を見上げました――。

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