キースの屋敷に着いたフルートたちは、真っ先に食事の席に案内されました。時刻はとおに昼を回っていて、朝食に焼き菓子を食べただけの一行は、すっかり腹ぺこになっていたのです。例の魔法の食卓に驚いたり感心したり、そこに出てくる料理に歓声を上げたり、ひとしきり賑やかに過ごした後、キースがフルートたちへ話し始めました。
「君たちがユラサイの国から封印をくぐってこの国に来たというのは、来る途中で聞いたからわかった。ユラサイの術というのは、なかなか大したものだね。ドルガが戦っていたから、そこに誰かがいるんだろうと見当がついたんだけど、初めはぼくにも君たちの姿が見えなかったんだよ。光の魔法で隠されているなら、気配くらいは伝わってくるのに、それさえ感じられなかったんだ」
「ワン、中庸の術、って言うらしいですよ。光にも闇にも属していないから、どっちに対しても効果のある魔法なんです」
とポチが足下から答えました。魔法の食卓は、テーブルの下にいる犬たちやゴブリンにも食事を準備してくれていました。犬たちの前には肉やパンを煮こんだ器が、ゴブリンたちの前には肉の塊とスープが置かれています。ゴブリンたちは大きな肉に目を輝かせ、咽を鳴らしながらかぶりついていました。
フルートはスープのスプーンを口に運びながら言いました。
「ユラサイは二千年前の光と闇の戦いのときに、光の陣営について、デビルドラゴンを封印するのに力を貸してくれた国だったんです。今回、デビルドラゴンは黒竜に乗り移ってユラサイを蹂躙(じゅうりん)しようとしました。きっと、ユラサイがまた光の側につくのを阻止するつもりだったんです」
ふむ、とキースは言いました。
「二千年前の光と闇の戦いか……。デビルドラゴンにそそのかされた闇の民が、天空の民と対立して、地上に降りたときの戦いだな。その戦いでは、天空の民と闇の民の持つ戦力はまったく同等だった、と言われているよ。もともと同じ種族だったわけだからな。闇の陣営にはデビルドラゴンと闇の怪物たちがついていたけれど、光の陣営には天空王と聖なる獣たちがいたし、ユリスナイの守りもあった。戦いの鍵は、地上の民が光と闇のどちらにつくかにかかっていたんだ」
フルートはうなずきました。確かめるような口調で話し続けます。
「地上の人々は光の側につきました。様々な種族が連合軍を作ったんです。でも、九十年もの間、戦いは光と闇のどちらの勝ちにもならなかった。その均衡を破ったのが、初代の金の石の勇者のセイロスです。彼は、闇の敵を次々に圧倒して、光の陣営を勝利に導いていきました。ところが、彼は願い石の誘惑に負けて、破滅してしまった――。彼が死んだ後、デビルドラゴンを捕らえて、世界の果てに幽閉するのに、ユラサイが非常に大きな働きをしたんです」
「一方、負けた闇の民は地下の奥深くに街を作ると、結界で包んで地上から切り離して、自分たちだけの王国を作り上げた。それが、この闇の国の創世だ。すべては光と闇の戦いから始まっているわけだな」
とキースが端正な顔に嫌悪の表情を浮かべて言いました。こんな国など生まれてこなければ良かったのに、と考えているのが、ありありとわかります。
すると、ゼンが口を開きました。
「俺たち、ここに来るまでの間、呪われた荒野を通ってきたよな。闇王が城を攻められるのを警戒して、周りの荒野に呪いをかけている、ってゾたちが言ってたけどよ。結界で地上と切り離してあるんなら、城が攻められる心配なんてないじゃねえか。闇王はなんでそんなに警戒してるんだ?」
ゼンはしゃべりながらも肉やパンを盛大に食べ続けています。
キースは皮肉に笑って見せました。
「敵は外にいるとは限らないさ。特に、この闇の国ではね。闇王の呪いは、国内の敵に対する備えだよ。王に謀反を起こして城を乗っ取ろうとする奴に用心しているんだ――。王の許可がなければ、城へ飛んでいくことはできないし、城へ至る道は四本の街道だけしかない。逆らって空を飛べば王の稲妻に撃ち落とされるし、街道以外の場所を通れば、たちまち呪いの蛇に捕まって殺される。その中にも、ここに来るときに通ったような、呪われていない小径はあるけれど、それは絶対に城へは通じていない。城を大軍で攻めたり、不意打ちしたりすることができないようになっているんだよ」
それを聞いてメールが首をかしげました。
「この屋敷も闇王の城には通じていない、ってことだよね? ああ、もちろん、キースがそんなのはまっぴらだ、って思ってるのはわかるけどさ……。でも、どうして? キースは王の息子なんだろ? だったら、王のほうで、父の自分を守るために働け、って命令してきそうな気がするんだけど。キースが命令に逆らってるわけ?」
とたんに、キースは思いきり顔を歪めました。吐き出すように言います。
「もちろん、王のために働く気なんかない! 王のほうだって、子どもたちにそんな命令を下したりはしないさ!」
「何故?」
とメールとゼンは同時に尋ねました。キースはともかく、他の王子や王女たちにも王を守らせない、という理由がわかりません。
「王が一番謀反を恐れているのが、自分の子どもたちだからだよ。闇王の血を引くだけに、魔力は強いからな。成人した王子や王女は、隙さえあれば王を倒して自分が王位に就こうと狙ってるんだ。だから、王は彼らを城に集めて、厳重な監視の下に置いている。城の中にさらに結界を作って、そこに幽閉しているんだよ。それでも、魔力の強い奴は王の監視を振り切って抜け出してくる。王がそれを阻止できなくて倒されたら、その時が王位の譲り渡しのときだ。闇の国に新しい王や女王が誕生する。それが闇の国のやり方さ――。ぼくは確かに王子だけれど、半分人間だから、王位継承権はない。魔力も他の王族ほどには強くない。だから、王位を狙ってくる心配はないと見られて、こうして荒野にほったらかしにされているんだ。ものすごくありがたいけれどね」
皮肉に充ちたキースの話に、フルートたちは顔をしかめていました。いかにも闇の国らしいと言えばそれまでですが、本当に殺伐とした話です。
「ワン、でも、その城がある王都にグーリーは連れていかれたんでしょう? そんなに闇王が警戒しているなら、グーリーを助けるのは、本当に大変そうですね。どうやって行ったらいいんだろう?」
とポチが言いました。
「馬車か、徒歩しかないな」
とキースが答えました。
「カラプに行く馬車は――ああ、カラプというのが王都の名前さ――そこへ行く馬車は、周辺の街から出ている。ぼくもヤシャの街から馬車に乗って王都へ行こうと思っていたんだけれど、戦っている君たちを見つけて、ドルガを殺してしまった。今頃ヤシャの街は親衛隊員でいっぱいだろうし、犯人の捜索もあちこちで始まっているはずだ。警戒が厳しくなっているから、馬車でカラプへ行くのは難しいな」
「ワン、カラプまでは歩いてどのくらいかかるんですか?」
「ここからなら、丸二日だな」
「それなら歩いていきましょう」
とフルートが即座に言いました。その程度の距離ならば、彼らにはなんでもありません。キースは肩をすくめました。
「確かにそれしかないけれど、充分準備をしていかないとな。途中で夜になるし、街で宿に泊まるわけにもいかない。荒野にかけられた大地の呪いは、夜になると広がるからな。街道にいても危険になるんだ」
すると、二匹のゴブリンが急にテーブルの下から話しかけてきました。
「トアの階級章を盗めばいいんだゾ!」
「そうだヨ! それがあれば、空を飛んで城へ行けるヨ! 時間がかからないヨ!」
キースはあきれた顔になりました。
「馬鹿なことを言うんじゃない。親衛隊は闇王に服従を誓って、いろいろな特権や力をもらっているんだぞ。連中の階級章には魔法がかかっていて、少しでも王に逆らうそぶりを見せれば、即座に爆死させられるんだ。そんなものを盗ったら、それでもう一巻の終わりだぞ」
ゴブリンの双子は、ヒエッと震え上がりました。それを盗もうとしたのですから、彼らは本当に危険だったのです。
「歩いていこう」
とフルートはきっぱりと繰り返しました。
「ぼくたちはユラサイの守りの呪符を持っている。それでなんとか夜をやり過ごして、王都へ行くんだ」
どんなに困難が待ちかまえていても、絶対考えを変えないフルートです。キースはまた肩をすくめました。
「まあ、ぼくだって残念ながらこの国の王子だから、それなりに役に立ちそうな魔法や道具は持っているよ。ただ、フルート……さっきからずっと気になっていたんだけれど、金の石をどうしたんだい? 全然気配を感じないじゃないか。あれがあれば、呪いの蛇なんか問題じゃなくなるのに」
「眠ってもらっています。そうしないと、石が持つ聖なる気配で、ぼくたちが見つけられてしまうんです」
とフルートはペンダントを鎧から出して見せました。金の透かし彫りの真ん中で、魔石は灰色の石ころのようになっています。
「ゾやヨやアリアンがいるところで、金の石を使うわけにもいかねえしな」
とゼンも言います。
なるほどね、とキースは苦笑すると、席から立ち上がりました。ずっとしゃべっていたのに、いつの間にか食事を終えていたのです。
「それじゃ、ぼくは準備に取りかかろう。少し時間がかかるから、君たちは食事をしたら休むといい。ここに来るまでの間、ずいぶん危険な目に遭ってきたんだろうからね」
「あ――私もお手伝いします――」
それまで一言も声を出さなかったアリアンが、急にそう言って立ち上がったので、フルートたちはびっくりしました。いつももの静かで控えめなアリアンにしては珍しい言動です。
キースは柔らかな笑顔を返しました。
「いや、君はここにいていいよ。久しぶりで彼らにあったんだろう? 積もる話もあるんだろうから、一緒にゆっくり過ごすといい」
それは思いやりのある優しい言葉でしたが、アリアンは何故だか泣き出しそうな表情になりました。涙ぐんで顔を伏せます。
キースは困ったようにその髪に手を触れました。
「泣かないで。大丈夫、グーリーはちゃんと助けてあげるからね。明日には準備が整って出発できるよ」
アリアンはうなずきました。うつむいた頬が、今度は真っ赤に染まっていきます。
その様子に、メールとポポロとルルが顔を見合わせました。何も言わずにうなずき合って、またアリアンを見ます。
アリアンは、部屋を出て行くキースを、顔を赤らめたままずっと見送っていました……。